28-9 橙の刺客
グルサン、族長ゾーリンの邸
グルサンは出兵の準備で慌ただしかった。 ゾーリンは兵の編成のみならず、兵糧等の手配も指示しなければならなかった。 ゾーリンは自室で書類の束に目を通していた。
突然、部屋の灯りが揺らめいた。 ゾーリンが書類から目を上げると、目の前には見たことのない黒豹の獣人が立っていた。
「何者だ」 ゾーリンは慌てることなく、書類を机の上においた。
「そんなことはどうでも良い。 王からの意向を伝える。 今回の戦には参戦するな」
「王とはどこの王だ? 我らの王とはカケル王のことだ」
「ムギン王が同じマブル族として、配慮してくれた好意を無にすると言うのか」
「フッ、あの王はマブル族の恥さらしだ。 あの王を支持することはできない」
「ではどうしても、我らに敵対するというのだな。 ならば死んでもらうことになる」
「ワシを殺しても、出兵は止まらんぞ」
「いいや、親カケル派のあんたがいなくなれば、反カケル派が台頭してグルサンは混乱し、出兵どころではなくなるだろう」
「ワシが死ねば、息子のアドルが族長となる。 アドルはカケル王のサムライだ。 かえって橙への復讐心を煽るだけだ」
「ならば試してみよう」男は懐から短剣を取りだした。
ゾーリンが立ち上がると、男は距離をつめ机越しに短剣をゾーリンの胸に突き立てた。 男は感触の異変に気がついた。 剣先が堅い物にあたり止まった。 ゾーリンはニヤリと笑うと右拳を男のほほに叩き込んだ。 年老いたとはいえ昔は戦士だったゾーリンは、刺客にあっさりやられるつもりはなかった。 男は後ろによろめいた。
その時後ろから、人が現れた。
「親父、大丈夫か?」 入って来たのはアドルだった。
「チッ」男はアドルに向き合った。
「おとなしく武器を捨てろ。 外のお前の仲間は死んだぞ」
男は急にゾーリンの方へ振り向くと短剣を投げつけた。 ゾーリンは慌てず右手で顔を庇いながら避けた。 剣は腕をかすりながら、後ろの壁に突き刺さった。
男は逃げようと窓に向って走った。 しかしアドルが見逃さず、男は背中から斬られて、床に倒れ込んだ。 しばらくもがいていたが、やがて絶命した。
「親父、怪我は?」
「ああ、大丈夫かすり傷だ。 毒は塗ってなかったようだ。 お前の言うとおり用心しておいて助かった」 そう言うと笑いながら胸を開いて鎧を見せた。
「ユウキ殿の言うとおりだったな」とアドル。 アドルは先日の会議の後、ユウキから、族長が刺客に襲われる可能性が高いから用心するように言われていたのだった。 アドルは出兵準備のためにグルサンに戻ると、笑って言うことをまともに取り合わないゾーリンに今日は無理矢理鎧を着せたのだった。 部屋の外にいた刺客の仲間5人は倒したが、2人は逃げられた。 だがその2人も怪我をしているため、また襲ってくることはないと思われた。
「親父、準備の方は?」
「ああ、大丈夫だ。 明後日には出発できる」
「そうかい、こんな卑劣な事ばかりやる橙の奴ら、叩きのめしてやる」




