3-11 子ドラゴン
セシウスが、カケルたちを連れ去ったバウ-ラを追って、火口あとの縁の部分を登っているとき、それは突然起こった。 空が急に暗くなったかと思うと、光の柱が火口の中から、衝撃と轟音とともに立ち昇ったのだ。
(何が起こった。 今のは落雷か、自然の落雷にしては不自然だ、レムか?) セシウスは急いで縁のてっぺんまで登った。 すり鉢の底には、三体の塊が見えた。 一番大きな黒い塊と、そこから少し離れたところに黒焦げになった魔獣と半身が黒く焼けてうごめいている魔獣だった。
(何だあれは、ドラゴンか? ドラゴンがバウ-ラを殺ったのか? カケルはどこだ) 少し離れたところにカケルが倒れているのが見えた。 セシウスは急いで斜面を駆け下りた。
(声、だれ? 体が動かない)
「若者よ、勇者よ、助けてくれたことに感謝する。 こんなことを頼むのは心苦しいが、この子をたのむ。 この子の名はグレンバロウス・・・」
(これは、夢なのか、この子とは誰のこと?) また俺の意識が遠のいていった。
「おい、しっかりしろ」 セシウスはカケルを抱え起こし、ほほをたたいた。
俺は静かに目を開けた。 目の前には、セシウスの顔が見えた。
「俺は、どうなったんですか。 魔獣はどうなったんですか」
「良かった、話は後だ、待っていろ」 セシウスは俺が生きている事を確認すると、左半身が焼け、翼が焼け落ちてまさに半死半生でのたうちまわっている、魔獣に剣を抜いて向き合った。 魔獣はセシウスに気がつくと、セシウスに八つ当たりするかのように、攻撃しようと向ってきた。 セシウスがなにかつぶやくと、剣が赤い光を帯びだした。 魔獣が口から火を吐こうとするより、セシウスが一瞬早く、驚異的な跳躍をみせると、魔獣の脳天から一気に切り裂いた。 セシウスは地面に軽やかに着地すると、剣を鞘に収め、くるりと向きを変えて素早く移動すると、そこへ魔獣の巨体が倒れてきた。
セシウスは、あらためて周りを観察した。
(ドラゴンは死んでいるのか、でも死んだのは、つい今しがただな。 魔獣に殺されたのか、いやあの魔獣狩りの毒銛でほとんど死にかけていたのだろう。 バウ-ラはあの落雷でやられたようだ、しかしそれをやったのは誰だ、このドラゴンか? しかし瀕死のドラゴンにやれるのか? ドラゴンでなかったとしたら、カケル? いやいやそれは・・・・) セシウスはカケルの方を見ると、カケルのそばに小さい黒いドラゴンの子どもが、心配そうに立っていた。
(このドラゴンの子どもか、こいつがやった、ということはあり得ないな、まあちょっとした火ぐらいは吐くかもしれんが・・・) 謎は残ったが、とりあえずカケルを連れてここを出ることにした。 カケルのそばに歩いて行くと赤い小さな袋をみつけて、拾い上げた。
(何だこれは、カケルのか?) とりあえず胸のポケットに入れた。 すると何か違和感を覚えた。 とりあえず気にせず、カケルの体の状態を確認し背負った。
「じゃあな、一人でたくましく生きるんだぞ」 子ドラゴンに声を掛けると、カケルを背負ったまま、斜面を登り始めた。 と同時にジュリアンとの念話を試みた。
「ジュリアン、聞こえるか、セシウスだ」
「はい、ご無事ですか」
「ああ、こちらは大丈夫だ、カケルは救出した。 多少打撲とスリ傷はあるが、命は無事だ。 そちらは今どの辺だ」
「峠を少し下りたあたりです」
「そうか、ならばそこをもう少し下っていくと、右手に剣のような大きな岩が見えてくるので、その辺りはなだらかなひらけた場所になる。 そこに洞窟があったと思うから、今日の野営地としては良いと思う。 そこで落ち合おう。 一時間ぐらいで行けると思う」
「承知いたしました。 ところであの光の柱はセシウス様ですか」
「いや、違う。 まあ詳しい話は後にしよう」
「承知いたしました」 念話は終了した。
ちょうど陽が沈もうとしていた。 洞窟の前にはたき火が燃えていた。 セシウスの姿を見つけると、ホーリーとエレインが駆け寄って来た。
「カケルの怪我は?」とホーリー。
「大丈夫だ」
「えっ、何かついて来ている」とエレイン。
「ドラゴンの子どもだ。 親が死んで俺たちについてきた。 何度追い払っても離れようとしない」
「えっ、ドラゴンもいたんですか、それじゃああの光もドラゴンが・・・」
「それは分からない、とにかくクローム殿にカケルを診てもらおう」
カケルをクロームが治療しているあいだ、セシウスはたき火の前に座り、バウ-ラを追ってからのことを話した。
「バウ-ラ2頭もいたんですか。 それにしてもそれを倒したのはやっぱりドラゴンと言うことですよね」とジュリアン。
「いや、そうとも言えないんだ、俺が着いた時にはすでにドラゴンは死んでいた」
「そうしたら、カケルがやったとでも? それはあり得ないでしょう、あの威力は12王かサムライ級ですよ、第一カケルは火の属性しか使えないはずですよ」とエレイン。 そうこうしているうちに、カケルが、治療が終わってたき火の方にやってきた。 その後を子ドラゴンがヨチヨチついてきた。
