19-2 激突
南の丘に白銀に光る鎧に身を包んだ兵団が待ち構えていた。 左手に盾、右手に剣を持った一団が整然と並んで、陣形を作っていた。 その後方には大弓を持った兵団が横に並んでいた。 その左右には、装備は違っていたが同じように整然と陣形を整えて待ち構えていた。 総勢14万の軍勢は迫り来る異形の軍勢を向え討つべく、静かに控えているその威容は見る者を圧倒した。
「ついに紫の奴らが動き出したか」 金の甲冑を着けた大柄の男が言った。
「ですが、これから先にはいかせませんよ」 赤い甲冑を着けた、金髪の涼やかな顔立ちの青年が言った。
「そうだな、アラン。 俺達でくい止めよう」
「策はどうしますか、ロンウエル将軍」
「魔人族は驚異的な身体能力を持つ者が多いと聞く。 だがその分個々の力に頼って、組織的な戦いは苦手だと考えられる。 我らはいつも通りに組織としての戦いを行なう。 弓で勢いを殺し、盾で受け止め、数を利用して両翼から挟み込む。 奴らの退路は開けておくのだ」
「承知しました。 我らの強さを思い知らせてやりましょう」
帝国軍とギスガル、メルー二アの連合軍の手前3キロの地点で、紫の軍勢は一旦進軍が止まった。
真ん中の将軍のところへ二人の人物が虎に似た魔獣と騎竜に乗ってやって来た。
「向こうも準備万端のようだな、ゲブラ」 大きな黒い騎竜に乗った男が言った。
「ああ、全部で13、4万てところか。 なかなか壮観だな」
「どうする」 虎のような魔獣に乗った女が言った。
「そうだな、特に作戦は無い。 向って来る奴らは叩き潰す。 このまま俺が真ん中を、右からグレイガ、左からソアラが攻め上がる」
「数が多いぞ」 ソアラと呼ばれた女が言った。
「何だ、勝つ自信が無いのか?」
「そうでは無い、少し面倒くさいと思っただけだ」
「いいか、こんな所でもたついてはいられないぞ。 我らだけでゴルドンを落とせとの王のご命令だからな」
「それじゃあ、さっさと片付けよう」とグレイガ。
両軍が正面から激突した。 紫の軍が3部隊に分かれ、くさび形で金の連合軍の陣に突撃をかけたのだ。 金の軍勢は矢の斉射を浴びせると共に盾を前面に並べた兵達が紫の兵の進撃を受け止めた。
だが、紫の進撃は止まらなかった。 巨人や全身長毛の種族など怪力を誇る兵達が、巨大な棍棒であっさり盾を吹き飛ばし、敵陣深く入り込んだ。 その後に続いた紫の兵達は、素早い動きで兵の首を剣で跳ばし、鎧の隙間から槍を突き刺し、鎧の上からレムを撃ち込んで、周りの敵を次々と倒していった。 その強さは圧倒的だった。
金の軍勢は数の利を使い、敵を包み込むように攻撃するはずだった。 だが包み込む前に網は破られてしまった。 連合軍の陣形はズタズタにされ、金の兵達は混乱しだした。 こうなるとまるで、小魚の大群の中を捕食のために追い回す3匹の魚のようであった。
ロンウエル将軍の本陣
「なんと言うことだ。 これほどの差があると言うのか」 ロンウエルは立ちすくんでいた。 丘の上から見ていると、右手から馬に乗ったアランが指揮官の一人と見られる人物に向っていくのが分かった。 左右のギスガルとメルー二アの軍は早々に瓦解し兵が逃げ出していた。 そして黒い騎竜に乗った男が単騎こちらに向ってくるのが見えた。
アランは虎のような魔獣の前に出てくると言った。
「金のサムライのアラン・ボーゲルが一騎打ちを所望する」
「紫のサムライ、ソアラ・グーンだ。 受けよう。 馬を下りられよ。 そちらの馬は私の騎獣に怯えて使い物にならないようだ」 そう言うとソアラは騎獣を降りた。
二人は向かい合った。 アランは長い槍を構えた。 ソアラは湾曲した内側に刃の付いた2本の剣を抜いた。 赤い長い髪を後ろで束ね、その髪の中からは2本の角が伸びていた。
アランは槍の素早い連続突きをみまった。 その槍先にはもちろんレムが乗せてあり、鋼鉄の鎧も意味をなさなかった。 しかしソアラはその激しい攻撃を、2本の剣で全て受け流した。
アランは槍が通用しないと見ると、槍先から炎の旋風を放出させた。 しかしソアラの前に透明のシールドが現れると、炎は両脇に弾け散っていった。
「もう終わりか? ならばこちらから行くぞ」 ソアラは平然と言った。 そして次の瞬間には、アランの目の前にいた。 アランの首には2本の剣の刃が既に当たっていた。 驚愕に大きく目を見開いたアランの頭が、次の瞬間には中を飛んでいた。 アランの首のない体が前に崩れ落ちた。
ロンウエルは自分の大剣を抜いた。 目の前には三つ叉の槍を持った大男が立っていた。
「俺はサムライのグレイガだ。 あんたは?」
「儂はこの軍の将軍でサムライのロンウエルだ」
「あんたが大将かい、相手にとって不足はねえ。 さあやろうか」
「いいだろう」
ロンウエルは銀色に輝く大剣を上段に構えた。 それに対してグレイガの武器は太い鉄の棒の両端に両刃の剣が付いた珍しい武器だった。 グレイガは腰の脇に武器を構えた。
しばらく二人は微動だにしなかった。 どちらも大技を狙っていることは明らかだった。 周りの兵達も戦闘を止めて成り行きを見守っていた。
次第にロンウエルの剣が赤い光をまとうようになった。 先に動いたのはロンウエルだった。 大剣を振り下ろすと、剣先から赤い雷撃を伴った光の帯が一直線にグレイガに向っていった。 しかし次の瞬間、グレイガは僅かに左に体を捌き、赤い光をかわした。 グレイガの後ろの地面は一直線に数百メートルえぐれ、その後ろにいた兵達は高熱で体が焼けただれていた。
グレイガは一瞬でロンウエルとの距離を詰めると、武器を横に振り抜いた。 ロンウエルの胴は金の甲冑ごと真っ二つにされた。 そしてそこには血を吸った赤い地面に、ロンウエルの離れた体が横たわっていた。
戦の勝敗は決した。 金の連合軍の兵達は我先に逃げ出した。 紫の軍勢は追撃し、多くの兵を討ち取った。