3-8 魔獣(2)
草原を3日ほど走ったあと、途中の町で一泊したが、その後はまた草原の旅になった。 そして今は草原から、砂漠へと変わっていた。 砂漠と言っても全て砂というわけではなく、あちこちに岩がむき出している荒れ地というのが正しいだろう。 これまでのところ、特に問題もなく進んでいた。 夕方になると兵摩は、シローネからレムの手ほどきを受けるのが日課になっていた。
「これ楽しいよね。 もっと派手に攻撃できるやつないの」言いながら、片手を薪の山にかざすと炎を噴き出し、一気に火をつけた。 砂漠のため木がほとんど無いので、途中で見つけた倒木の枝を運んできていたのだ。
「レムは攻撃するためにあるんじゃないわよ」
「そうかい、でも俺は攻撃できるのを教えて欲しいな。 そう離れて攻撃できる銃のような」
「じゅう?」シローネは首をかしげた。
「そう、筒状の鉄の中で火薬を破裂させて、その力で鉄の玉を飛ばして敵をたおす。 こんな感じで・・・」
兵摩は右手の人差し指と中指を伸ばし銃に見立てて手を伸ばすと、頭の中で引き金を引いて弾丸が発射される光景をイメージした。 その時、指先から何かが飛び出す衝撃を感じたと思ったら、狙いをつけていた岩で何かが弾けた。 “バシッ”という音とともに小石がはじけ飛び、岩に10円玉ほどの穴があいていた。
「えっ、こんなこともできるの」 兵摩は驚いて自分の指先をみた。 シローネは言葉が出なかった。
「これは良いねえ。 気に入った」 兵摩は続けざまにレムの弾丸を岩に打ち込み、標的にされた岩はしだいに形を変えていった。
「すげえ、あんなこと突然、自分の思いつきでやってのけるなんて、レムの申し子か」とリースがレオンに言った。
「気にくわんな」ボソッとレオンが言った。
「そりゃー、ろくに修行もせずにあんなことされたら、俺たちは何なんだよと思ってしまうわな」とリース。
「気持ちいい、これでたばこが吸えれば言うことないんだが・・・・」 兵摩のたばこは、昨日の朝に最後の一本を吸い尽くしてしまった。 セシウスから、こちらには同じものは無いと聞いてから、テンション下がって、今日も一日不機嫌になり、ほとんど口もきかなかった。 レオンやリースも軍人らしく無駄な話をしないタイプなので、一行はほとんど会話もなく進んできたのだった。
異変が起きたのは翌日だった。 砂漠の中に岩山が続く一帯があり、そこを通るのが近道だった。 道の両側に岩山が連なり、その山の岩肌にいくつもの穴が開いているのが見えた。 直径5メートルほどの洞窟で内部は暗く奥行きは分からなかった。それはランダムにあいているが、どう見ても自然にできたようには見えなかった。
「なんだい、あの穴は? 古代人の住居あとかい」と兵摩は騎竜の前に座っているシローネにたずねた。
「あれはブラーガという魔獣の巣穴よ。大きな声は出さないで。 夜行性で日中は巣に潜って出てこない。 刺激しなければ襲われることはほとんどない」
「どんなやつか見てみたいな。 一匹ぐらい襲ってこないかな。 そうすれば俺のレムの力を試せるのに」
「不謹慎なことは言わないで。 ブラーガは一旦暴れ出すと凶暴で、人間には手に負えないわ」
一行が岩山の谷の真ん中辺りまで来た時に、それは起こった。 突然岩山の頂上から角笛の高い音が響き渡った。 すると穴の中で何かがうごめく気配がした。
「まずい、奴らが出てくるぞ。 あの音で怒ったんだ」とセシウス。 まもなくあちこちの穴から巨大な黒いかたまりが次々と出てきた。 六本の長い足を持った黒いその姿は、蜘蛛のようでもあり、硬い甲羅のカニのようでもあった。 頭には目と思われる赤い丸が横に六つ並んでいた。 口はアリやスズメバチのあごのような形をした巨大なはさみのようであった。 10匹ほどのブラーガが、一斉に一行に向って降りてきた。
