3-4 剣の才能
襲撃があった後、二日間は何事もなかった。 監視されている気配も消えているとホーリーは言う。 旅程は山岳地帯へと入っていた。 両側を切り立った山々に挟まれた谷を俺たちは進んでいた。 歩いていて、俺は地形に違和感を覚えた。 この谷は山の連なりの途中を無理矢理巨人がえぐり取ったというような、不自然な形をしているのである。
「この辺りは大昔、レギオンどうしの戦場だったという」俺が不思議そうに見ているのに気づいたクロームが話始めた。
「レギオンの王が放った炎と光の巨大な玉が、この山を溶かし吹き飛ばしたという言い伝えだ」
「そんなにすごいのですか? 12王のちからは・・・」と横で聞いていた上代がたずねた。
「ここだけではない。 大陸のあちこちには、同様に王たちの戦いで大地に出来た巨大な穴が、今では湖になっている」
「それって核兵器なみの破壊力じゃないか。 その12王って人間じゃないよね」
「神の代理人とか、悪魔とか、破壊神とか様々な言われかたをするが、人であったと言う、少なくとも見た目は・・・」クロームは続けた。
「ゴルゴン山の会盟で、停戦の盟約が結ばれた時に、このような強力なレムの法術は、お互いに封印することで合意されたという」
「12王以外で、そんな強力なレムを使える人はいるのかい。 もしかして黒ニャンも時空を超える力があるくらいだから出来たりして」
「出来るか。12王は別格中の別格だ。ただ12王にはサムライと呼ばれる直属の部下たちがいる。 その者たちは、12王との臣下の契約をすることにより、大幅なレムの底上げがなされ、身体能力の向上のみならず、新たな適正の獲得や独自の法術の獲得やレムの威力向上などの恩恵を受ける。 そのため、その者たちのレムも凄まじいという」
「じゃあ、化け物みたいなレム使いがゴロゴロいるってことかい」
「カケル、間違ってもアンドレアス様の前でそんなことを言うんじゃないぞ。 死にたくなかったらな」エレインが口をはさんできた。
その日は、少し早いが谷で暮らす農家の納屋を借りて、泊まることにした。 野宿が続いたので、少しでも疲労を軽くして山越えをしたいとのジュリアンの考えだった。 農家から牛乳と蜂蜜を分けてもらい、麦とコーンを煮込んだものに加えた。 ジュリアンが料理を作るあいだ、俺は剣に見立てた木の棒で、エレインに剣の稽古をつけてもらっていた。 襲撃があった翌日から、自衛のためにということで、俺と上代は剣を習うことになったのだ。 エレインの剣(棒)は動きが素早く、予測不能で、自在におそってくる。 かたやこちらの攻撃は体をさばきながらことごとくかわされ、あるいは受け流され、そこから即座に攻撃が帰ってきた。 体が痛かった。 賊に切られた傷は、クロームの言ったとおり翌日にはほとんど直っていたのだが、今はエレインに棒でたたかれた肩、脇腹、腕、手首、太ももなど、結構容赦なくたたくので、青黒い打ち身になっていた。
「だめだ、だめだ、カケル。 反応が遅い、もっと集中しろ。 これが本物の剣だったらとっくに死んでいるぞ。 本当にお前は不器用だな。 ユウキの方はなかなか筋が良いのに。 ユウキはたぶん三ヶ月も鍛錬すれば、いっぱしの剣士になれるだろう」
「ありがとうございます。 僕は小さい頃から剣道をやっていたので、そのせいだと思います」
「カケルには剣の才能はないな。 こんな弱っちいままでは、この世界では生きていけないぞ、本当に下僕確定だな。 弓もだめだし、そういえば弓だが、二度と触るな。 まったくどうすれば、矢が真横に飛んでくるんだ。 危うく昨日殺されるところだったぞ」 それを聞いていたジュリアンが笑っていた。 昨日、ジュリアンに弓の使い方を教わっていたのだが、矢を放つ瞬間誤って、矢が変な方向へ飛んでしまったのである。 矢は少し離れた横で剣の手入れをしていたエレインのすぐ顔の前をとおりすぎ、その後ろの木に突き刺さったのだ。
「カケルは弱くない」側で見ていたホーリーが、ぼそりと言うと突然剣を抜いた。 そして剣を振り上げると、俺に向って一気に斬りかかってきたのだ。 目は真剣で獲物を狩る獣のようであった。 俺は背筋が寒くなり、殺されると思ったが、体の方は無意識に反応して一歩踏み出していた。 体を右にさばいて剣先をかわしながら両手でホーリーの右拳と手首を受け止め、そのまま手首をひねって自分の腰の方に引き寄せながら更に巻き込み、ホーリーの突進する勢いを利用しながら、前方に投げた。 そのまま左手でホーリーの手首を離さず、俺の足の下に来た顔面に、しゃがみ込んで拳を叩き込む、寸前で慌てて拳を止めた。
「ほらね」ホーリーの目が笑っているように見えた。
「何をするんですか、突然。 死ぬと思いましたよ」 俺はホーリーの手を取って助け起こした。 エレインたちはあっけに取られて見ていた。
「カケルは強い。 戦士としての技を叩き込まれている。 ただ目的が必要なのだと思う。 戦う目的が・・・」
「つまり、自分の命が危ないとか、自分の大切な人を守りたいとか、切実な目的が目の前にないと、本気を出せないということか?」上代が言った。
「分かった、明日から本物の剣でやろう」とエレイン。
「無理、無理、本当に死にます、カンベンしてくださいよ」 俺は両手を合わせて懇願した。
「それにしても、ホーリー姉は変わったね」 エレインはホーリーに向って話しかけた。
「えっ、何も変わらないよ」
「変わったよ。 ねえジュリ姉。 今まで私らとアンドレアス様以外の人とは、ほとんど口もきかなかったほどの人嫌いのくせに、カケルのカタを持つし、あんなにお気に入りの短剣もカケルにあげちゃうし・・・・」
「そ、それは、カケルが誤解されているから言っただけ、短剣はあれが一番カケルには使いやすいだろうと思っただけ・・・」 ドギマギしながら、ホーリーはこたえた。
「そうね、でもそれはとても良いことだと思うよ」ジュリアンがホーリーに微笑んでいた。
「さあ、食事にしましょう」




