20-12 困難な作戦(2)
15日後、アテン島
アテン島はバンツ山脈をギリギリで超えて、銀のレギオンの領空を進んでいた。 下に広がる都市の人々や田園の農夫達も一様に空を見上げて、驚きの声をあげた。 急に空が暗くなると、空一面が巨大な岩の塊に覆われ、人々は潰される恐怖におののいた。 従来のように高い高度を通過していた時には、下に厚い雲があったため、下から見上げても気付かれなかったが、今は雲も消え去り直に岩盤が見えていたのだった。 島の地表面からはまだ地面までは100メートル以上あったが、下の岩盤層の底からは数十メートルしかなく、少し高い山があれば接触する恐れがあった。
俺達は、くの字型の島の一端にいた。 そこにはスフィン王自身もきていた。
「予定より落下速度は若干速くなっています。 このまま進めば、ブラブ山脈に接触するか、それを避けられたとしてもグラッツ山に激突します。 これから作戦を開始いたします」 ユウキは俺とスフィン王に説明した。
「分かった、よろしく頼む」とスフィン王。
ユウキは作戦を指揮する前に、俺の所へ来て耳打ちした。
「ここは銀のレギオンの領空だ。 奴ら何か仕掛けてくるかも知れない、注意してくれ」
「分かった」と俺。
「もし奴らが挑発してきても、極力誘いに乗らないで欲しい。 ここで戦闘を始めれば、それを口実に全面戦争になってしまう恐れがある」
「そうだな、覚えておく」
上空は異様な光景だった。 巨大な様々な色のドラゴン達がゆっくりと大きく旋回しながら飛行していた。 100頭近くのドラゴンが群れをなしている姿は壮観だった。 ドラゴン達は空が狭いと言わんばかりに、お互いが接触しないように旋回の方向を合わせ、今は群れ全体が大きく右に回っていた。
「す、凄い。 ドラゴンてこんなにいたんだ。 これをグレンが呼んだなんて・・・」とエレインは側にいた、ドラゴンの姿に戻ったグレンに言った。
「ボクも驚いている」とグレン。
「竜王も凄いですけど、その竜王と友だというカケル王もやはり凄いですね」とエルク王子。 エルクは俺がアテン島を訪れる度に、常に俺の側にいた。 スフィン王に俺をもてなすように言われているらしいが、その目がどうも気になった。 ファンがアイドルを見る目というか、子どもが戦場から凱旋した英雄を見る目というか、そんな感じだった。
ユウキがグレンの前に来ると言った。
「竜王、始めてください」
「グレンでいい」
グレンは「グオーーっ」と大きく咆哮するとそれが開始の合図だった。
旋回していた輪の中から数頭のドラゴンが降りてくると、下に立てられた直径10メートルの鋼鉄の輪をドラゴンが首を通して飛び上がっていった。 その輪には太い鎖が繋がっていた。 鎖が“ガチャガチャ”大きな音を立てながら伸びていった。 鎖のもう一方には固い岩盤に大きなアンカーが打ち込まれていた。 広い範囲に同じような箇所が10カ所設けられていた。 鎖の途中にはすだれ状に8本の鎖が繋がれていて、その先には同様に鉄の輪が付いていた。
ドラゴン達は整然と列をなし、次々と輪に首を通していった。 ドラゴン達の準備が出来ると、グレンの号令で一斉に大きく羽ばたきだした。 すると島がゆっくり動き出しているのが感じられた。 島は元々ゆっくり右に回転をしていたのだが、更に回転が速まった感じだ。 ただ回転が速まっただけでは軌道は変わらないので、ユウキはドラゴン達が羽ばたく微妙な方向を指示した。 それをグレンが念話で伝えるのである。
その様子を3キロほど後方の空から観察している者があった。 銀のレギオンの飛空船である。 その飛空船の甲板から望遠鏡でのぞいていたのは、スフィン王の隣に立っていた女、サムライのフレア・メイスンであった。
「我がレギオンの領空で勝手なことはさせない」 フレアはバラス王から、今回のアテン島の作戦を妨害するように命令されていたのだ。 緑の王には、ギリオンもシーウエイも煮え湯を飲まされている。 バラス王の怒りは相当なものだった。
「我がテリトリーに被害を及ぼさない範囲で妨害しろ」それがバラス王の意向だった。
「どうなされるのですか」 飛空船の船長がフレアに尋ねた。
「今、あの状態のドラゴン達に、砲弾を撃ち込んだらどうなると思う?」 フレアはイタズラを思いついた子どものような笑みを浮かべて聞いた。
「えっ、恐らくドラゴン達は恐慌状態になり大混乱を起こして飛散するのではないでしょうか」と船長。
「待ってください。 そんな事をすれば間違いなくドラゴン達の怒りを買います。 この船は恐ろしい目にあうでしょう」 隣にいた副官が言った。
「どちらになるか、試してみよう」とフレア。
「砲撃準備、もっと近づくんだ」 フレアは命じた。
「カケル様、飛空船が近づいて来ます。 銀のレギオンの船でしょう」とホーリー。
「何かやろうとしているのかも知れない」 そう言うと俺は空中に飛び出した。
俺の後に3人の翼人が続いた。 その内の一人はエルク王子だった。
「カケル王、私もついて行きます」とエルク。
俺達が飛空船に近づくと、飛空船は横に向いて固定された3つの砲門をこちらに向けた。
「奴ら砲撃する気だぞ」俺は叫んだ。 そしてとっさにシールドを張った。 それとほぼ同時に砲撃が開始された。 3つの砲弾はシールドに当たり爆発したが、俺はその反動で後ろに飛ばされた。
飛空船はすぐに次の砲弾を装填し始めた。 その時船の側に巨大な赤いドラゴンが近づいた。 サーフィスという旧竜王の側近のドラゴンだった。 彼は鎖を引かず全体の様子を見守っていたのだった。 それでこちらの異変にすぐ気付いたのだった。 赤竜はゆっくりと飛空船の周りを飛行し顔を船に近づけると、フレアをずっと注視した。
(これは、手を出すなという警告だな)フレアは思った。 船の兵達は皆震え上がっていた。
「チッ、引き上げるぞ」 フレアは命じた。 飛空船は向きを変えると戻っていった。
「ありがとうございます、サーフィス殿」と俺。
「私は何もしていない」とサーフィス。
「さすがですね、一にらみで退かせてしまいましたね」とエルク。




