3-19 シュルメ村の攻防(4)
「奴ら、地割れと土の壁は越えたようだぞ」 クロームは屋根の上から俺に話しかけた。
「了解、何人ぐらいだ」
「20人ぐらいか」
「うーん、きついな」 研ぎ終えた剣を眺めながら、独り言を言った。 にぶい光を放つ刃先は怖さを感じるし、剣の重さはこれから始まることの重さも感じさせる。しかし何か不思議な感覚だった。 ついさっきまであんなに緊張して、剣を研ぐのにも手の震えを止めるのが難しかったのに、今はかえって変に落ち着いている感じがするのだ。 感覚が麻痺してしまったのだろうか。 死を覚悟してヤケになっているのだろうか。
柴山越しに橋を見ると、人の集団が用心しながら橋を渡って来るのが見えた。 彼らは手に手に剣を握っていた。 橋の出口のところで立ち止まり、罠を警戒しているようだった。
「なんだこれは、油くせえな」 先頭の背の高い男が言った。
「ははーん、どうやらあれに火をつけて、俺たちを入れさせねえつもりらしいぜ」
「しゃらくせえ、火をつける前に向こう側に入ってしまうんだ」 後ろにいた、ひときわ体の大きな男が命令した。 男たちは一気になだれ込もうとした。
敵が5、6人ほど、3方が柴山で囲まれたエリアに入って来た時に、俺は一番手前の柴山の両側で待機していた村人に合図した。
「今だ」 左の村人は、柄の長い大きなひしゃくで大きな桶の中身をすくうと、中の男たちに中身を浴びせた。 男たちは最初何が起こったのか分からなかった。
「うわあ、臭え、糞をかけやがった」
「よるな、さわるんじゃねえ」 それと同時にもう一方では悲鳴が起こった。
「熱い、お湯をかけやがったな!」 右の村人がかけたのは、火にかけていた鍋の油だった。 柴山に囲まれたエリアは混乱状態になった。 先頭の者たちは逃げようとして下がろうとするが、後ろからは押されて押し出される男たちとぶつかり、身動きがとれなくなった。
(よし、今しかない) 俺はたき火の中から燃えさしを両手に持つと、それをすかさず中へ投げ込んだ。 地面に落ちた燃えさしから、地面が一気に燃え上がった。 さらに村人が男たちに油を浴びせかけているため、数人の体に火が燃え移った。 地面を転がる者、逃げようとして仲間とぶつかる者で大混乱となった。 その内の一人が柴山にぶつかり、柴山にも火がついて中のエリアは火の海と化した。 何人かはそこから逃れようと、柴山の切れ目からこちらに飛び出してきたが、足下に並べてあった丸太に気づかず転んでしまい、そこで待ち構えていた村人の槍で突き刺されてしまった。
「退け」 大男の命令が響くと橋の上にいた男たちは橋の中央辺りまで下がった。 俺は状況を確認した。 火の中で2人が倒れていた。 中から飛び出して村人にやられたのは3人。
(5人か、少ない。 これでは諦めてくれはしないだろう、現に橋の中央から下がろうとしていない、あれは火が収まるのを待っているんだ。 クソッ、こちらの策はほぼ出尽くした) 燃える柴山を見つめながら考えた。
(向こうは、あと20人以上はいるはずだ。 火が燃え尽きるまで30分もかからないだろう。 エレインさんの方が片付いて駆けつけてくれるにしても、もう少しかかるはずだ。 どうやってそれまでもたす) 俺はみんなを集めると、考えていることを話した。
「それは危険すぎる。 やめた方が良い、第一勝ち目がないだろう」 クロームが反対した。
「しかし、他に手はない。 向こうからエレインさんやジュリアンさんたちが戻ってくるまで時間を稼がなければならない」
「死ぬぞ」
「こちらに来てから、何度も死にそうになった。 まあ、その時はしようがない。 もし俺がやられたら、みんな迷わず逃げてくれ。 クローム、グレンを頼みます」
「そんな約束は出来んな。 第一そいつはお前さんの言うことしか聞かないのだから」 俺は苦笑しながら、グレンの顔を見た。 グレンの方も俺の顔を見つめた。
柴山の火が大分下火になり、切れ目が大きくなってきた頃、“紅の狼”の一味が用心しながら橋を再び渡ってきた。 俺は火のこちら側から敵に向って大声で呼びかけた。
「おーい、そちらの大将と少し話しがしたい」 向こうで人の動きが止まり、後ろの大男の方を見ているようだった。 やはりその男が頭のようだと俺は思った。 少しの間のあと、低い太い声で返事が返ってきた。
「いいだろう、そっちへ行くから、罠やだまし討ちはなしだぜ」 大男と数人の男が、橋と火の間を慎重に回り込んで出てきた。 火に照らされた姿は、2メートル近くの長身でガッチリした体は正に熊のようだった。 鼻が赤く頭ははげ上がっていたが、目は鋭く、用心深さが伺えた。 俺たちと7、8メートル離れたところで立ち止まり俺や村人たちを眺め、罠や弓をかまえた伏兵がいないか探っていた。 それがすむと、頭は俺の方に向き合い、値踏みするように眺めた。
「それで、何をたくらんでやがる」
「別に企んでいる訳じゃ無い、そちらに提案をしたいだけだ」 俺は、内心のビビリを見透かされないよう、そしてなめられないように、落ち着いて静かに話した。
「何だ、その提案とは?」
「このまままともに戦えば、お互いに相当の死人が出る。 そこで、お互いの代表者が戦って決着をつけるというのはどうだろう。 そちらは本音では村人なんてどうでもいいことなんだろう? 男から依頼されたのは、俺の命のはずだろ」
「ほう大分訳知りのようだ、ボルンの奴がしゃべったようだな。 お前が向こう側から来た奴か。 もう一人いるはずだが?」
「あんたに依頼してきた奴が何を言ったか知らんが、勘違いしている。 もう一人の奴は、途中で知り合って一緒に旅をしてきただけだ、本来は関係無い」
「それで」 疑わしそうな目で見ていたが、とりあえず話しを促してきた。
「俺とあんたで勝負して、俺が勝ったらあんたたちはそこで手を引く、あんたが勝ったら俺の首で終わりにする」 それを聞いていた周りにいた男たちは大笑いを始めた。 頭自身はクスッとも笑わなかった。
「イヤだと言ったらどうする」
「俺たちは逃げる。 バラバラに村や山中に隠れる。 あんたらはこの広い畑や山の中を一晩中探し回らなければならない。 どっちが有利かは言うまでもないはずだ」
「そんなことをしたら、村や畑に火をつけるぞ。 そして見つけた村人は女、子どもであろう皆殺しだ」 頭は不機嫌そうに言った。
「やるがいいさ、我々がレギオンの者だということは知っているのだろう。 レギオンとこの村は何の関係も無い。 だがな俺たちを取り逃がせば、あんたは金をもらいそびれる。 それだけじゃ無い、レギオンの者と知っていて襲ったと言うことは、明らかな敵対行為だ、レギオンがそれを黙って見過ごすと思うか? あんたらは毎夜怯えながら、眠れない夜を過ごすことになる」 頭ははげ上がった頭をなでながら少し考えてから、口を開いた。
「だがお前がやられたら、レギオンは報復に来るんじゃねえのかい」
「これは俺が納得した上でのことだ。 レギオンは手を出さないように伝えておく」
「いいだろう、だがお前の相手は俺じゃねえ。 バレージ、お前が相手してやれ」 頭は左に控えていた、やせ形の長身の男に言った。