3-6 レム
セシウスたちが出発した日の夕方、オークリーの寝室
「ご気分はいかがですか」 アンドレアスはオークリーにたずねた。 紺のローブを着て、ベッドの上に半身を起こしていた。 顔は青白く、疲れた表情をしていた。 窓から差し込む赤い夕陽を受けた顔には、いくつものしわが表われ、一気に老け込んだように見えた。
「今日は、気分が大分良い。 何か動きがあったのかい」
「クローム殿もシローネ殿もこちらの世界に戻ってこられました。 お二人ともこちらの依頼した人をお連れになっているようです。 戻られた場所がお二人とも離れた場所ですので、こちらに到着されるにはどちらも後10日以上かかるかと思います」
「そうか、それは良かった。 それでは、以前に取り決めたように進めてくれ。 特に最後のところは情に流されず、やりきってくれ。 酷なことを頼んですまない」
「何をおっしゃいます。 ご安心ください」
「アンドレアスに任せておけば大丈夫だ。 そこは心配していない。 気がかりなのは、息子たちのことだ。 特にロレスがすんなり納得するかどうか。 良いかアンドレアス、ロレスが何を言おうが、これは王の意思だということで押し通せ。 もしそれで、ダメなら・・・排除しろ。 でないとレギオン内に禍根を残す」
「承知いたしました」
「そうだ、今日は良い夢を見たのだ」といって、夢の内容を話した。
「どうだ、私はねこれは予知夢だと思うのだが・・・」
「そうですか、ただドラゴンは少し難しいかと・・・・」 アンドレアスは言いにくそうに返答した。
「少しか、ほとんど無理じゃないのか」 と言いながら、笑った。
道は、山あいの森を通るようになると、一日の進める速度が落ちてきた。 道はうねり、登りもきつくなってきた。 あいかわらず俺は、クロームを肩にのせ、ロシナンテのロープを引きながら歩いていた。 ロシナンテも疲れてきたのか、歩みが遅くなり、明らかに不機嫌になっていた。 なかなかこのロバは気むずかしい。 疲れてくると動かなくなるし、無理にひっぱろうとすると、かんできたり、蹴ってきたりするのだ。
「よしよし、良い子だ、もう少し頑張ろうな」 俺はロシナンテの首をさすってなだめながら、歩かせた。 その様子を見ながらジュリアンが、言った。
「もう少し先に行くと開けた場所に出るから、そこで野宿することにしましょう」
その言葉どおりに、森を抜けると緩やかな斜面の草原にでた。 俺は日課になっている、ロシナンテへの水とえさやりが済むと、たき火のところへやってきて座った。 上代が、クロームからレムの使い方を教わっていた。
「クロームさん、レムが使える人と使えない人がいるのは、どういう違いがあるとお考えですか」と上代がたずねた。
「私は、人にはレムを体内に貯められる量と瞬間的に放出できる量に個人差があると考えている。 そうだな例えるなら、水とそれを入れる容器としよう。 人は生まれながらに水を入れる容器を持っていて、その大きさはカップの人もいれば、桶の人も、樽の人もいる。 そしてその容器には放出するための蛇口が付いているが、麦わら程度の太さの人もいれば、腕の太さほどの管の人もいる。 そしてレムを使えない人たちというのは、容器がカップほどだったり、麦わら程度の蛇口しかない人ということだ。 まあ、中には樽と太い蛇口を持っていても、水の貯め方と栓の開け方を知らないだけという人もおるがの」
「なるほど、その容器や蛇口は、修行によって大きくしたりすることは出来ないのですか」
「ある程度、修行することによって、その大きさを変えることはできる。 しかしそれは何割か増しになる程度であって、カップが桶になったり、樽になったりすることはない。 一つの例外を除いてはな」
「その例外とは何ですか」
「それは、12王の直臣になることだ。 12王は強大なレムを持っていて、サムライと呼ばれる直臣は大きな恩恵を受ける。 例えるなら、木の桶だった者が鉄製の樽、小指ほどの木の管が腕の太さほどの鉄の蛇口になるようなものだ」
「それはそのサムライだけですか」
