3-9 それぞれの思惑
ジュリアンは、ユウキとカケルを眺めながらこれまでの旅を振り返っていた。 朝から三時間ほど歩きどおしだったので、休憩を取ったところだった。
(この若者たちは大分たくましくなった。 まだ10日ほどしか経っていないというのに。 最初にあったときは、こんなひ弱そうな男たちが、オークリー様が探されていた人物なのだろうかと思ったが。 ユウキは頭の回転が速いし、何でも飲み込みが早い。 レムの修得も常人よりはるかに早い。 カケルの方は、何ともつかみ所のない奴だ。 普段はぼーっとしているし、頼りない感じなのだが、追い詰められると意外な力を出す。 普段が演技をしているのかと疑ってしまうほどだ。 それに、何より驚きなのは、あのホーリーがカケルには心を開いている事だ。 今までこんなことは無かった。 ホーリーだけではない、あの気難しいロバもカケルの言うことはきくし、クローム様も“黒ニャン”などと呼ばれても怒ることもなく、彼の肩にのる。 エレインでさえ、きつい言葉を吐きながらも、何かとカケルのことを気にしている。 不思議な男だ) ここで、レーギアを出発する前に、アンドレアス様から言われた言葉を思い出した。
「それから、これは覚えておけ。 あくまで、ここまで案内してくるというのが任務だ、警護任務ではないぞ」
「どう違うのですか」エレインが質問した。
「警護任務ならば、お前たちは敵からの襲撃があった時、自分の命を捨ててでも被警護者を守ろうとするだろう。 ともに戦うことはあっても、自らの命をすてるようなことはする必要はない。 自分の命も守れないような者ならば、必要ない」
「ジュリ姉、前から誰か来る。 一人だ」ホーリーが側にきて話しかけた。 立ち上がって、ホーリーが指さす方を見つめた。 ゴツゴツした岩がゴロゴロころがっている道のため、その男は馬に乗らず引いて歩いてくる。 ジュリアンが目を懲らしてみると、見たことのある人物のように見える。 ジュリアンは弓を得意としており、視力も良い。
「えっ、あれは、まさか」 ジュリアンは歩いて男に近づいて行った。 しばらくすると、男もジュリアンに気づいて、笑いながら左手を挙げた。 その時にはホーリーもエレインも人物に気づいた。
「あれって、セシウス様じゃない?」 エレインが言った。 ホーリーもうなずいた。 やがて二人がこちらにやってきた。
「クローム殿、この度の件、お疲れ様でした」 セシウスはにこやかにクロームに挨拶をすると、俺の方へ向いて、言った。
「こちらが、お連れになった客人ですかな」
「いえ、違います、そっちはオマケです。 こっちのユウキです」とエレイン。
「えっ、そうですか、それは失礼しました。 セシウスと申します」とユウキの方へ向いて挨拶をした。 上代も挨拶を返した。
「セシウス様、どうしてこちらにいらっしゃるのですか? もしかして、私たちだけでは心配だからと、アンドレアス様がセシウス様をお遣わしになったのですか」
「そうではない。 私はシローネ殿の客人を迎えに行っていたのだが、途中で別れてこちらに寄り道してみようと思っただけだ。 向こうはレオンとリースに任せてあるのでな」
「なるほど、理解しました」
それから、ジュリアンはセシウスにこれまでの経緯を簡単に報告した。
「あの人は偉い人なのかい」俺はエレインにたずねた。
「あの方はセシウス様といって、レギオンの将軍だよ。 アンドレアス様の次に偉い人だよ。 とても優しそうな顔をしているけど、めちゃくちゃ強いからね」
「えっ、将軍が一人でこんなところまで来たの」
「あの方は、階級で偉ぶったりしないし、堅苦しいのや、同じところでじっとしているのが苦手な方だから、何か口実にして抜け出してきたのだと思うよ。 それで、部下の隊長たちはよく文句を言っているけど、兵たちにはすごく人望がある」
「その言い方だと、アンドレアス様は人望がないと言っているのと同じ」とホーリー。
「ホーリー姉、そ、そんなこと一言も言っていないよ。 アンドレアス様にそんなこと言わないでよ」とうろたえながら言い訳した。 ホーリーが笑ったような気がした。
セシウスとジュリアンの情報交換が終わったようだ。
「それじゃあ出発しょうか、指揮は今まで通りジュリアンが取ってくれ。 私は基本的には口出しはしない、様子を見に来ただけなのでね」
セントフォレストのレーギアの一室
その部屋は日中にもかかわらず、カーテンが閉められ暗かった。 ランプの明かりの中に大きな男鹿がこちらを見ていた。
