20-1 ガロンの約束
ガロンはゴーレン山の麓の森の中にいた。 ガロンが森に入ると、ガロンを見つけたリスが木の枝を伝わりガロンの肩に乗った。 ガロンはポケットからドングリを取り出すと肩の上のリスに与えた。 森の奥の藪が“ガサガサ”と動き、奥から大きな熊が出てきた。 熊は唸り声をあげながら威嚇してきた。 警戒しながら近づいたが、何かに気がつくと突然走り出し、ガロンに突進していった。 そして熊はそのままガロンを押し倒すと、顔中をなめまわした。
「分かった、ガブリ。 オレも会いたかったよ」 そう言いながらガロンは熊の太い首をなでてやった。
ガロンがミーアイ王のサムライになってしばらく経つが、特に担当は与えられず、ミーアイ王の側にあって警護が任務となっていた。 ミーアイ王からここ数日はレーギアから出ないので、3日間の休暇を与えると言われたのだ。 それでガロンは以前に住んでいたゴーレン山の様子を見に来たのだった。
森を抜けると、川の側にみすぼらしい木製の小屋があった。 ガロンの家である。 ガロンが扉を開けようとすると、内部に何か動く気配を感じた。 ガロンは用心しながら静かに少しだけ扉を開けた。 隙間からのぞくと、ガロンのお手製のベッドの上に人が寝ていた。 向こう側を向いて横向きになっていたが、金色の長い髪が見えたので、女性のようだった。
「誰だ。 何故ここにいる」 ガロンは、なるべく恫喝しているように聞こえないように、静かに言った。
女は驚いてベッドから上半身を起こし、ガロンの姿を見て驚愕の表情を表した。
驚いたのはガロンも同じだった。 毛布を降ろしたその女性の背中には大きな白い翼が生えていたのだ。
「怖がらなくていい。 何もしない。 ここはオレの家なんだ」
「ごめんなさい。 少し休ませていただいただけです。 すぐに出ます」 女はそう言うとベッドから降りて立ち上がろうとしたが、突然前に転びそうになった。 ガロンは慌てて腕を伸ばし、女の体を支えた。 よく見ると、女の左腿には矢が刺さっていた。
「怪我をしているのか」 そう言うとガロンは、女をベッドに座らせた。
「大丈夫です。 すぐ出ていきます」
「じっとして、怪我を見せて」 ガロンは怪我の状態を確認した。 矢の軸は傷口から5センチほどで折ってあった。 やじりは完全に腿の中に入っていて、傷口が化膿しかけていた。
(まずいな、これじゃ熱も出ているはずだ)
「このやじりを抜かないとダメだ。 かなり痛いが我慢できるか」
女はガロンの顔を見つめていたが、やがて黙ってうなずいた。
ガロンは女のやじりを抜くと、消毒して包帯を巻いてやった。 熱が出ていると思われ、女の額の汗が凄かった。 ガロンは解熱の効能のある薬草を煎じて女に飲ませると、ベッドに寝かせた。
翌日、女が目を覚ますと、ガロンは川で釣った魚を焼いていた。
「具合はどうだい」
「はい、良くなりました。 ありがとうございます」 女はベッドから降りてくると、火の側に座った。
「こんな物しか無いけど、食べた方がいい」 ガロンは焼けた魚を串ごと渡した。
「ありがとうございます」 女は礼を言うと魚を受け取り、食べ始めた。
「どこから来たのだ? どこへ行こうとしたのだ?」
「・・・・・・」
「オレはガロン。 怪しい者ではない。 こう見えても、王のサムライだ」
女はサムライと言う言葉に反応し、ガロンの顔を見つめた。
「私はアイファ・・・」
「アイファか、良い名だ。 言いたくなければ言わなくていい」
食事が済むと、アイファは出ていこうとした。 しかし足下はフラついていた。
「まだ無理だ、もう1日休んだ方がいい」
「しかし、それではガロンさんにご迷惑をかけてしまいます」
「大丈夫だ」
「ありがとうございます。 それとこんなことをお願いするのはおこがましいのですが、私のことは誰にも話さないでいただきたいのです」
ガロンはアイファの顔を見ていたが、やがて言った。
「分かった、誰にも話さない。 約束する」
その翌朝、ガロンが目を覚ますと、アイファの姿はどこにもなかった。 残っていたのは、ベッドの上に30センチほどの白い大きな羽が1本だけだった。