3-17 シュルメ村の攻防(2)
陽は東の山に沈もうとしている。 おそらく1、2時間後には、戦闘が開始されるだろう。 俺はジュリアンとエレインに言った。
「ジュリアンさんたちが一番戦闘については、経験も知識もあるでしょう。 攻め時、退き時についてはお任せします。 無理せず、持ちこたえられないとなったら、逃げてください。 一番の目的は、被害者を極力出さないということです」
「了解した。 カケルも敵が橋を渡ってきたら、無理せず逃げろ」
「まあ、やれるとこまでやってみます」俺がそう言うと、2人は村人を率いて出ていった。
ジュリアンは思った。
(カケルにしろ、ユウキにしろ、抜けていることがあることに気づいていない。 人数からすれば45対50、いい勝負だ。 しかし内容が違う、向こうは人殺しを何とも思わない武器の扱いに慣れた荒くれ者たち、こちらはスキやクワ、鎌しか扱ったことがない者たち、しかも武器も全然ちがう、まともに戦えるのは3人だ。 まさに狼の群れに羊の群れで戦うようなものだ、ひとつ間違えば一方的な殺戮に終わってしまう。 しかし今それを言っても始まらない)
俺は残った村人たちに、いくつかの物を用意してくれるようにお願いした。
橋の東側には、上代が地割れと土の壁で橋への侵入を防ぐべく細工をすることになっている。 それで侵入を諦めてくれれば良いが、それは無いだろうと俺は思っている。 橋を落とすことを俺は村長に提案したが、それだけは村長に頑として拒否された。 橋から少し離れたこちら側に荷車を横倒しにすると、その周りに柴を積んで油をかけておいた。 その左右にも、コの字に橋の出口をふさぐよう同様に準備させた。 その内側の地面にも油をまき、そして両角の少し開いた部分には、細い丸太を何本か並べておいた。
「あんちゃん、持ってきたけどこんなもんどうするんだい」 村人が2人がかりで大きな桶に竿を通して担いできた。 すごい臭いがした。
「うわっ、これはたまらん」クロームが鼻を押さえた。
「そこに置いてください、ひしゃくも一緒に。 それとこことここに、松明を用意しておいてください」 他にも頼んでおいた物がきたので、みんなを集めてこれからの作戦を説明した。
「えーっ、そんなことをするんだ。 でも面白そうだな」白と黒が混じったヒゲを生やした男が言った。
「でも、それで諦めてくれれば良いが、おそらくそれでも向ってくると思います。 ですので、ためらったらこちらがやられてしまいますよ。 もし全ての策が尽きてそれでもダメだったら、逃げてください」 みんな真剣な顔になって頷いた。
橋のこちら側の柴山から少し離れた場所にたき火をし、鍋をかけたそばに俺は腰掛け、錆びかけた剣を研いでいた。 先ほどのヒゲを生やしたおじさんが、砥石をかしてくれ、研ぎ方を教えてくれたのだ。 剣を研ぎながら俺は考えていた。
(さっきは村人に躊躇するなと言ったが、俺は剣を使えるのだろうか、人を斬れるのだろうか)
その時、ジュリアンから念話で話しかけられた。
「カケル、ホーリーから報告だ。 敵はもうすぐ橋に到着するぞ。 別動隊も少しおくれで待ち伏せ地点にかかるようだ」
「了解です。 ジュリアンさんの方も準備はできていますか」
「ああ、こちらは大丈夫だ」
「では手はずどおりにお願いします」
「承知した」
「橋の向こうに動きがあるぞ、どうやら来たようだな」と近くの家の屋根に登って橋を見張っていたクロームが言った。 俺はそれを聞いて、そばにいた2人に言った。
「では予定どおりにお願いします」