(剥製と分かっていても、毎回ドッキリさせられるわ)
「良く来たね、アイレス、ちょうど、クレオンも来ていたところだ。 まあかけたまえ」
「ありがとう、お兄様」 アイレスと呼ばれた女性は、部屋の中央に置かれたソファーのもう一人の男性の隣に座った。 部屋のまわりをみわたすと、壁には様々な弓や剣、戦斧や槍などが掛けてあった。
(いつもながら、兄の趣味には賛同できないわ。 男ってどうしてこういうものが好きなのだろう。 やっぱりこの部屋は好きになれない、早めに退散するとしましょう)
「今日はどうしたのだい。 アイレスがこの部屋に来るなんて珍しい」 この部屋の主人が言った。 面長の白い顔、高い鼻、目つきが鋭く、唇が薄かった。 金髪の髪は後ろになでつけられていた。
「私だって、ロレス兄様のお顔くらい、たまには拝見したいと思いますわ」
「うれしいことを言うね、愛しい妹よ」
「アイレスは、兄さんに何か聞きたいことでもあるんじゃないのかな」 隣に座っている男が、アイレスに向って言った。
「クレオン兄様、何その意味深な言い方。 私もたまには、ロレス兄様と話がしたいと思っただけよ」
「で、どんなことが聞きたいのだい」
「近々、戦争が起きると言うようなことを聞いたのだけれど、どうなの」
「うむ、確かに父上はアンドレアスとセシウスに戦争準備をさせているようだ」
「なぜ、どこと戦争になるの」
「私も詳しいことは知らない。 二ヶ月ほど前に、百年ぶりに開催された12王の会議に出席された後からそのようなことを言い出しているから、会議でどこかの王ともめたのかもしれないな。 私が会議のことを聞いても話してくれないのだ。 息子の私にだぞ。 アンドレアスとセシウスは、おそらく聞いているのだろう」
「それでなのですか。 何やらアンドレアスとセシウスが、森の賢者に依頼して密かに動いていると言うのを聞いていますが・・」
「そのようだ、森の賢者が異世界から人を連れてきているという話だ。 父上の体の調子が良くないことを良いことに、好き勝手をしておる。 まったくもっていまいましい」
「あら、でもそういうことでしたら、戦争に備えて戦力増強のためにおこなっているのではないのですか」
「必ずしもそうとは言えまい。 父上の体調が崩れてきた時期と重なることが気になる」
「それはつまり、父上は後継問題を考えていると言うことですか。 次の王の候補者を探していると・・・」クレオンが言った。
「あり得る話だ。 だがそんなことは、絶対に認められん。 次の王は私以外あり得ない」
「しかしお兄様、昔から12王は、世襲はできないと言われていますわよ。 資格のない者が王になると呪いが起こると・・・」
「世襲が出来ないわけではない。 そもそも12王が12王たるゆえんは、何か。 それは王が天聖球を所持しているからだ。 王の凄まじい力の源は天聖球から供給されるレムだ。 ただ所持する資格のない者が、それを所持すると莫大な量のレムに体が耐えきれず、体や精神が破壊されてしまうのだ。 それが天聖球の呪いの正体だ。 だが私は、レギオンの中でも秀でたレム使いである。 私以外、ふさわしい者はいない」
「でも、お父様はそうお考えになっていないのでは、それで手立てを指示されたということでは・・・」
「父上は間違っておられるのだ。 最初から世襲は出来ないと思い込んでおられるだけだ。 そんなことはさせない、もう手は打ってある」
「兄上、兄上が王となられたあかつきには、クレオンは兄上の右腕としてお役に立たせていただきます」
(このお調子者、どこまで本気なのだろう)アイレスは思った。
「うむ、良く言ったクレオン。 アイレスももちろん私を支持してくれるだろう?」
「そうね、でもきっとお父様もお兄様の事は十分にお考えになられておりますわ。 それはそうと、いつもお兄様と一緒におられるお二人がおりませんね」
「ああ、グロンとマイルスは新しい武器の買い付けのために出ている」
「本当に、こんなにお持ちなのにまだ欲しいのですか・・・。 あら、もうこんな時間。 そろそろ仕立屋が新しいドレスの採寸のために来るので、戻らなければ。 お兄様、お話できて楽しかったわ、それではごきげんよう」
「うむ、アイレスもドレスの保管専用倉庫が必要なのじゃないのか」 アイレスはそれには答えず、足早に部屋を出た。
(結構収穫はあったわね、でももう二度とあんな悪趣味の部屋には入りたく無いわ)




