14-10 ソウラの攻防
セシウスは森の中を移動中だった。 カケル王からの念話が来る前に物見からの連絡でトウキン軍を追尾中だったのだ。
セシウスはアビエルと森の案内役として従軍していたグーツ族の男を呼ぶと、カケル王からの念話の内容を説明した。
「何ですと!」グーツ族の男が叫んだ。
「どうされるのですか」とアビエル。 セシウスはポケットから封筒に入った紙を取りだした。 戦いの前にユウキが、万一敵がソウラ攻撃に向った場合の対処法を書いた紙をセシウスに渡してあったのだ。
「なるほど。 敵よりも早くソウラに着ける道はあるか」 セシウスはグーツ族の男に尋ねた。
「はい、少し険しいですが、その道を通れば恐らく3時間ほどは早く着くはずです」
「分かった。 では案内を頼む。 良し我らはこれよりソウラに向かい敵を迎え撃つ」とセシウス。
「途中で襲うのではないのですか」とアビエル。
「待ち伏せや奇襲は適切な場所で、準備を整えた上で無ければ十分な戦果を挙げることは出来ない」そう言うと全軍を出発させた。 それに先だって飛竜を一騎ソウラに向わせた。
ここからソウラまでは50キロ近くある。 道幅は荷車がやっと1台通れるぐらいである。 敵は3万の大軍、ソウラに到着するのは翌朝だろう。 こちらはセシウスの率いるレギオン軍5千とアビエルが率いるアデル族2千5百だった。 恐らく夜までには到着できるはずだ。 セシウス達はトウキン軍とは別の山道を越えて行った。
暗くなって1時間ほどたった頃、ようやくセシウス達はソウラの街に到着した。
族長のゾンダが出迎えた。
「ご苦労様です。 伝令の方のおかげで状況は承知しております」
「そうですか。 それで準備の方は?」
「出来ております。 以前ユウキ殿が王様といらっしゃった時に、こうなることを見越しておられたようです。 対処法が書かれた紙をいただいておりましたので」とゾンダ。
「では我らは直ぐに配置にかかります」
「少しお休みになられてからでも」
「いえ、準備を整えてから休みます」そう言うとセシウスは準備と配置を指示した。
ソウラの街は谷あいにあった。 山に挟まれた街の手前には川があり、川の手前側には畑が広がっていた。 今は種まき前で何も植わってはいなかったが、種まきに備えて大部分が耕されていた。
トウキン軍が現れたのは明け方だった。 トウキンは街に向って進むにあたって部隊長たちに言った。
「良いか、敵は恐らく街の周辺に潜んでいるに違いない。 用心しながら進むのだ。 だが必要以上に恐れる必要はない。 奴らはせいぜい5千から1万の間だ。 来ると分かっていれば、奇襲など恐るにたりぬ」
トウキン軍は川の前の畑の地帯に広く展開すると、用心しながら静かに進み始めた。 トウキン軍の兵達が畑を進んでいると、前を歩いている兵が突然転んだ。 よく見るといつの間にか畑に水が入り込んでいた。 耕した畑の土に水がしみこみ、あちこちぬかるみだしたのだった。 兵達の進行速度が一気に落ちた。
3万の兵がもたついていると、突然大きな爆発音が畑の脇の岩山でしたかと思うと、兵達のど真ん中に岩山が崩れ落ちて、多くの兵が岩の下敷きになった。 兵達は足下がぬかるんでいたため思うように岩を避けることが出来なかったのだ。
その爆音が合図のように、川の街側の土手の上にグーツ族の男達が、筒状の物を抱えて現れた。 50人ほどの男達が直径15センチほどの筒を脇に抱え黒の兵達に向けると、後ろに控えた男が次々に火をつけていった。 ドン、ドンという音とともに火球が飛び出し、兵達の上空で分裂すると破片が兵達を攻撃した。 兵達は悲鳴を上げながら逃げ惑った。
「ざまあみろ。 俺たちだって黙ってやられやしないぞ」グーツ族の男が叫んだ。
