3-15 決断
「なるほど、事情は分かった。 その男は左手に包帯をしていたのだな」上代は男に確認した。
「ああ、それと肩にも怪我をしているのか、左腕をかばうような様子だった」と男は付け加えた。 上代はジュリアンの顔を見ると、ジュリアンは頷いた。
「それで、お前たちの仲間は今どこにいる、襲って来るのはいつだ」
「お頭と仲間は、ここから東に約10キロのところにいる。 ゴッザがあんたらの事を知らせに走ったので、すぐにお頭たちがやってくるだろう。 だが襲ってくるのは、おそらく夜になってからだ、あんたらが今夜村で宿を借りると考えているので、建物の中に全員いることを確認した後だろう」
「数は、全員馬に乗っているのか、武器は」
「お頭を入れて48人、全員馬だ。 武器は剣、弓、斧、槍様々だ。 もういいだろう、全部話した」
「じゃあ、お前は用なしだ」エレインがそう言うと剣を抜いて近づいて来た。 その意図を察して男がうろたえた。
「殺さないでくれ、無傷で解放するって約束したじゃないか、俺は嘘を言っていないぞ」
「人でなしとの約束など守るはずないだろう」
「だめだ」俺は叫んだ。
「エレインさん、それをやってしまったら、こいつ等と同じになってしまう」
「きれい事を言うんじゃない。 こいつを放したら奴らのところに戻って、報告するんだぞ」
「それでもダメだ。 それが心配なら、ここの木に縛り付けて置けばいい。 ジュリアンさん止めさせてくれ」
「ジュリアンさん、俺に任せてくれ」上代がジュリアンに言った。 ジュリアンは一瞬どうすべきか思案したが、上代に向って頷くと、エレインに言った。
「エレイン、剣を収めろ」
「えっ、しかし・・・」 エレインはジュリアンの顔を見ると、意思は変わらないと判断したのだろう、不満そうな顔をしながらも剣を鞘に戻した。
「いいか、これから約束どおりお前を解放する。 どこへ行くのも自由だ、しかしお前の乗ってきた馬はこちらにもらう。 依存は無いな」
「分かった」 男は馬を取られるのは嫌だったが、命には代えられないと諦めた。
「それから、一つ忠告しておくが、お頭の所へは帰らない方がいいぞ、せっかく助かった命を失いたくなければな」 男は「えっ」と驚いた声を上げた。
「理解していないようなので、説明してやる。 お前の話からすると、お前のお頭はずいぶん用心深くて、疑り深いようだ。 そのお頭の前にお前が、無傷で戻ってきたら、どう思うかな。 こう思うだろう『こいつは敵にこっちのことを洗いざらい吐きやがったな』てな。 その結果、今度はそっちで拷問されたあげく、裏切り者として殺されるだろう」 男は、お頭ならやりかねないと納得したようだ。
「だから、俺なら奴らの手の及ばない所へ行ってやり直すがね」と上代。
「わ、分かった、仲間のところへは戻らない。 俺もこんな生活に嫌気がさしていたところだったんだ、これを機に足を洗う」 上代はナイフで、男の手のひもを切った。 男は手首に残ったひものあとを、手の平でこすった。
「もし襲ってきた奴らの中に、お前を見つけたら今度こそ殺す」 エレインは言った。 ホーリーは男と馬の所まで行き、馬を受け取った。 男は最低限の荷物を受け取ると、逃げるように去っていった。
「どうするの、ジュリ姉」
「村を迂回する」ジュリアンは腕組みながら少し考えたが、言った。
「それは、必ずしも得策とは言えないと思うが・・・」上代が言った。
「奴らは、レギオンの報復を避けるために村を襲うことを前提にしている。 僕たちが村を避けたとしても、村は襲われる。 それならば、何も無いところで突然囲まれて戦うよりも、村で備えて応戦する方が分が良いと思いますが」
「奴らの本当の狙いは我々だ。 我々を討ち漏すことは絶対に避けたいはずだ。 我々が村を避けることにより、慌ててまず狙いをこちらに向けて来るだろう。 そこを迎え撃って殲滅する」
「我々を監視し、野営地を取り囲み襲撃の機会を伺いながら、別働隊に村を襲わせる確立は80パーセント以上です」
「それでも、村で戦えば村人を守らなければならなくなる。 それは我々の足かせとなり、動きが制限される」
「村が襲われるの? みんな殺されるの? イヤッ、村を助けて、お願いします」 村娘が目を潤ませながら、ジュリアンに訴えた。
