4-9 旧レーギア(6)
その部屋は今までのものと大分雰囲気が違っていた。 石作りの丸い部屋、広さは恐らく体育館ぐらいはあるだろうと思われた。 床には何の植物かは分からないが、大きなうちわの様な葉が敷き詰めてあった。 壁には幾つもの松明が灯り、部屋全体が薄暗く見える程度だった。 床には何か黒い俵か丸太のようなものが無数に並んでいるのが見えた。
「何だこの部屋は、倉庫かな」 俺は独り言のように言った。
「いや、動いている、生き物だぞ、用心しろ」 エレインが言った。 エレインが用心しながら近づいて、良く見ようとすると、目の前のそれが突然動きだし、もぞもぞ体を蠢動させながら近づいてきた。
「いやあーっ!」 エレインからは今まで聞いたことの無いような、大きな悲鳴を上げた。 よく見るとそれは、一メートル以上はある芋虫だった。 黒い体に顔には白い模様が目のように見えた。 背中の所々に赤い横縞が入り、より一層不気味に見えた。 エレインは後ろに尻もちをついた状態で、顔面蒼白、涙目になりながらブルブル震えていた。
「ダメ、これだけはダメ、背筋に走る悪寒で動けない」 その気持ちは分かる気がした。 俺自身、背筋にゾクゾクと悪寒が走り、腕には鳥肌が立っていた。
「ホーリーさんは大丈夫ですか」 俺は剣を握ったまま固まっている、ホーリーに聞いた。
「気色悪い、でも大丈夫」 そう言うと、エレインに向って来ている芋虫の胴を斬りつけた。 斬られた背中から、勢いよく青い血?(体液)が吹きだした。 その飛沫がホーリーの腕に付くと、服の生地を溶かし、腕に火を押しつけられたような痛みが走った。
「痛ッ、体液に触れちゃダメ、たぶん強い酸だ」 剣を見ると、体液が付いた部分が黒く変色していた。 エレインの悲鳴で、他の芋虫たちが目を覚ましたのか、一斉に動き出した。
「これは厄介だな、剣で斬るわけにもいかないとなると」 黒い芋虫の群れが一斉にうごめく様は更におぞましさを増した。 そのうちの一匹がホーリーの方へ向ってきた。 ホーリーはなす術もなく後ろに下がろうとしたが、そこでホーリーらしくないミスを犯した。 後ろの地面から出ていた木の根の間にブーツを挟み込んでしまい、後ろに倒れ込んでしまったのだ。 その際、右足首を不自然にひねってしまったのだった。
(クッ、まずい) ホーリーは倒れながら思った。 迫って来る芋虫の顔を、左足で思いっきり蹴った。 芋虫は一瞬動きを止めると、向きを変え俺の方に向い始めた。
俺は右手の掌を芋虫に向け、炎を放った。 しかし芋虫は炎に怯むこともなく、速度を上げ、更に飛びかかって来た。 俺は眼前に迫る黒いおぞましい顔に、ゾッとしながら思わず目をつむった。
(来るなーっ) そう念じた瞬間、異変が起こった。 目の前に迫っていた芋虫が、何かにはじき飛ばされたように後方の群れの中まで、飛んでいったのだった。 俺は何が起こったのか分からず、ポカンと口を開けて立っていた。 それを見ていたホーリーが、何かを理解したようにハッとして、俺の方に向いて言った。
「今のは、カケルがやったんだ」
「えっ、俺、何をしたんだ?」 そう言いながら手の平を見つめた。
「時間が無い、カケル私の言うとおりにして」 ホーリーが右足を痛そうにしながら立ち上がった。
「向こうの正面の出口の方を向いて。 そうしたら、両手を前方に突き出して。 いい、良く聞いて、ここが重要よ。 両手から竜巻のような強い風が吹き出すイメージで目の前の芋虫たちを吹き飛ばすの。 あなたはできる、信じてさっきと同じように強く念じて」 言われるがままに構えて見たが、何の変化も起こらなかった。
(信じろ、俺はできる。 思い出せ、さっきの感覚を) 目を閉じて深呼吸をした。 目を閉じていても芋虫たちの群れが一斉にこちらに向って来ているのが感じられた。 すると体の中の何か熱いものが手先に集まってくる感覚があった。 芋虫たちはもう2、3メートルまで迫っていた。 俺は目を開けると同時に叫んだ。
「ぶっ飛べーッ」 その瞬間に手の平から、貯められていたものが放出される感覚とそれに伴った反動が伝わって来た。 手の平から突風が渦を巻きながら吹き出し、前方の芋虫たちを吹き飛ばしていった。 そこには3メートルほどの幅の道ができていた。
「良し、今だ、今のうちに駆け抜けるんだ。 私は置いて行け、もう走れない」 ホーリーがほっとしたような目で言った。
「あたしもダメ、動けない、置いていけ。 いや、やっぱりイヤッ、ここに置いて行かれるのだけはイヤッ」 泣きながらエレインが言った。