「良し、我らも敵に一矢報いた。 後はレギオンに任せよう」族長がそう言うと、土手から退いた。
それと同時に、畑の南側からセシウスのレギオン兵が、北側からはアビエルのアデル族が一斉に襲いかかった。 彼らははいたブーツに縄を巻いてぬかるみの中で滑りにくくしていた。
一帯は泥田のようになり、両軍入り乱れた乱戦になったが、トウキン軍は数を利した集団戦が取れなくなり、個人の戦闘力の高いアデル族やレギオンの精兵達に次々に討ち取られていった。
トウキンは焦った、自分が予想もしなかった展開になったからだ。 戦局を変えるにはどうすれば良いか考えていた時、一人の男が大きな槍を担いで歩いて来るのが見えた。 身なりからすると、敵の指揮官のようだ。
(あいつを討ち取れば、この流れを変えられるかも知れない) トウキンはそう判断すると、剣を抜いて騎竜を男の方へ向けた。
セシウスはトウキンと向き合うと、トウキンが騎竜から下りてきた。
「我は黒のレギオンのサムライ、トウキン・カラーブ。 名のられよ」
「私は緑のレギオンのサムライ、セシウス・バーラント」
セシウスは槍を“ビュッ”と風を切らせて回転させると腰のところで構えた。
トウキンは、大きな体がぬかるみで思うように動けないと分かると、その場に仁王立ちになり、その場でセシウスの連続攻撃を捌いた。 腕や腿にかすり傷を負いながらも大剣を振るいセシウスの攻撃を凌いだ。
トウキンはこのままではラチが空かないと判断した。 すると全身の筋肉が盛り上がり皮膚に黒い鱗が現れてきた。 体は一回り以上大きくなり、体は恐竜のように変身していった。 するとぬかるみをものともせず、素早く移動するとセシウスに対して鋭い攻撃を繰り出してきた。
今度はセシウスが押されてきた。 トウキンの首を狙った剣を避けた時に、足をぬかるみに取られてしまった。
(しまった、まずい)そう思った時、トウキンの剣が頭上に振り下ろされた。 セシウスは、槍の柄で剣を受けながら、勢いを殺すために後ろに倒れ込んだ。 全身泥まみれになりながらも、直ぐに横に転がり体を起こしたが、その時目に泥が入り目が見えなくなった。
トウキンは自分の勝利を確信したかのようにニヤリと笑うと、セシウスの腹をめがけて剣を突いてきた。 セシウスは目をつむったまま、槍の柄で剣を払うとそのまま槍を回転させ、そのまま逆にトウキンの腹に槍を突き立てた。
「グオッ」 トウキンは苦痛に顔を歪ませながらも左手で槍の柄をつかむと、剣をセシウスに振り下ろした。 セシウスは槍を放し後ろに下がった。 剣先がセシウスのほほをかすった。 セシウスは目をこすって見えるようになると、腰から剣を抜いた。
セシウスは近くに転がっていた岩でジャンプすると、槍を抜こうとしているトウキンの首を、一閃しはね飛ばした。 トウキンは槍を腹から抜くと、そのまま泥の中に倒れ込んだ。
近くで戦っていた緑のレギオンの兵達に歓声が響き渡った。
「トウキン様が討たれた!」 黒のレギオン兵達に動揺が広がった。
「退却だ!」 副将らしき男がそう叫ぶと、鐘が鳴り渡り黒のレギオン兵達が一斉に退却を始めた。
「逃すな、追撃するのだ」 アビエルは命じた。 レギオンの兵もアデル族の兵も追撃を開始した。
セシウスは近くの川に入り、泥を落として上がってきたところへ、族長のゾンダが現れた。
「将軍、ありがとうございました。 おかげで街は救われました」
「いえ、大事な畑が台無しになってしまい申し訳ない」とセシウス。
「なんの、命が救われただけでも儲けものというものです」
「この戦争が終わったら、カケル王に助勢を願い出るのが良いでしょう。 カケル王はお優しい方ですから、きっと力になってくれるでしょう」
「感謝いたします」




