4-3 王選抜前夜
その部屋は客用の食堂なのだろうか、30畳ほどの部屋の真ん中に長方形の大きなテーブルがあった。 その両側に俺や上代、ヒョウマの王選抜参加者とその助っ人達、それとクローム、シローネが座り食事をしていた。 グレンは俺の後ろに横臥して、もらった骨付き肉の塊にかじりついていた。 ロレスとそのサポート役3人は出席していなかった。 テーブルの上には、肉料理、魚料理、いずれも見た目にも凝った、今まで見たことがないような様々な料理が並んでいた。 どの料理も初めて食べるものだったが、どれもおいしかった。
「俺の部屋が、豪華な部屋に代わったんだぜ、この服も」 俺は鳥の骨付き肉をかじりながら、隣の上代にいった。 それに加わるように、向かいに座ったエレインが言った。
「あたし等も、すぐ打ち合わせが出来るようにって、今夜は特別に隣の部屋に泊まることになったんだよ」 それを聞いた上代が言った。
「それって、九十九が逃げ出さないように、監視するためじゃない?」
「そ、そんなことはないよ」 エレインが口ごもりながら言った。
「ところで、あのロレス様と一緒にいたやつら見た? 一人は左手に包帯していたし、もう一人も遠目だったけど山越えの途中で弓を向けていた奴に似ていたと思わない?」 エレインが話しを代えてきた。
「私もそれを考えていた」 ホーリーがスープをすくっていた手を止めて言った。 ホーリーはさすがに顔の布を外していた。 これまでの旅での食事では暗い野宿が多かったし、日中でも意識してほとんど一人で食べていたので、ホーリーの顔をしっかりと見たことがほとんど無かった。 とても美しかった。 俺が見ていることに気がつくと恥ずかしそうに顔を背けた。
「ロレス様がこういう展開を予想していて、それを妨害するためにやらせたとすればつじつまは合うけど、あくまで推測にすぎない、滅多なことは言わない方が良い」 ジュリアンが釘をさした。
上座にはヒョウマとセシウスが食事をしていた。
「あんたが助っ人に入ってくれるとは、驚いたな」 赤ワインを飲みながらヒョウマがセシウスに言った。
「まあ、誰もいないのではハンデがありすぎると思ったのでな」
「俺は一人でも十分だと思っていた。 知らない奴だとかえって足手まといになるからな。 でもあんたなら頼りになる、大歓迎だ」
「セシウス様が加勢されるなんて、反則ですよ」エレインが口をはさんだ。
「まあそう言うな、私でも旧レーギアの中は良く知らないんだ、君たちと一緒だよ。 あそこの管理者以外は、アンドレアスでも細部までは分からないと思うよ」
「どんな風になっているのですか」 上代がジュリアンに聞いた。
「中は道がいくつにも別れていて、多くの部屋や障害物がある。 各部屋にはガーディアンと呼ばれる守護兵たちがいて侵入者を攻撃してくる。 それが地下何階層にも続いている」
「ゲームのダンジョンみたいなものかな」 俺が独り言を言った。
「それより、最後にグレアム様が補足していた事だけど、あれどういうこと」 エレインがジュリアンに聞いた。
「最後、天聖球の間にたどり着くと、台座の上に天聖球がある。 だけどそれはクリスタルの中に閉じ込められているそうだ。 それを開けるには、脇に置いてあるクリスタルのカギを差し込まなければならないと言うことだ。 そのカギは赤、緑、薄紫の3本あり、正しいのはその内の一本だけ。 そして一人の候補者が選べるのは一本だけであり、間違えたものを引いた者は失格となる。 つまり早く到着すれば良いと言うものでもないということだ」
「おそらくそのカギの色にも意味があるのだろう。 赤は力、緑は調和、薄紫は慈愛と言うところか。 先王が候補者に最も期待していることなのかもしれない」 上代が独り言のようにつぶやいた。
「あのヒョウマと言う男、どうなのだ」 クロームが髭に付いた煮魚の汁を拭きながら、シローネに聞いた。
「レムの力については天才ね。 教えるとすぐに覚えてしまうし、更に自分で応用してしまう。 それに無属性なのでどこまで使えるようになるのか計り知れないわ。 おそらくあの四人の候補者の中では、現状最もレムの能力が高いのではないかと思うわ。 これでセシウス殿が加勢されるとなると、最も王に近いのではないかな」
食事の後、お茶を飲みながら、しばらく雑談したあと、各自の部屋へと引き上げて行った。
俺の部屋で、ホーリーとエレインの3人で、明日の打ち合わせをしていた。 と言っても、誰も旧レーギアの内部を詳しく知らないので、基本的な対応について取り決めした程度だった。
「ところで、2人は今回のことをどう思っているの。 俺が王になれると思っているの、俺に王になって欲しいと思っているの」
「私はカケルに命を落として欲しくないと思っているだけ。 王になるかどうかはカケルの好きにすれば良い」 ホーリーが言った。 また顔に布を付けていた。
「あたしは何か複雑だな。 お前は普段頼りないから心配になってしまう、おそらく4人の中では一番、王としてはあり得ない存在だと思う。 だけど何かあのヒョウマと言う男は好きになれない感じがする。 それにロレス様も正直、レギオンの中では評判が良くない。 となると消去法でお前かユウキしかいなくなってしまう。 だけどどちらも想像出来ないんだよね。 特にあの玉座に座っているお前に、私が跪いて『カケル様』なんて言っている姿は・・・。 まあ結果はどうあれ、頑張れ、とにかく応援するから」
「ありがとう、とにかく死なないように頑張るよ」
「ところで、今までずっと気になっていたんだけど、ホーリーさんのその布、いつもつけているのはなぜなんですか。 あまり聞いちゃいけないことなのかなと思って聞けなかったんですけど」
「ああ、ついに聞いてくるんだね。 どうするホーリー姉」
「うーん、詳しく話すと長くなるから、簡単に言う。 私は8才の時、戦争で両親を亡くした。 正確には私の目の前で殺されたの。 私はその時のショックで感情が無くなったというか、感情が麻痺したようになってしまったの。 それから感情をうまく表現できなくなってしまった。 両親の死後、親戚の家に引き取られて育てられたけど、無表情な私を見て、叔父にも叔母にも人形のようで気味が悪いと言われ、そこにも居づらくなって飛び出してしまった。 そして人さらいに捕まったところをアンドレアス様にすくっていただいて今にいたっているの。 ただレギオンに来てからも、人とうまく接することが出来なくて、それで表情を隠すためにこの布をつけているの」
「ふーん、でも結構感情出ているよね。 ジュリアンさんやエレインさんと話している時、時々笑ったりしているじゃない」
「分かっていた? ホーリー姉はあたし等には自然に接することが出来るの。 あっ、それとカケルにはなぜか、あたし等と同じように接しているね」
「うーん、なぜかそんなに緊張しない」
「じゃあ、今なんか外してしまえば、せっかくのきれいな顔を隠したらもったいないよ」
「だって、どうするホーリー姉?」 エレインがからかうように言った。
「恥ずかしい、それにいつも着けていたから、無いと落ち着かない。 さっきもああいう場だから外していたけど、裸でいるみたいで早く帰りたかった」 目の辺りを赤くしながらホーリーが言った。
「明日もハードな一日になる、少しでも休んで疲れを取っておいた方がいい」 ホーリーは話しをそらすようにそう言うと、打ち合わせを切り上げた。