「ウワー、なんだありゃ。 クモか」と言いながらも兵摩は慌てず、むしろうれしそうだった。
「くるぞ」セシウスの声に、レオンとリースは剣を抜いて備えた。
ブラーガたちは、一行を取り囲むように集まってくると、その内の一匹が先頭のレオンに、とがった足で攻撃してきた。 レオンは剣でその足を打ち払ったが、硬いよろいのような外皮は無傷だった。 その時、ビシッと音がしたかと思うと、ブラーガの頭、目の上の部分に穴が開き、青い血が吹きだした。 レオンが振り返ると、兵摩が二本指を伸ばした手をブラーガに向けていた。 頭を兵摩に撃たれたブラーガは、しばらく痙攣したかと思うと、しだいに体の力が抜けるように体が沈み、やがて赤い目の光りが消えると動かなくなった。
「これは楽しいねえ、シューティングゲームなんかよりおもしろい」 と言いつつ、両方の手で両脇から襲って来るブラーガを撃ちまくった。 当たると厚い外皮を破ることは出来るが、頭以外は致命傷にはならなかった。
「面倒だ。これならどうだ」 兵摩はあぶみの上に立ち上がると、右腕を魔獣めがけて伸ばし、拳を握った。 左手は右腕を押さえるようにあてている。 拳の先が一瞬光ったと思った瞬間、ブラーガの体が爆発して体の一部と青い血が辺りに飛び散った。
「なんだと」さすがにセシウスも驚いた。 しかし、にやりと笑うとレオンとリースに言った。
「ヒョウマ一人に任せてばかりはいられないぞ。 レギオンの力を示せ」と言うと、セシウスは馬から飛び降り、ブラーガに向って行った。 レオンとリースも後に続いた。 セシウスが飛び上がり、青い光を放つ剣で真ん中のブラーガの頭を真っ二つに切りさいた。 レオンは右のブラーガに対し、横一線に払って前足を切り絶つと、素早く体を右にさばき、落ちてくる頭を切り落とした。 リースは左のブラーガに対して、長剣を上段にかまえると、静かに相手が攻撃してくるのを待っていた。 魔獣が前足で攻撃してくると、一歩下がってかわし、再度攻撃のために前足を持ち上げた瞬間に一気に相手との間を詰め、袈裟切りに切り伏せた。 と同時に素早く身を引き、魔獣が血を噴き出しながら崩れ落ちるのを避けた。
「ヒュー、さすが軍人さん、やるねえ」と攻撃しながら見ていた兵摩が言った。 その頃には、すでに兵摩は5匹のブラーガを倒していた。 残りはそのままセシウス等が仕留めた。 辺りには10数体の魔獣の死体が散乱し、地面が青く染まっていた。
「怪我はないか」セシウスがみんなに声をかけた。
「大丈夫です。 それより、あの角笛を吹いた者、姿を消してしまいましたが、我々を狙ったものでしょうか」とレオンがセシウスにたずねた。
「ああ、間違いないだろう。 我々を妨害したかったのだろう」
「何者ですかね」とリース。
「わからん」
「どうだい将軍、俺に何をさせたいのか知らんが、俺は役に立ちそうかい」
「ああ、そうだな」
シローネは、震えていた。 このような惨状を見るのは初めてということももちろんあるが、それだけではなかった。
(この男は、魔獣とはいえ殺戮を楽しんでいた。 この男は恐ろしい、しかも凄まじい力を手に入れつつある。 それに私は力を貸した。 私はとんでもない男を連れてきてしまったのではないか)
その後すぐに一行はその場を離れた。 一行はまた無言で進んで行った。 二時間ほど進んで道が分岐するところまでくると、セシウスは一行を止めて、みんなに言った。
「私はここで別れる。 みんなはこのまままっすぐ進んでくれ。 私はクローム殿たちが気になる。 後はレオンが指揮をとれ」
「わかりました」
「また何者かが、何か仕掛けてくるかもしれないが、おまえたちなら大丈夫だろう。 頼むぞ」 そう言うと、レオンの肩をたたいた。 そして馬の向きを変えると、西の山へ向う道を走りだした。




