1-4 虜囚
クロームは飛行しながら、5人の獣人に連れられて行く2人の若者の姿を見失わないようにしながら、ついていった。 彼らから姿は見えないはずであった。
(とんだ失態だ。 よりによってこんなところに出てしまうとは。 しかもミスの上にミスを重ねてしまった)
クロームはこちらの世界に出ると、すぐに周囲の異常に気がついた。 状況を確認しようと姿を消したまま上空に登ったところで、戦闘が始まってしまい、矢を避けるためにさらに上空へ避難せざるをえなかった。 そうこうしている内に、2人を見失ってしまったのだ。 慌てて周囲を見渡したが、見つけることができず、出来るだけ全体が見渡せる場所の高い木の枝に座ると、戦闘が終わるのをじっと待っていた。 陽が傾いてきた頃に、ようやく森の中から出てくる2人を見つけた時には喜びが湧き上がってきた。 しかし喜びもつかの間で、2人が獣人たちに捕らえられてしまった時には、落胆と焦燥感に変わってしまった。
(なんとしても、助けなければならない)
そこはかび臭い納屋の中だった。 俺たちは1時間ほど歩かされた後、それほど大きくない村に連れていかれた。 もう夜になっていた。
(そこでおとなしくしていろ)連れてきた連中の一人、ウサギ耳の男はそう言って、手を縛っていた革紐を解いて出て行くと、戸を閉めて表にかんぬきをかけた。 中で何か動く気配がする。 暗闇に目がなれてくると、中の様子が分かってきた。 中には20人ぐらいの人がいた。 女や子供、老人もいた。 みんな怯えたような表情で、固まって膝を抱えて座っていた。
「俺たち、どうなるのかな」俺は上代に小さな声で話しかけた。
「分からない、情報が足りなすぎる。でも状況は良くないということだけは分かる」固まった腕を回しながらこたえた。
右の板壁に、板が腐って床から30センチ、幅15センチほどの穴が開いているのが見つけられた。 小さすぎてさすがに抜けることは出来ないが、そこから外の様子が少しでも見ることが出来ないかと思い、顔を近づけた。 外のようすは、月あかりのおかげで、思ったより見ることが出来た。 1メートルほど離れた隣の建物はたぶん馬小屋なのだろう、動物の動きまわる音が聞こえた。 村の広場の方からは、獣の兵たちの声が聞こえる、酒盛りでもやっているのだろうか、笑い声も聞こえてくる。 とその時、目の前に碧に光る二つの目が突然現れた。
「ウッワ-。何」驚いて後ずさりしようとした拍子に、後ろにいた上代の体にぶつかり、その場に尻もちをついてしまった。 落ち着いて良く見ると猫、黒猫のようだった。
「シッ、静かに」
「何、獣人?」上代もそれに気づいて、用心しながら顔を近づけてきた。 二人ともそれから目を離すことができなかった。 そこには、黒い猫の顔だけが浮かんでいた。
「二人とも、こんなことになってすまない」
「すまない? それではまるで、一連の原因があなたにあるとでもいうのですか」
「そのとおりだ。 君たちをこちらに連れてきたのは、私だ。 クロームという」
「・・・・・・」俺たちは声が出なかった。
「今は説明している時間はないが、とにかく必ず助ける。 それまで待っていてくれ。 決して短気を起こして、奴らを刺激してはならない」そこまで言うと、猫の顔は静かに闇の中に消えていった。
クロームは納屋から離れると、空に浮かび上がり、村のすぐ西側を流れる川の岸までやってきた。 川が緩やかにカーブして流れがよどんでいるところで、辺りに背の高い草が生い茂っているところを見つけると、その岸に降り立った。 水際までくると、呪文を唱えながら杖の先で水面を軽くつついた。 波紋が丸く広がっていくと、真ん中が明るく輝き、その中に一人の若い女性の顔が浮かんできた。 金髪の長い髪に整った顔立ち、その顔でさらに際立つのは鼻からほほにかけての傷跡であった。
「賢者殿、どうされました」女性が話しかけた。
「アンドレアス殿、本日こちらにもどりました。 オークリー殿の探されている人物も見つかりました」
「それは、朗報でございます。 オークリー様もお喜びになられるでしょう。 ところで、そこはどこでしょうか」
「ガレジオン山脈の西、おそらくタイロン王国南部のマレン湖の北岸のあたり、その近くの小さな村にいる。 思ったより遠くに飛ばされたようだ」
「分かりました。それではこちらから迎えの者を向かわせます。 たぶん明日中には合流できると思います」
「それなのだが・・・・」その後少し間を置いて、話を続けた。
「実は問題がふたつ発生している。 ひとつは、関係ない若者を巻き込んで連れてきてしまったのだ」
アンドレアスは少しも慌てず、少し考えたかと思うと口を開いた。
「承知しました。 その者もこちらで引き取りましょう。 それで、もう一つの問題というのはなんでしょうか」
「実は、2人とも現在捕らわれている」クロームは、言いづらそうにしながらも、これまでの経緯を説明した。 アンドレアスは、クロームが話し終えるまで黙って聞いていた。
「分かりました。 すぐに救出作戦を手配いたします。 明日の夕刻までにはそちらに合流できると思います。 何か目印はありますか」
「マレン湖を目指し、その北につながった川沿いを十キロほど北上した場所にある村だ。 私は村を見渡せる丘の上の一番大きな木の上で、状況の変化を見張るつもりだ」
「分かりました。 くれぐれもこちらの者が到着するまで、無茶はしないでください」そこで会話は終了した。