「サムライほどではないが、レギオンに所属するものたちは多少なりとも恩恵は受けるはずだ。 身体や運動機能の向上や、レムも上位レベルの術を使えるようになったりすると言われている」
「なるほど」と上代。
「ちなみに、普通の人が桶だとすると、黒ニャンはどれ位なの」と俺は聞いてみた。
「そうだな、人族の大都市にあるという、ビール工場のタンクというところかな」とヒゲをさわりながら少し自慢げに答えた。
「そんなに、すごいな。 じゃあ12王は?」
「そうだな、巨大な湖というところだろう」
「めちゃめちゃ、桁違いじゃないか。 でも、あんな山を吹っ飛ばすくらいだから、それ位はあって当然か」
「レムの属性についてもう少し詳しく教えていただけますか」と上代。
「6つの元素にはな、表と裏、つまり陽と陰がある。 各属性に対する適正があっても、通常は陽か陰のどちらかしか使えない場合が多い。 それは出来ないと言うわけではないのだが、まさに正反対の特性のためなかなかうまくイメージ出来ないのだろう。 たとえば、氷結は水を凍らせたりするので、水系の術かと思われがちだが、実は火系の陰の術なのだ。 それが証拠に初級者はどちらかしか使えないことが多いが、永年修行したレム使いは、両方が使えるようになることが多い」
「それって、陰陽五行説に似ているなあ。 つまり仕組みを深く理解することにより、使えるレムも広がるということですね」
上代は、地面に右手をつけると、念じた。 すると地面がしだいに盛り上がってきた。 山は膝くらいの高さになった。 次にその脇に左手をつくと、また念じた。 すると今度は、少し地面が揺れたかと思うと、地面が割れたのだ。 幅30センチ、長さ5メートルほどの地割れが生じたのだ。
「なんと、理解してもなかなか実践できるものではないのだが・・・・」
俺は、上代のまねをして地面に右手をついて念じて見た。 しかし何も起こらなかった。 がっかりしていると、いつの間にかホーリーが、俺の後ろに立っていて、俺の肩に両手を優しく置いて言った。
「もっと力を抜いて。 顔の前に両方の手のひらを合わせるように持ってきてみて」
「こうかい」
「そう、その手のひらの間を空けて、もう少し。 気持ちを楽にして、目をつむって。 この手のひらの間に火のついたろうそくがあると思って。 そうしたら、頭のなかでそのろうそくを吹き消して」 俺は言われたとおりにイメージした。
「ろうそくは消えた? そうしたら、今度はその消えたろうそくの芯に“火よつけ”と強く念じて」 俺はそのとおりに強く念じてみた。 すると、手のひらの間に小さな火球が一瞬現れた。
「うわっ、出来た、ホーリーさん見たよね」 俺は振り返り、ホーリーの顔を見た。
「そうね。 よし、よし」 俺の頭をなでながら、微笑んでいるように見えた。
「そのくらい、できる子どもは5才ぐらいで出来るようになるがな」とエレインが言った。
「ホーリー殿は、優秀な指導者のようだ。 私は弟子を持った事が無いので、あまり具体的に教えるのがうまくない」とクローム。
「昔、教えられたことを思い出しただけ」とホーリー。
「ホーリーさんもレムを使えるのですか」と上代がたずねた。
「使える。 ジュリ姉もエレインも、レギオンの者の多くは使える」
「えっ、どんなことが出来るんですか」と上代。
「教えない」 それを聞いていたジュリアンが、あわてて口をはさんだ。
「気を悪くしないでください。 悪気があって言っているのではないのです。 私たちは常に戦闘のことを念頭に置いています。 敵にこちらの能力を知られることは、こちらが不利になりかねないのです。 そのため、私たちはレムの能力を見せびらかすようなことはしませんし、仲間どうしでもなかなか、教えることはありません」
「分かりました。 こちらが不用意でした。 聞いてはいけなかったのですね」
「それにしても、良くカケルが火の属性に適正があると、分かったね」とクローム。
「何となく、そんな感じがしただけ。 それよりも感覚を忘れないうちにもう一度やってみて」 ホーリーの言葉に励まされ、その後俺は有頂天になって、食事もそこそこに練習を繰り返した。