「もう、良いのか? よく無事に戻った」ホーリーが言いながら俺の頭をなでた。
「あっ、はい。 黒ニャンがレムで治療してくれたので、大分楽になりました。 ジュリアンさん、何か食べるものは無いですか、腹が減ってしまって・・・」
「干し肉と堅パン、干しぶどうぐらいだけど食べられる?」とジュリアン。
「大丈夫です、いただきます」
「ドラゴンの巣で何があったの」とエレイン。 俺はたき火の前に座り、堅パンをかじりながら、自分の脇にちょこんと座った子ドラゴンには干し肉をやった。 そして魔獣に連れ去られてからのことを話した。
「あの魔獣は誰が倒したの?」とエレイン。
「えっ、セシウスさんでしょ。 俺、やけくそになって、せめて死ぬ前に足の一本も吹き飛ばしてやろうとしたのだけれど、目の前が真っ白になって意識が吹っ飛んでしまったんですよ」 セシウスは、後から来てセシウスの隣に座ったクロームと顔を見合わせた。 クロームは分からないと言うように、首を横に振った。
「俺ではない、俺が行った時には一頭は黒焦げになって死んでいたし、もう一頭も半死半生で俺はとどめを入れただけだ」
「じゃあ、あの落雷は謎のままなの? スッキリしないなあ」
「なぜ、その子ドラゴンはお前について来るんだ?」と上代。 上代はドラゴンを初めて見たので、興味津々な様子だ。
「俺にも分からないよ。 ただ、意識がなくなった時に夢を見て、親ドラゴンにこの子を頼むって言われたような気がする。 名前はグレン、グレンバロウスって言ったような気がする」 すると、脇にいた子ドラゴンが「クオウ」と返事をするかのように鳴いた。 それを聞いたクロームが、驚いたように俺の顔を見た。
「何だと、グレンバロウスとは古代語で“強き者”あるいは“勇気ある者”と言う意味だぞ」
「ドラゴンがお前に話しかけたって言うのか。 そんなことあり得ないだろう」とエレイン。
「いや、そうとも言えないぞ。 ドラゴンはとても知能が高く高潔で、直接人の言葉は話せないが、特定の人とは念話で会話をすることが可能だと言われている」とクローム。
「そういえばこの子、全然私たちを恐れないし、威嚇したりもしないの。 まるで私たちの会話を理解しているみたい。 とても賢いのは確かね」とジュリアン。 「クオウ」とまた鳴いた。
「えっ、ちょっと待って、そうしたらこのドラゴンをレギオンに連れていくつもり? そんなの無理でしょう、ドラゴンは絶対に人になつかない、飼い慣らすことは出来ないって言うでしょう」
「でも現実にはもうなついているぞ」とセシウスが、もう一切れの干し肉を俺がドラゴンに与えているのを指さした。
「良いんじゃないか。 こいつがついて来たいんなら。 それに初代のゴードン王はドラゴンを従えていたと聞くぞ」とセシウス。
「そ、それは12王の話でしょう、カケルはレーギアに行っても下僕くらいにしかなれないわ」
「ドラゴンを従えた下僕か、それは面白いじゃないか」と言いながらセシウスは笑った。
ホーリーはドラゴンのそばにしゃがみこみ、そっと手を伸ばした。
「ホーリー姉、危ないわよ」
「大丈夫、良い子だね」と言いながら、首の側面をなでようとした。 ドラゴンは青い丸い目でホーリーの顔をのぞいていたが、警戒するでもなく、抵抗するでもなくじっとして触らせた。
「きれいな鱗、光の加減で縁が赤く光ったり、青く光ったりする」
「このドラゴンは見たことがない種だな。 私もそれほど多くのドラゴンを見たわけではないが、普通の黒竜とは違うようだ」とクローム。
翌日の朝、セシウスは朝食が済むと、一足先に帰還すると言い出した。
「元々、帰る途中でこちらも気になって寄って見ただけだ。 旅ももう山を下って行けば、レギオンのテリトリーまで目と鼻のさきだ。 もしもまた謎の連中が襲ってきても、君たちなら大丈夫だろう。 それにいつまでもレーギアを空けておくとアンドレアスがうるさいのでな」 セシウスは馬に鞍をつけながら言った。 ふと何か思い出したかのように、俺に近づいて来ると、胸のポケットから赤い小袋を取りだした。
「これは、君の物かい?」
「はい、どこかで無くしたと思っていましたが、ありがとうございます」
「これは何かね、レムに関係しているのかね」
「これは、神様のお守りです。 僕が小さい頃、見えないものやいないはずのものに怯えていたらしいです。 それで祖父がそのお守りをくれたんです。 レムには関係無いと思いますが・・・」
「そうか、それでは、レーギアで待っているよ」 そう言うと馬にまたがり、山を下りていった。 俺たちも荷物を担いで出発することになった。 ロシナンテがいなくなってしまったので、荷物を分担して運ぶしかなくなったのだ。
(ロシナンテを助けてやれなかった、いい奴だったのに)




