3-20 タイマン
バレージと呼ばれた男は、「へい」と返事すると腰から剣を抜いた。 男の剣は細身の片刃の剣で先にいくに従って反っている海賊の持つような剣だった。 男はゆっくりとこちらに歩いてきた。 そこから離れた後ろに、頭の大男の両脇に男たちが戦いを見ようと左右に広がった。 こちらは、俺の少し離れた後ろに家があり、その家の側に村人たちが固まっていた。 クロームはその屋根の上で、グレンと一緒に全体の様子を見守っていた。
俺も剣をかまえると、バレージと呼ばれた男に近づいて行った。 男との距離が2メートルほどになったとき、男が一瞬で間を詰めると剣で胸を突こうとしてきた。 俺は剣で受けると同時に体を開いてかろうじてかわしたが、その後も顔や腿、胴と連続攻撃を仕掛けてきた。 俺は必死に剣を受けながらかわし続けた。 辺りには金属と金属がぶつかり合う高い連続音が響くだけだった。
(ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、死ぬ、死ぬ、死ぬ。 エレインさん並の強さだ。 こんなの持たない)
「どうした、受けてるだけじゃ、俺は倒せねえぞ、それとも何かあるのかな?」
(くそ、いたぶってるな。 集中しろ、剣を手だと思うんだ) 敵の攻撃を受けながらも、押されて少しずつ後退せざるを得なかった。 ほほや腕にはいくつものかすり傷が出来ていた。 家の側に生えた欅の木の下まで追い詰められた時、俺は木の幹に縛られていた縄を剣で切った。 すると木の上から漁網が男の上に落ちてきた。 しかし男は素早く脇に動くと、間一髪でかわした。
「これが切り札だったのかな。 だが残念だったな」 本来この罠で、首領を人質にでも出来れば、敵を引かせることができるかもと考えていたのだが、これで本当に策が尽きた。
「じゃあ、そろそろ終わりにしようぜ」 男の攻撃のテンポが上がってきた。
その時、不思議な感覚になった。 周りの音が何も聞こえなくなって、相手の姿も見えなくなり、見えるのは剣だけだった。 その剣の動きもすごく遅くなりスローモーションでも見ているかのようだった。 俺は心臓を狙った剣を回転しながらかわすと、そのまま勢いをつけて剣を振り上げた時、突然目の前に体勢を崩して前のめりなっている男の首が見えた。 そのまま勢いよく俺は剣を振り落とすと男の首を両断した。 男はそのまま前のめりに突っ伏した。 俺は自分でも何が起きたのか一瞬理解できず、呆然としていた。
「あんちゃん、後ろだ!」 突然の村人の声に振り向くと、別の男が剣を振り上げ、俺に向って突進してきていた。 声を発した村人が男を阻止しようと間に割って入り、持っていた木の槍で男を突こうとした。 しかし男は難なくその槍をかわすと、袈裟斬りに村人を切り捨てた。 俺はその光景を目にして、一気に体中の血が逆流してくるような感じがした。 男は村人を斬った勢いのまま、俺に向ってきた。 男は上段から斬りかかってきたが、俺は右前に踏み込みながら剣先を目前でかわし、そのまま男の胴に斬りつけた。 怒りのせいか不思議に怖さは感じなかった。
「ばかな!」 男は自分の腹を触って、自分の手についた血をみながら言った。 そのまま地面に崩れ落ちると、腹を抱えながらもがいていた。
「バカヤローが・・」 頭と呼ばれていた大男が大剣を持って近寄ると、男の胸を剣で突き刺しとどめをさした。 そして俺を睨むと言った。
「俺が相手をしよう」
「もう、勝負はついた俺の勝ちだ。 約束だぞ」
「約束? 覚えちゃいねえなあ」 そう言い終えると剣を振り上げ斬りつけてきた。 空を切る音をさせながら向って来る剣をかろうじてかわすと、そのままかわした方に即座になぎ払ってきた。 剣筋は荒いが、体の割に動きが速い。 俺はかわしきれず剣で受けるしかなかった。 重い衝撃を受けて、剣ごとそのまま後ろに飛ばされてしまった。 剣は飛ばされ、手は衝撃でしびれていた。
(なんて力だ! 熊とでも戦っているようだ) 大男はチャンスを見逃さず、俺が起き上がる間を与えなかった。 倒れた俺を剣で突き刺そうとしたが、俺は地面を横に転がりかわした。 男は続けざまに刺し殺そうとしてくるが、なんとかかわし続けた。
(まずい、炎を放って体勢を立て直したいが、どうしても一瞬のタメができる。 呼吸も整わないし無理だ)
男は俺の脇に足を置いて俺を逃がさないようにすると、剣を両手で逆さに持つと、勝ちを確信したようにニヤッと笑った。
次の瞬間、俺の頭上で炎が吹き上がり、大男の頭が炎で包まれた。
「ぎゃあー!」 男は剣を放し両手で顔を押さえながらのけぞった。 剣は俺の顔の横の地面に突き刺さった。 何が起こったのか分からずにいたが、すぐに謎は解けた。 グレンが舞い降りてきて、男の顔に炎を放ったのだ。 男の顔は黒く焼け焦げていて、辺りに肉の焼ける臭いが漂っていた。 俺はすかさず飛び起きると、腰から短剣を抜き、男のみぞおちに突き立てた。 男は動きが止まると、口から血を吐いて前のめりに倒れた。 俺は短剣を抜く間もなく体をかわすのが精一杯だった。
「お頭がやられたぞ!」 「やっちまえ、皆殺しだ」 男たちが騒ぎ出し、剣を抜いて一斉に攻撃しようと進み出した。
「ボーッとしているんじゃない。 来るぞ」 いつのまにかホーリーが隣に来ていて、吹き飛ばされた俺の剣を渡してくれた。
「もう止めろ、お前たちの計画はつぶれた」 俺は男たちに大声で叫んだ。
「そうはいかない、お前を殺さないと金は手に入らねえ。 それにこのまま引いたら、俺らの世界じゃなめられて生きていけねえ」
(クソッ、もう止められないのか) その時、ジュリアンさんの声が頭に響いた。
「お待たせ、エレイン達も来ている」 俺は勝ちを確信した。
「それじゃあ、お前達は全滅することになる。 お前達は囲まれているぞ」
男達の足が止まった。 辺りを見回すと何も見えなかった。
「はったりだ、だまされるな」 そう言うとまた攻撃にかかろうと走り出した。
すると後方から、悲鳴が聞こえた。 男が数人、背中に矢を受け倒れたのだ。
よく見ると、右手の土手の上に弓を持つ数人の黒い影が浮かんでいた。 それとほぼ同時に、左手の家の脇からエレインと数人の村人が武器を持って現れた。 これを見てようやく自分たちが不利な状況にあることを悟ったようだった。
「退け、みんな退け」 頭の次の地位の者と思われる男の号令で、一斉に退却していった。