「村に行きましょう、このままでは多くの村人が殺されてしまう」 俺もジュリアンに訴えた。
「お前はまた、そんな事を言っているのか、お前に何ができる。 私たちの力をあてにしているのか、私たちはレギオンのため以外のことで戦うことを禁じられているのだぞ」エレインが言った。 ニッカと呼ばれていた少年が、俺の袖をつかんで言った。
「父ちゃんと母ちゃんを助けて!」 俺は決断した。
「ジュリアンさん、俺は一人でも村へ行くよ。 何が出来るか分からないけれど、村の人を説得して、一人でも多く逃げられるようにしようと思う。 ここで別れよう、俺は元々余計者だ、上代がレーギアまで行ければ問題ないだろう」
「お前、何いじけているんだ、私たちだって・・・」
「止めるんだ、エレイン。 少し待ってくれ。 アンドレアス様に連絡を取ってみる」 ジュリアンは少し離れた場所へ行くと、念話を試みた。 10分ほど経ってジュリアンが硬い表情で戻ってきた。
「村に行こう。 そこで“紅の狼”を迎え撃つ。 カケルお前は何歳だ」
「もうすぐ18です。 それが何か?」
「そうか、18といえばこちらでは立派な大人だ。 カケルは大人として言葉に責任を持たねばならない。 今回の作戦、指揮はお前がとれ!」
「えーっ!」
「私たちは、お前に協力する。 しかしこれはレギオンの正式な作戦ではない。 だからお前が指揮をとるんだ」
「ジュリ姉、無茶だ! こいつに出来るわけが無い」 エレインが叫んだ。
「もう決まったことだ、アンドレアス様の命令だ。 カケル、もう時間が無いぞ、行動を決めるんだ」 俺は突然のことに、何も考えられなくなった。 その時、頭の中で、じいちゃんの怒鳴り声が聞こえたような気がした。 俺は大きく深呼吸すると一気に言った。
「ホーリーさん、偵察に出てください。 それから上代、頼む奴らを迎え撃つ作戦を考えてくれ。 俺、バカだから考えられない。 後はとりあえず急いで村に向う、村人たちに状況を説明して、説得するんだ」
「了解、状況報告はジュリ姉に念話で伝える」と言うと馬にまたがり、走り出した。
「いいだろう、時間が無いのでやれることは限られるが、一泡吹かせてやる」と上代。 エレインは納得いかない様子だったが、荷物を担ぐと、みんなと一緒に村に向って下りていった。
納得のいかないのは、ジュリアンも一緒だった。 アンドレアス様は何故あんな命令をだしたのだろう。 先ほどのアンドレアスとの会話を振り返った。
「アンドレアス様、ジュリアンです、聞こえますか」
「ああ、待っていた、状況はどうだ」
「不明の敵に2度ほど襲われましたが、全員無事です」
「そうか、客人の評価は?」
「はい、ユウキは頭脳明晰で、何をやらせても覚えが早いです。 一を聞いて十を知るタイプです」
「ほう、レムはどうだ」
「逸材です」
「そうか、それは良かった。 そういえばもう一人いたな、そっちはどうだ」
「カケルですか、正直良く分からないんです」
「おまえがか、どういうことだ」
「はい、つかみ所が無いというか、普段はおっとりしていて頼りない感じなのですが、追い込まれると意外な働きをするのです。 普段がわざとそう装っているのかと思うほど。 それと不思議と周りの者を引きつけます。 あのホーリーがカケルには、抵抗なく接することが出来ているのです」
「えっ、ホーリーが・・・」
「はい、その上今は子ドラゴンまで懐いてついてきています」
「なんだと!」 ジュリアンは経緯を簡単に説明した。
「面白い小僧だな。 分かった、詳細は戻ってから聞く。 ところで、問題は何だ、相談があるのだろう」 アンドレアスもジュリアンの目的を察した。 ジュリアンは現状を説明した。
「分かった、村を守りたいのだろう? レギオンの目と鼻の先で不埒な事をしようとするとは。 かまわない目にもの見せてやれ。 ただし、作戦、指揮はそのオマケの小僧に執らせるんだ」
「えっ、それでは・・・」
「失敗してもかまわない。 その小僧がどう行動するか見てみたい。 お前たちは指示されたとおりに動くのだ」
「承知いたしました。 ところで、オークリー様はお変わりありませんでしょうか・・」
「大丈夫だ、それは気にするな」 会話はこれで終了した。




