3-2 襲撃
突然、左の背の高い草がガサガサと音を立てて動いたかと思うと、黒マントの男が現れた。 (昼間の男の一人だ)と思った瞬間、後ろから首に男の左腕が伸びて締め上げられた。
「動くな、声を出すなよ」右手には短剣が握られていた。 ロシナンテは突然の男の出現に驚き、いなないた。 それを聞いてホーリーが現れた。
「おっと、そっちも動くんじゃねえ」右からもう一人、さらにホーリーの後ろからもう一人男が現れた。
「この女も連れていくかい?」右からホーリーに剣を突きつけながら近づいた男が言った。
(まずい)と思った瞬間、体がとっさに動いた。 後ろに思いっきり伸びて、頭で顔面を打つと、腕が緩んだ隙に、体をずらし右手で男の金的を殴った。 さらに左手首と肘をつかむと、男の左脇を腰からくぐるように抜けるとそのまま男の左腕をねじり上げるとそのまま肩を極めた。 それを見た右の男は向きを変えて、俺の方に剣を振りかざして襲いかかった。 俺は男の腕を離すと、向ってくるひげ面の男の剣を、体を左前に移動しながらさばき、剣が追ってこられないように左手で相手の右腕を受け流すと同時に、男の右脇腹に左前蹴りを見舞った。 男の肋骨の折れる感触が伝わって来るとともに、男は苦悶の表情を浮かべながら崩れ落ちた。
「油断するな」ホーリーはダッシュでこっちに向ってくると、最初の男が立ち上がり、俺を切りつけようとしている男の胸を剣で貫いた。 胸に足をかけて即座に剣を引き抜くと、そのまま回転するように左に向きを変え、立ち上がって向ってこようとする2人目の男を切り伏せた。 男は前のめりにホーリーの方に倒れかかってきた。 ホーリーはそれを避けようとしたが、足場のぬかるみに足を取られ、体勢を崩して倒れ込んでしまった。 3人目のほほに傷のある男が、そのすきを見逃さずホーリーに斬りかかろうとしていた。 俺は夢中でホーリーをかばうように飛び込んだ。
(やられた)そう思った瞬間右腕のつけ根付近に痛みを感じた。 次の瞬間、ドサッと男は俺の右脇に倒れ込んだ。 背中には一本の矢が突き刺さっていた。 振り向くと20メートルほど後ろに、弓をかまえたジュリアンが立っていた。
「大丈夫?」俺は起き上がり、ホーリーを助け起こした。 ホーリーは無言でうなずくと、その拍子に顔の布が外れた。 白い肌に青い目の少女のような美しい顔が表われた。
「か、かわいい」思わず思ったことが、そのまま言葉に出てしまった。 ホーリーは、表情を変えることはなかったが、顔が少し赤くなった。 すぐまた布を顔につけ直した。
「私は大丈夫、それよりカケルの方が怪我をしている。見せて」
「いたたた」急に右肩あたりから痛みを感じた。
「切られている。でもかすり傷。そこに座って」ホーリーは血で赤く染まった袖口を切り開き傷口をさらけ出すと、きれいな布で傷口をきれいに拭き、腰に下げた小さな袋から丸い容器を取り出し、緑色の軟膏を傷に塗りつけた。
「大丈夫か?」ジュリアンが弓を背中に背負って、そばに立っていた。
「ユウキの方も襲われた。 そちらはエレインが片付けたが・・」
「助けてくれてありがとうございます。死んだと思いました」
「間に合って良かった。 生かして捕らえたかったが、しょうがない」と言うと、倒れている男の所持品を調べ始めた。
「ところで、カケルが使ったあの体術は何だ。 お前は兵士だったのか? あれは訓練を受けた者の動きだ」傷を布で巻きながらたずねた。
「あれは武術だ。 僕のじいちゃんが達人で小さい時から仕込まれた」
俺のじいちゃんは、九十九平蔵という武道家だった。江戸時代から続く九十九流古武術の師範で、自宅の敷地に道場を持っていたが、道楽でやっているとしか思えないほど流行ってなくて、弟子も数人しかいなかった。 中一でじいちゃんとばあちゃんと暮らすようになってからは、週6で稽古をさせられた。 しかしなかなかうまくならず、弟子の人たちにさえ、好きなようにやられ放題だった。
「ばっかもん! 根気が足りない。 もっと集中しろ。 すぐに諦めるな。これが戦国の世なら、とっくに死んでいるわ!」よく怒られていたものだ。 そんなじいちゃんが、ある日母屋の縁側に座って俺に言ったことを思い出した。
「いいか翔、お前の筋は悪くない。 兄の亘よりも才能はあると思っているくらいだ。 お前は何をやっても、勉強でも運動でも兄には敵わないと思っているだろう? 人はそれぞれだ、飲み込みの早い人も遅い人もいる。 諦めなければ、遅くてもやがて到達できる。 だが、諦めてしまったらそこで終わりだ。自分で自分の道を閉ざすような事をしてはいかん」
「それから、お前はまだ両親の葬式の時に、亘から言われたことを気にしているのだろう。 克也と玲子さんの事故はお前のせいではない」
5年前、両親が兄のアメリカ留学準備のため、その日アメリカへ発つ予定だった。 しかしその日風邪をひいた俺のせいで、出発予定が遅れ、空港へ向う途中で、居眠りをしたトラックと事故に巻き込まれてしまったのだ。 葬式の日、兄は両親の遺影の前で俺に言った。
「お前のせいだ。 お前が殺したんだ。 何の役にも立たないくせに」 俺は泣きながら、いつまでもその言葉が忘れられなかった。
(じいちゃん、ばあちゃん、どうしているだろうか)
「さあ、これで大丈夫だ」ホーリーが傷口に包帯を巻き終わった。
「ありがとうございます」
「それと、さすがに丸腰だと危ない。これを持っていろ」右手には黒い鞘の短剣を持っていた。 紺の布が巻かれた柄を握り、剣を抜いてみた。 刃渡りが30センチほどの細身の両刃の剣で、鏡のように磨かれた刀身は美しく、怖いくらいに切れそうだった。
クロームたちのところへ戻ると、上代とエレインも戻って来ていた。
「そっちも襲われたんだって」エレインが言った。
「昼間の奴らだね。この近くに潜んで待ち伏せしていたのだろう」とジュリアン。
「狙いは、ユウキとカケルみたいだね。 やはり他のレギオンの奴らかな」
「恐らくは、でもこいつらはバロンあたりで雇われた、ならず者だろう。 手掛かりになるような物は持ってはいなかった」
「黒幕は他にいる。 たぶん成り行きを見ていたはず。 今は気配を感じないけど」とホーリー。
「恐らく少なくとも今夜は、襲ってくることはないだろう。 だが油断はするな。 極力単独での行動はしないこと」ジュリアンは俺たちに向って言った。
クロームは俺の怪我に気づいて、側にくると座るように手で促した。 座ると、クロームは右手を俺の傷口にかざした。 暗くなりかけた中で、かわいい肉球が“ボウ”と光だし、傷のあたりに熱を感じたかと思うと、ズキズキ感じていた痛みが薄らいでいくのが分かった。 しばらくするとほとんど痛みは感じなくなった。
「これで大丈夫だろう。 レムの力で治癒を促進させている。 明日の朝にはほとんど傷口はふさがっているだろう」
「ありがとう、黒ニャン」
「クロームだ」頭に猫パンチを食らった。