21-4 レッドローズ(1)
アンドレアスはレギオンを追放になった後、行くあても無かったので取りあえず故郷の様子を見ようと思った。 アンドレアスはアストリア王国に戻って驚いた。 王国は橙のレギオンの侵攻を受けており、昔の勢いも人々の明るい笑顔も無かった。 帝国からは十分な援軍も送られず、既にタイロン王国の王都は落ちていた。
アンドレアスは軍の不甲斐なさに腹を立てるも、自分には何も出来なかった。 何故なら自分はこの国では脱走兵なのである。 見つかれば死刑だろう。 なのでアンドレアスは、ボスリアのミネルバ・ローエンと名のっていた。 顔の傷も髪をたらし目立たないようにしていた。 自分が何も出来ないことに苛立ちながらも、何か出来ることは無いのか模索していた。 やがて橙のレギオンに敗れ、王都も危うくなり、アンドレアスも王都を出て行かざるを得なかった。
王国が橙の支配下になると、橙のレギオンは人々を次々と奴隷にしていった。 それから逃れるべく、多くの人々が馬車で、荷車を引いて、子どもの手を引きながら思い思いに、街道に長蛇の列を成しながら移動していった。
ある日アンドレアスが小さな町の宿の食堂で夕食をしている時だった。 薄暗いランプの灯りの中、奥のテーブルでスープを飲んでいると、少し酔った赤ら顔の男が、アンドレアスのテーブルに近づいて来た。 その男は入り口の近くのテーブルにいたのだが、アンドレアスが入ってきた時からジロジロ見ていた。 その後も、一緒の男と何かを話しながら時々アンドレアスを見ていたのだった。
「チッ」アンドレアスは小さく舌打ちしながらも、男に気付かないふりをした。
男はアンドレアスのテーブルにぶつかると、手でワインのカップを倒し自分の手にかけた。
「何をしやがる。 あーあ、ワインで汚れてしまったじゃないか。 どう落とし前つけてくれるんだ」 男はアンドレアスに怒鳴った。
「自分で勝手にぶつかっておいて、何を言う。 私の機嫌が悪くならないうちに失せろ」 アンドレアスは男の方に向きもしないで言った。
「何だと、女だから手荒なまねはしないつもりだったが、そんな口がきけないようにしてやるぞ」 男は右腕の拳を振り上げた。
「失せろ!」 アンドレアスは男を怒鳴りつけ、睨んだ。 男はその迫力に“ビクッ”となりそのままフリーズした。 何秒間か固まったままだったが、我にかえると、周りから見られていたため、振り上げた拳を下ろすことが出来なかった。 そのまま殴りかかったが、素早くアンドレアスにかわされ、その袖を引かれてそのまま前の壁に顔面から激突した。 男はそのまま気を失った。 食堂中に歓声が上がった。 アンドレアスは剣を取ると、自分の部屋に上がっていった。 自分が目立つのを避けたかったのである。
次の日、アンドレアスが下の食堂に下りて行くと、宿の主人が慌てて駆けよってきた。
「お客さん、裏口から逃げなさい。 昨夜の男が仲間を集めて宿の前に待ち構えています」
「ふう、朝から面倒な事を・・・。 ご主人、パンとベーコンとワインを頼む」 アンドレアスはそう言うと、テーブルに座った。
「あんた、そんなことを言っている場合じゃないだろ。 あいつ等はこの辺を荒らし回っている、ごろつきどもだ。 仲間も30人ぐらいいる」
「ご主人、ご忠告ありがとうございます。 ただ朝食を食べないと腹が減って力が出ないのでお願いします」 主人はあきれて、戻っていった。
アンドレアスが宿の裏口から外に出ると、外には5人の男が待ち構えていた。
「逃がさねえよ」 昨日の男が鼻に包帯を巻いていた。 男達は手に剣を持っていた。 声を聞きつけて、表からも男の仲間が集まった。 数は20人以上いると思われた。 ごつくて体の大きな男が近づいて来た。
「バッジ、このアマか? 少し年はいっているが、なかなかの上物じゃねえか」
「へい、頭。 ですがそいつ、気が強え上に腕がたつので気をつけてください」
「俺は気が強いのは好きだ。 女、命が惜しかったらおとなしくついて来い。 そうすれば命だけは助けてやる」
「はあーっ、彼我の力量も分からぬ奴らを相手にするのは疲れる」 アンドレアスは独り言をつぶやいた。
「断る。 私は今、朝食を食べたばかりで機嫌がいい。 命の惜しい奴は見逃してやるからサッサと逃げろ」 そう言うとアンドレアスは剣を手にした。 雷光は背中に背負ったままで、手にしているのは前に襲ってきた野盗から、まきあげたナマクラだった。 その剣でさえ、アンドレアスは抜かなかった。
「何を言っているんだ、この女。 頭がおかしいのか。 いいか傷つけるなよ。 とっ捕まえて、俺の剣でヒイヒイ言わせるのだから」そう言うと頭の男は剣を抜いた。
男が剣を振り上げた次の瞬間、男は何が起こったのか分からぬままに絶命した。 アンドレアスはもう男の後ろにいた。 剣は抜いていない。 鞘に入ったまま男の首をはね飛ばしたのだった。 男の首が石畳の上に転がった。
「次はどいつだ!」 アンドレアスが周りの男達に声をかけるのと、首をはねられた男が前に倒れるのが同時だった。 男達は、信じられない光景に呆然と立ち尽くしていた。
「ウワーッ!」 男達は一斉に逃げ出した。
アンドレアスは、男の服で剣の血を拭くと、荷物を背負って騎竜の所へむかった。