「あいよ」 2人は松明に火をつけると、それを持ってそれぞれ川の土手沿いに北と南に歩いて行った。 川の向こう側で松明の灯りをみたら、舟で渡って逃げようとするのではないかと疑うかも知れないと期待しているのだ。 陽動と疑う可能性は高いが、そう思いながらも確かめずにはいられないはずである。
「他の方々も備えてください」と言いながら、鍋のかかった火に薪をくべた。
「お前はクロームのところへ行っていた方がいいぞ」とグレンに言った。 子ドラゴンは丸い目で俺の顔を見上げたが、怪訝そうに首をかしげただけで、離れようとはしなかった。
「なんだ、これは」 “紅の狼”の頭であるオーレンが、橋の東にある奥行き3メートル、左右15メートルの地割れの前で、馬を止めた。 地割れの深さは暗くて良く分からなかったが、落ちたら登ってくるのは容易ではないだろう。 しかもその向こうには土の山が壁のように盛り上がっていた。
「ちっ、奴らもこちらの動きを察知して準備をしたようだな。 野郎ども、気を引き締めろ、さっき言ったように気をつけるのはレギオンの6人だけだが、手練れどもだ、油断しているとやられるぞ」
「お頭、あそこに松明が見えますぜ」 隣にいた手下の一人が川の向こう岸を南下していく灯りを見つけ、指さした。
「あっ、あっちにも見えます」 別の手下が北側を指さした。
「何か企んでいるな、舟で渡るつもりかもしれねえ。 3人ずつ行かせて警戒させろ。 後の奴らは橋を渡れるところがないか調べろ。 それからここに火をおこせ」
村の真ん中を通っている街道の500メートルほど南、川の東のところに干上がりかけた沼があった。 ジュリアンと6人の村人は2艘の小舟に乗って沼の中にいた。 暗がりの中、各自弓と矢の点検をさせていた。 隣で点検していた若者が緊張しているのが分かった。
(無理もない、今までは鹿や兎しか射たことが無いのだから。 北の方で何やら騒がしい、馬の声も聞こえる。 もうすぐ来るはずだ) ジュリアンは火矢を用意し始めた。 そこへ3頭の馬が暗がりの中を目の前20メートルほどに現れた。
「ちっ、ぬかるんでいて馬の足が取られる。 下りていくしかないようだぜ」 先頭の馬に乗った一人が、後ろへ声をかけた。 男たちは馬からおりて、注意しながら進んで行く。
(3人だと、予定より少ない。 どうする、今やらないと逃げられてしまう)ジュリアンは決心した。 舟に立ち上がると、先頭の男のすぐそばに生えたブナの木の枝に、枯れた枝と葉で玉状にしてつるしたものに、火矢を打ち込んだ。 木の葉の玉は火矢が刺さるとたちまち燃え上がり、辺りが炎で照らし出された。 それが合図だ。
「なんだ、火矢、敵襲か」 先頭の馬が驚いていなないた。
「打て!」ジュリアンは命じた。 そして自分もすぐ第2矢を放った。 村人たちは一斉に3人に向けて矢を放った。 先頭の男は胸に一本、頭に一本の矢を受けて倒れた。 2人目の男は胸に2本、右の太ももに一本、3人目は背中に2本の矢を受けてその場に崩れ落ちた。
ジュリアンはカケルに念話を試みた。
「カケル聞こえるか」
「はい、どうしました?」
「こちらに奴らがきた、だがたったの3人だ。 そっちから攻めるつもりだぞ、どうする、そっちへ向うか?」 俺は少し考えてから、答えた。
「いや、こちらに来てもうまく連携出来ないのでまずいでしょう。 それよりは、エレインさんの方へ回ってもらって挟撃した方がいいでしょう。 向こうを片付けてこっちへ合流してください。 それまで持ちこたえられるよう頑張ります」
「分かった、なるべく早くもどる」 念話を終了した。
(驚いた、こんな状況で冷静な判断ができている。 確かにカケルの言うとおりだ)
「みんな、南の道へ向うぞ、舟を着けてくれ」 一人が頷くと竿を持って舟を移動させた。




