3-7 魔獣(1)
ならず者たちの襲撃の後、しばらくは平穏な日々が続いたが、問題がおきたのは、翌日の午後だった。 森の中を移動中、突然ホーリーが警告を発したのだ。
「前の茂みに何かいる。 嫌な感じ、気をつけて」 その声と同時に20メートルほど先の茂みが、ガサガサと揺れたかと思うと巨大な犬のような獣が現れた。 ロシナンテは怯えて、奇声をあげながら、逃げようとあばれだした。
「何だあれは、狼か?」 それは牛ほどの大きさがあり、黒と灰色の針金のような剛毛で覆われた、狼のような、ハイエナのような獣だった。 こちらに対して鋭い牙をむきだして唸り、目を真っ赤に充血させて、興奮しているのが分かった。
「グーラという魔獣だ。 だが魔獣といえど、むやみには襲ってこないものだが、あの興奮のしかたは異常だ」 クロームが言った。
「襲ってくるぞ」 エレインはそう言うと、剣を鞘から引き抜いた。 エレインが叫ぶと同時に、グーラは驚くべき素早さで一気に距離を詰め、エレインに襲いかかった。 エレインは剣で斬りかかったが、その剣を口でガッチリくわえて止められた。 ホーリーは剣で首に斬りかかったが、剛毛のせいか皮膚を切り裂くことも出来なかった。 ジュリアンは弓をかまえ矢を素早く放ったが、グーラの方が一瞬早く避けられてしまった。 ジュリアンは素早く、2の矢、3の矢を放つが、巨体に似合わずその動きは驚くほど早く、こちらをあざ笑うかのように矢をかわしていった。 その後グーラと俺たちは10メートルほどの距離を空け、にらみあっていた。
ふと俺はある考えが浮かんだ。
「クローム、あいつの動きを一瞬でも止められる魔法は使えるかい」
「ああ、一瞬くらいなら止められるだろう」 それと同時に、ジュリアンたちも俺の考えを理解したようにうなずいた。
「やってくれ。 上代たぶんお前の出番もあるぞ、備えろ」
クロームは何やら呪文を唱えると、グーラが氷ついたように固まった。
「今だ」俺はジュリアンに叫んだ。 ジュリアンは素早く矢を放った。 矢は獣の左胸に突き刺さったが、致命傷にはならず、逆にその衝撃で体のこわばりが解けてしまった。 グーラは飛び込んでエレインを襲い、両前足でエレインの腕を押さえて、のどをかみ切ろうとしたとき、俺は両方の手のひらを獣の顔に向け念じた“燃えろ”。 俺の手のひらから炎が大きく噴き出し、グーラの顔を焦がした。
「ギャン」悲鳴を上げるとその場で地面を転がり出した。
「上代、出番だ」 俺の言葉の意味を理解したらしく、地面に手をつくと、地面が急に揺れだし、亀裂が走った。 幅2メートル、長さ10メートルほどの亀裂ができ、そこに目が見えなくなった獣が、仰向けにはまった。 体は完全に挟まって身動きができなくなったが、首から上は裂け目から出ていた。 エレインは立ち上がると剣を拾った。
「私がカタをつける」 そう言うと、剣を静かに見つめ何かつぶやいていた。 すると剣が青白い光で覆われたように見えた。 もがいているグーラに近づくと、両手で剣を持ち、一刀のもとに首を切り落とした。
「ユウキもカケルもお手柄だな。 しかし私の矢で仕留められないということも読んでいたのか」 ジュリアンは俺に近づいてくると話しかけてきた。
「そういう訳じゃないです。 ただこの巨体ですからね、矢では仕留められないかもと、思ってはいました」
「なるほど」
「よしよし」 ホーリーが俺の頭をなでた。 俺の頭をなでながら、ホーリーはジュリアンの方を一瞬見て、目で何かを合図した。 ジュリアンはかすかにうなずいた。
「ありがとう、ホーリー姉の言うことが納得できた」とエレイン。
「ジュリ姉、それにしても、あの魔獣様子おかしくなかった」 エレインがジュリアンに語りかけた。 ホーリーは、グーラの方へ行き、死体を確認しその付近を調べているようだった。 「そうね」と言いながらも、ジュリアンは矢筒から密かに矢を一本引き抜いた。
突然、ホーリーは一本の木をめがけて駆け出し、付近まで近づくと太い釘のような手裏剣を梢の中に投げた。 「ウッ!」という声が聞こえたかと思うと、木の枝から男が落ちてきた。 気の下の草むらに転げたがそのまますぐ片膝立ちとなり、左肩に刺さった手裏剣を抜こうとしながら、ホーリーを見据えていた。 茶色の皮の上着に黒いズボン、黒覆面で顔を隠していた。
「動くな」とホーリーが剣を抜いて近づいたところ、突然に横に転がった。 次の瞬間、ホーリーがいた地面に矢が突き刺さった。 50メートルほど先の岩場からもう一人が弓を引いていたのだ。 ジュリアンはこちらも弓を射ろうとしたが、ジュリアンの小弓では射程が足りなかった。 傷を負った男は、左腕を上げると手のひらをこちらへ向けてきた。
「何かやる気だ」俺は叫んだ。 次の瞬間、男の手のひらにジュリアンの矢が突き通された。 男はやろうとしていたことを諦め、手に刺さった矢を右手で折ると、素早く走り去った。 ホーリーは後を追おうとしたが、「よせ!」というジュリアンの言葉で追うのを諦めた。 岩の上の男は、弓の狙いをこちらにつけていたが、こちらが追う気が無いと確信したらしく、姿を消した。
「この前の奴らの黒幕だろうか」とエレイン。
「おそらくそうだろう。このグーラもあいつ等に術をかけられたか、薬を使われてけしかけられたのだろう」
「ジュリ姉、また逃げられてしまったね」 戻ってきたホーリーが言った。
「これで諦めるとも思えない。 また何か仕掛けてくるかもしれないから、気を抜かないで」
俺は、ロシナンテがいないことに気づいて、辺りを見渡した。 奴は後ろの森の中で草を食っていた。 俺が連れていこうとして側まで来ると、すごい臭いがした。 見ると傍らに糞が山のようになっていた。
「ああっ、おまえ怖くてもらしやがったな。 何しらばっくれているんだ」 ロシナンテは何事もなかったように、草を食べ続けた。