4-6 旧レーギア(3)
ロレスたちは大きな砂のすり鉢状の縁の部分に立っていた。 ようやく炎や雷撃を使って3匹のニシキヘビの部屋を通り抜けてきたのだ。 向こう側に行くには、2つの大きなすり鉢の間の細い峰を渡っていくしか無かった。
「この蟻地獄にはガレバがいるのだろう? グロン、お前は虫使いなのだから、なんとか出来ないのか」 ロレスが隣に立つやせ形の少し小柄な男に言った。
「あれは、土の中に潜んでいるので、私の笛にも反応しづらいのです」 グロンと呼ばれた男は申し訳なさそうに答えた。
「中に落ち込まないように、注意しながら回り込むしかないですね」
「本当に役に立たぬ奴らだ」 ブツブツ文句を言いながら、崩れやすい砂の上を静かに歩いて行くのだった。
ユウキたちが入った空間は何か変だった。 暗い空間を光りの方に歩いて行くと、3本の石段がらせん階段のように天井に向って伸びていた。 その階段の先の壁に大きな目の彫刻があり、目の部分に大きな緑の石がはめてあった。 辺りには何かの香のような匂いが漂っており、ユウキにもジュリアンにも怪しさしか感じなかった。 周りの壁には剣が無数に刺さっていた。
「この階段を上って行くしかないようね。 でも何かおかしくない」
「そうですね、罠の匂いがプンプンしますね。 何かこの空間自体に違和感がありますね」 ユウキは周りを良く観察し、少し考えていた。 ジュリアンはどこからか敵が襲ってこないか、弓を取りだして警戒していた。
(この違和感はどこからきている? そうか空間が歪んでいるんだ。 そんなことが可能なのか? この匂い、もしかしたら) ユウキは剣を抜くと自分の足下に置いた。 そしてその剣に沿って歩いてみた。 足下を見ると、剣先とつま先が50センチほど離れていた。
(そういうことか) ユウキは自分の考えに確信を持った。
「ジュリアンさん、この階段を上ってはダメです。 そんなことをしたら恐らく壁に飛ばされて剣に串刺しになるでしょう」
「どういうこと?」
「これは空間が歪んでいるのでは無くて、我々の感覚が狂わされているんだと思う。 恐らくあの目とこの香りのせいだと思う」
「じゃあ、どうするの」
「ジュリアンさん、あの目を弓で射貫けますか?」
「できると思うけど」
「ただ、たぶん感覚が狂わされているので、普通に狙っても当たらないと思うんです。 それでもできますか」
「うーん、たぶん大丈夫、私を甘く見ないでよね」
「やってくれると信じています」 ユウキが笑った。
ジュリアンは弓に矢をつがえると、天井の緑色の目をめがけてつるを引き絞った。 目をつむり意識を集中すると、頭の中に緑色の光りが浮かんできた。 ジュリアンの能力の一つで、レムの力で感覚を研ぎ澄まし、視覚に頼らず標的を捉えることができるのだった。 それにより、暗闇の中でも夜目に頼らず矢を射ることが可能なのだ。 すると頭の中の緑の光がすっと下がってきたのだ。 ジュリアンはそれに合わせるように、狙いを下げていった。
(おかしい、これだと地面に向って射ろうとしていることになる。 私の能力にも異常が出ているのだろうか。 いや、自分を信じるんだ、標的はこっちだ) ジュリアンは矢を放った。 “シュッ”という音の一瞬後、“ガシッ”という音が聞こえた。 静かに目を開けると、周りの光景が一変していた。 あまりの変化にちょっとめまいを覚えその場に座りこんだ。 天井まで伸びていたらせん階段は消え失せ、目の前には谷があった。 向こう側までは20メートルほどだったが、向こう側までは3本の下りの石段が続いていた。 谷底には剣が無数に突き立てられていた。 向こう側の壁面の中腹には目の彫刻があり、その下には砕けた緑色の石の破片と矢が落ちていた。
「お見事です」 ユウキがジュリアンの手を握りながら言った。
「良かったわ、もしもこのトリックに気づかなかったら、私たちは勝手に石段を踏み外して剣に串刺しになっていたところね」
レーギアの玉座の間では、主のいない玉座の脇でアンドレアスとグレアムが、広間の中央に置かれた鏡よりはずっと小振りの鏡を見つめていた。
「各チーム、それぞれに個性が出ているな。 ヒョウマのところは力でねじ伏せて行こうとしているし、ユウキのところはユウキの観察と的確な判断が効をそうしている。 カケルのところはうまく協力しあって突破している。 まあロレス様のところは苦戦しているようだが・・・」 アンドレアスは鏡に映る、ロレスたちがガレバを倒し砂のすり鉢から登って来る様子を眺めていた。
「これを見ていると、ゴードン様を思い出しますな。 今でこそ12王のレーギアに侵入しようなどと考える愚か者は滅多におりませんが、初代のゴードン様のころは命知らずな腕自慢の者たちがたくさんおりましたからな。 同じようにゴードン様とこうしてガーディアンたちを撃破してくる者たちを観察しておりましたわ。 難なくクリアしていく強者がいると、自ら手合わせする機会があるかも知れないと、うれしそうにしておりましたわ」 グレアムが目を細め、遠くを見つめるような表情で話した。
「で、初代様と直に手合わせをするという不幸な目にあった冒険者は幾人ほどいたのですか」
「わしの知る限りでは5人だったと思う。 最初の3人は結局、ゴードン様にボコボコにされて、その後ゴードン様にお仕えすることになったな。 4人目は瀕死の重傷を負いながらも降参することを潔しとしなかった。 そんな姿を見たゴードン様は、その者を殺してしまうことを惜しみ、命を救って解放してやったのじゃ。 その後、その者は大陸で有名な冒険者になったと言う。 そして5人目は、ゴードン様を倒し2代目の王となられたウエル・コーエン様だ」
「初代様は2代様に倒されたのか。 初めて聞いた、禅譲されたものと思っていた」
「半分は正しいな。 ウエル様がレーギアに侵入してきた頃、ゴードン様は既に死期が近いことを知っておられた。 そして密かに後継者を探しておられたのだ。 だからウエル様と剣を交えられた時、この者だと確信されたようじゃ。 なにせ往時の力が衰えたと言っても、ゴードン様に瀕死の傷を負わせたのだからな」
「なるほど、それで王を譲られたのですね」
「さよう、ゴードン様はウエル様に『お前が次の王だ』と伝えた後、数日後にお亡くなりになられた。 ゴードン様はご自身がお亡くなりになる前に、後継者を見つけられたことに、ご満足のご様子でした」
「そう聞くと、今回の王選抜はかなり緩いということか」 アンドレアスは少し考えるように言った。
「そうとも言えんでしょう。 ウエル様は経験豊かな冒険者で侵入者なのですから。 それに対して彼らは、レムの才能はあるにしても異世界から来てまだ一月も経っておらぬ者たちです。 剣もろくに扱えず、レムもまだ試行錯誤の者たちに、王と戦える力を示せと言うのは酷すぎでしょう」 グレアムは目の前のカップを取るとお茶を一口飲んだ。