1-2 会談
一ヵ月ほど前
2人の客は、7、8メートル四方の広すぎない部屋に通された。 真ん中に長方形の黒光りするテーブルがあり、それをはさんでソファーが置かれていた。 右側の壁は一面本棚になっていて、さまざまな本が並んでいた。 左の上質な板壁には、右斜めを向いたこの部屋の主人の上半身の肖像画が掛けられていた。 厚手の絨毯を音もなく踏みしめて入っていくと、正面の高級そうな長机に座って書き物をしていた人物が顔を上げ、笑顔を向けた。
「やあ、ご足労おかけして申し訳ない」「どうぞおかけください」
二人は勧められるまま、ソファーまでいき、そのまま座るには少し高かったが、反動をつけるように飛び乗り、柔らかな座面に座った。 今は夜だったが、天井に付けられた3つの魔法のランプのおかげで、明るすぎず、かといって暗くもない、落ち着く雰囲気に包まれていた。 ここは主人の個人の書斎であろう。 玉座の間ではなく、プライベートな部屋に通された、ということはプライベートな用件、ということだろうと推測し、二人はお互いに顔を見合わせた。
「ワインはいかがですか。いい赤ワインがありますよ」向かいのソファーに主人が座った。 黒の折り目のついたパンツに白いシャツを着た細身のからだ、鼻筋のとおったすっきりとした顔立ちに黒髪、その柔和な笑顔は相手に好印象を与えるであろう。
「いや、結構。できればドングリ茶を」そう答えたのは、二人の客のうち白いガウンを着ている方だった。 主人の前に座っているのは、白いガウンを着た黒猫と黒いガウンを着た白猫のように見えた。ただ普通の猫とちがうのは、体の大きさが3、4歳のこどもぐらいであったことである。
「アンドレアス、ドングリ茶を森の賢者どのへ」主人が振り返り、机の脇に控えていた女性に向かって声をかけた。
「かしこまりました」女性は壁際のテーブルにあったポットから三つのカップに熱いお茶を注ぐと、それを客と主人の前にそっと置くと、また机の脇まで下がり、控えた。 本来このようなことはメイドの仕事である。 しかしこの赤いジャケットとスカートをはいた女性はメイドではない。 美しい顔立ちではあるが、緑色をした目は鋭く、鼻から右のほほにかけて刀傷が刻まれている。金髪の長い髪を後ろでまとめた、三十代後半にしか見えないが、この女性こそこのレギオンと呼ばれる軍団の軍事統括で実質ナンバーツーなのである。 それにもかかわらずメイドを下げて彼女がしていることからも、今回の会談が極秘であることを物語っている。
「これはうまいお茶だ」白いガウンの客は、カップからお茶を一口飲むと、カップをテーブルに戻し、「それで、ご用件は伺えますか、ラーベンス王」と問い、主人の目を見つめた。
「オークリーと呼んでください、クローム。 実は頼みがあるのです」主人は膝の上に肘をのせて、顔の前で手を組みながら話を始めた。
「君たちの力で向こうの世界へ行って、人を連れてきて欲しいのです」
「誰を・・」口を開いたのは、黒のガウンの客だ。
「誰かはわからない。ある条件にかなう人を見つけ出して欲しいのです」
「アンドレアス、あれを・・・」
「かしこまりました」呼ばれた女性は、主人の机の上にあった小さな木箱を、主人の前のテーブルの上に置いた。
「これを見て欲しい」木箱のふたを開けると、客たちの前に押し出した。 箱の中には、うずらの卵ほどの大きさの黒い石が2つ入っていた。 その石はきれいな楕円形ではなかったが、角はなく表面はなめらかで、赤黒い光をにぶく放っていた。 主人が手をのばしその一つを手のひらに載せると、突然まばゆい赤い光を発した。
「それは、もしや魔獣石か。話には聞いていたが、現物は初めてみた」クロームと呼ばれた客は、そう言うと光のまぶしさに目をすがめた。
「その通り、魔獣の体内で生成される石で、レムの力に反応して光を放つ。この大きさになるには、100年以上は生きた妖魔と呼ばれるような強力な魔獣でないとできない」 主人は石を箱の中にもどすと、発光はおさまりもとのにぶい光にもどった。
「この石が強い反応を示す人物を探して、連れてきて欲しい」
「連れてきて欲しいと簡単に言われるが、すぐに見つかるかどうか。 それに見つかったとして、こちらに来ることに簡単に同意するとは思えんが」
「同意は必要ない。 説得はこちらでする。 時間があまりないのだ」主人の顔が少しくもった。
「石が二つあるのは、お2人に別々に跳んでもらい、別々に探していただきたい。万一どちらかが見つけることができなかった時の用心です」
「目的を教えていただけますか。その者になにをさせようとしているのですか」白い猫のようにしか見えない、かわいい顔と裏腹にその目は鋭く主人を見据えていた。
「シローネ、申し訳ないが今は言えません。 古い友人に免じてこれ以上は聞かないでほしい。 いずれ分かる、そう遠くないうちに・・」
二人の客はお互いに顔を見合わせ、少しのあいだ無言であったが、やがてシローネと呼ばれた方が静かにうなずいた。 二人はゆっくりと主人に向き合うと、クロームが口をひらいた。
「やれやれ、目的も知らず、異世界へ跳んで人をさらってくる。こんなひどいことをサラリとやってくれと言う。 困ったお方だ。これが我がオーリンの森の守護者でなければ、決して受けはしない」
「おお、それではやっていただけるのですね」主人の顔が、パッと明るくなった。
「報酬という言い方は失礼になるでしょう。 ただ危険をおかして行っていただくのですから、何かしらお礼をしなければ。 何がお望みですか」
「オーリンの大森林は、初代よりその庇護を受けている、これまでの恩に比べれば、謝礼など無用」
「それではこちらの気持ちがおさまりません」そう言うと少し考えてから言った。
「それではこの石ではいかがでしょうか」
「わかりました。」二人の客はそう答えると、鈍く輝く石を見つめた。
「それでは、申し訳ないのですが、今後の連絡については、このアンドレアスにお願いします」
「承知した」