(どうする、もたもたしていると、せっかく開いた道がまた塞がってしまう。 けど2人をこのままにして置いては行けない) すると突然、グレンがエレインの背中の皮鎧にガッチリ四本の足の爪を食い込ませたかと思うと、大きく羽ばたき出した。 するとゆっくりエレインの体が宙に浮いた。 いくらグレンがドラゴンとはいえ、まだ子どもだ、エレインの方が体が大きく、それを持ち上げるのは容易ではないはずだ。 グレンは必死に羽ばたいて、そのまま向こうの出口までエレインを運ぼうとしているようだ。 距離は30メートルと言うところか、エレインはグレンに任せるしかない、そう判断すると俺の方も決断した。 ホーリーの腹にタックルするように右肩を当てると、そのまま担ぎ上げた。
「えっ」 ホーリーはその後何か言おうとしていたが、俺は聞かなかった。 そのまま、芋虫がまた動きはじめ閉じようとしている道を走り出した。 人を担いで走ったことなどもちろん初めてである。 正直、完走できる自信があったわけではないが、そんなことは言っていられない、火事場のバカ力というかアドレナリンに期待するしか無かった。 だが幸いなことは、ホーリーがこちらが思っていたよりも軽かったことだ。
「グレンありがとう、でも頼むから途中で落とさないで。 戻ったらいっぱい肉をあげるから、お願い」 エレインは足の下でうごめく芋虫たちを、見ないようにしながら両手の指を組んで祈るようにしていた。 グレンは高度を保つのに苦労しながらも、もう少しで出口にたどり着けそうなところまで来ていた。 問題は俺の方だった、最初は思った以上に体が動いた、これならいけると思ったが、三分の二を過ぎた辺りで急に体が重くなった。 足が思うように動かなくなってきた、それと虫たちが動き出してもう道が閉じかけていた。
(クソッ、足よ動け、もう少しだ) 出口の前は一段高くなっていた、そこまで後5メートルほどだったが、その前に一匹の芋虫が横になっていた。 エレインとグレンは何とかそこまでたどり着いて、俺たちが行くのを待っていた。 俺は「ウオーッ」と叫びながら目の前の芋虫に足をかけて乗り上げた。 グニャという感触をブーツの底に感じながら、目の前に両手を広げて受け止めようとするエレインにそのまま倒れかかった。 エレインに受け止められて何とか倒れるのは、避けられた。 ホーリーを下ろすと、両脚の膝が笑っていた。
「ありがとうグレン、本当にお前はいい奴だな。 今日は大活躍じゃないか」 そう言いながらエレインはグレンを抱きしめようとした。
「イタタタ、背中のトゲトゲが腕に刺さった」と言いながら、腕に付いた跡をこすった。 俺たちはとりあえずその扉を出て、少し休憩を取ることにした。
「足の具合はどう、これを飲んで」 旧レーギアに入る前にホーリーからもらっていた回復薬を、俺は差し出した。 ホーリーは痛めた足首をさすりながら答えた。
「それはカケルが持っていて、さっき私が持っていた分を飲んだから。 痛みは大分引いたが、まだ走れない。 いい、良く聞いて、私をここに置いて先に進んで。 私は、これ以上は足手まといになる」
「ホーリーさんをこんなところに一人で置いていけない」 俺がそう言うと、ホーリーが俺のほほをひっぱたいた。
「今朝、エレインが言ったことを忘れたの? 何があっても前に進む事だけ考えなさい。 あなたが私を担いで走ったせいで、まだ膝が笑っているじゃない」
「どうしても気になるなら、あたしがホーリー姉と一緒に残ろう。 しかしそうするともうお前をサポートできなくなるが、それでも良いのか」 エレインが言った。
「そうしてもらえると、ありがたいです」 すかさず俺は言った。
「まったく、お前の弱点はその甘さだ。 そんな事じゃ王になんかなれないぞ。 王様は、時には非常な決断をしなければならないというじゃないか」 エレインがあきれたように言った。
「だから、最初から王様なんか向いていないんだって。 王様になりたいなんて、一言もいったことはないよ」 俺がそう言うと、エレインはまなじりをつり上げながら俺の胸ぐらをつかんだ。
「いいか、お前が王になれる、なれないは実力もある、運不運もある。 だからお前が王になれなかったとしても、あたしたちは何も言わない。 だけど最初から諦めて手を抜いていたりしたら、あたしはお前を軽蔑する」 それを見ていたホーリーも無言で頷いた。
「正直に言うと、手を抜いているつもりはない。 だけど、どうしても王になりたいという強い欲求があるわけでもない」
「分かった、とにかく全力を尽くせ。 もう先に進むんだ。 天聖球の間はもう近いはずだ」 エレインはそう言うと、俺とグレンを促した。




