3-3 12王の世界
四日前、ヤール草原
シローネはこちらの世界に戻るとすぐに、空中高く浮かんで、おおよその位置を確認した。 その後アンドレアスに連絡し、迎えが来ること、クロームも無事こちらに戻ってきていることを確認した。 その間、兵摩は草の上に座ってたばこを吸っていた。 シローネが次にやったことは、肩からかけていた袋から何やら取り出し、地面に置いた。 それは小さなトカゲだった。 地面に置かれると、地面の熱で驚いたのか眠そうな目を開けた。 シローネが呪文を唱えると、そのトカゲが巨大化し、恐竜のような姿になった。 二足歩行で、ティラノサウルスより小型の動きが俊敏な恐竜に似ていた。 大きさは馬よりも少し大きいくらいだろうか、背中には鞍が取り付けられていて、口には馬のようにハミが付けられていた。
「うおっ! 何だ」兵摩が驚いて立ち上がった。
「これは騎竜だ。名前はバウ、見た目よりおとなしいから大丈夫よ。 だけど、不用意に口の前に手を出したりしないでね。 食べものかと思ってかじられるから」
二人は、騎竜に乗って南に向った。 シローネが鞍の前部に座って手綱を握り、後ろに兵摩が座り両手で鞍をつかんだ。 バウは軽快に走り始めた、全速で走っている感じではないが、馬の並足よりかなり早い感じだ。 兵摩は落ちないようにつかまっているのがやっとだった。
「これは、ドラゴンなのかい?」兵摩は騎竜になれて落ち着いてくると、シローネにたずねた。
「いいえ、ドラゴンの親戚とは言えるかもしれないけど、別物です。 騎竜や飛竜は馬と同程度の知能があり、人が飼い慣らすことができます。 でもドラゴンは別格、強くて、気高く、高い知能を持っていて、決して人には飼い慣らすことが出来ない。 騎竜が一般の民人だとしたら、ドラゴンは王ね」
「王か、見てみたいな」
「ドラゴンは数が極端に少なくて、大陸全土でも50頭を切っているのではないかと言われているわ。 私でも最後に見たのは80年ぐらい前ね」
「えっ、シローネは何歳なの、もしかして化け猫?」
「レディに年齢を聞くなんて失礼ね」
太陽が昇ってきて気温も上がってきたが、草原には気持ちの良い風が吹き抜けた。
「ところで、俺がすごい魔法使いになれるかもしれないということだったけど、シローネが教えてくれるのかい」
「本格的にとは行かないけど、レーギアにつくまでにはまだ何日もかかる。 その間に教えられることは教えてあげるわ」
その日は50キロほど進んだろうか。 草原の間を流れる川の側で野宿することになった。 たき火の側に座ると、シローネは袋の中から、丸い黄色の玉を2個取りだした。 ウズラの卵ほどの大きさで、その一個を兵摩に渡した。
「これを食べて。味気ないでしょうけど、空腹は解消できるわ」
「これが夕食? これだけかあー」がっかりしながらも口に入れた。 かむと口の中でほぐれ、味はかすかに甘く感じる程度だった。 しばらくすると、胃の中で膨らんだのか、確かに空腹は押さえられた気がした。
シローネは兵摩にこちらの世界の事について話始めた。
「それじゃあ、この大陸を支配している12人の王の内の一人が、俺を呼んだ王様ということかい?」
「概ねは合っているわ。 王たちの支配領域は明確な国境があり、国として確立しているわけではないの。 むしろ国というものに関心がないという王たちが多い」
「えっ、それじゃあ昔、王たちの戦いがあったと言っていたけど、何のために戦っていたんだい」
「戦いそのものを求めていたと、歴史家たちは言っている。 自分の強さを誇示し確かめたかったのだろうと」
「へえー、何かおもしろそうだな」 シローネはそれを聞いて眉をひそめながらも続けた。
「この大陸には多くの国があるの。 そして12王とは別の王たちがいるわ。 国民がいて軍隊があり、法律によって統治されている。 王たちは12王の顔色をうかがいながら国を運営している。 国によっては12王の一人に従属し、勢力下にあるものもあるわ。 なにせ12王を怒らせたら、国そのものが消滅してしまうかもしれないのだから」
「そんなに強いのかい」
「10万の軍隊で戦ったとしても、一日で殲滅されてしまうだろうと言われているわ」
「それじゃ、国の王様たちもびびってしまうわな」
「でもそんな戦い好きの12王たちが、その後停戦して戦いが無くなったんだろう。 退屈して、死にそうだったんじゃないの」
「全体としての戦いはなくなったけれど、その後も小さな小競り合いはいくつもあったわ。 逆に何かの因縁をふっかけて、戦いを仕掛けていると思われるような節の争いはたくさんあったの」
「それってただのストレス発散じゃないの」兵摩はポケットからたばこを取りだし、火をつけた。
「それが最近は、すこし様子が変わってきているように思うの。 国どうしの紛争が多くなってきたし、種族間の緊張も高まってきているわ。 それに12王たちも代替わりをしており、なんか一触即発、て感じになってきている」
「それが、俺が呼ばれたことと関係があるってことなのかな」
「分からない」
「いずれにしろ、何か面白そうだけど、俺にとってはいやな臭いがプンプンしてきたなあ」兵摩は吸い終えたたばこを、地面でもみ消した。
翌日の昼頃、南から馬に乗った3人の男が近づいてきた。
「シローネ殿ですね。 セントフォレストのセシウスです。 こっちはレオンでこっちがリースと言います」セシウスはニッコリ笑いながら自己紹介した。 対照的にレオンと呼ばれた方は無愛想だった。 黒髪の20代前半の精悍な、いかにも軍人という感じの男である。 リースは190センチ以上の大男で、30才の割には金髪の薄くなった頭髪のせいでもっと老けて見えた。
「シローネ、この人たちが、例の王様の部下たちなのかい?」
「そうよ。たしかセシウス殿は、レギオンの将軍だったはずよ」
「えっ、将軍自ら迎えに来てくれたのかい。 俺ってそんなに重要人物なの? 私は工藤兵摩と言います。 よろしく」 兵摩も笑いかけたが、目は笑っていなかった。
「それでは、行きましょうか。 オーリンの森までは十日ほどかかります」
ここまでセシウスたちは、最も近い町まで飛竜で飛んできた。 その後町で馬と物資を調達して、そこから馬で北上して来たのであった。




