10-6 修行(2)
その日以降10日間は毎日ほぼ同じメニューだったが、皆大きな進歩は見られなかった。 ぼろぼろになり、生傷だけは増えていった。 変化が見え始めたのは13日目の頃だった。 山の往復も大分慣れて呼吸も大きく乱れなくなってきた。 最初の頃は大きく遅れていたリースとアドルも他の者と大きく遅れはなくなってきた。 森の中の走り込みも、打ち身や擦り傷もほとんどなくなってきた。 アグレルはコースによる慣れを回避するために3日毎にルートを変えた。
一番難しかったのはやはり糸での果実斬りだったが、これも変化が現れ始めた。 ホーリーがひもで果実を打ち落としたのである。 しかも水に浸さない状態である。
「うむ、ホーリーはほぼコツをつかみかけているな。 もうすぐ出来るようになるだろう」とアグレル。 それに対して俺の方は、うまく加減が出来なかった。 ひもで打ったつもりが拳の先から衝撃波が出て杭ごと吹き飛ばしてしまうのだった。
「お前はレムを絞るということを覚えなければならない。 必要な部分に必要な量だけ流すことを意識しろ」
「アグレル様、こちらに来てから、一度も剣も格闘術の修行もしていませんが良いのでしょうか」とエレイン。
「良い、時間がないのだ。 限られた時間で成果を出そうとすれば、課題を絞らなければならない。 だがこれは根本的な部分の修行をしておる。 これで成果が出れば、剣でも格闘術でも格段に良くなるはずだ」
「分かりました」
夜はまた山の岩の上で過ごした。 毎日同じ魔獣がやって来た。 俺が全然抵抗しないので、奴らは俺に対してなめた態度をとるようになってきた。 そこで俺は、今日は作戦を変えた。
最初に来たのは、狼に似た魔獣だった。 いつものように俺の周りを回り臭いを嗅ぐと、俺の体にションベンをかけようと後ろ足を上げた時だ。 俺はそれまで平静を装いおとなしくしていたのを、急に怒りの感情を頭の中に浮かべた。 その時だ、俺の気の質が変化したことに気づいたのか、“ビクッ”としたかと思うとションベンを垂れ流しながら離れた。 魔獣達は一瞬で警戒の態勢になり、攻撃の隙をうかがった。 俺はボスの目を睨むと目を離さなかった。 後ろの魔獣に対しても「来たら殺す」という気持ちで警戒した。 ボスの魔獣とのにらみ合いは数分続いたが、やがて向こうが急に目をそらすと、向きをかえて闇の中に消えていった。
(やったぞ。 最初からこうすれば良かったのだ)
その後も他の魔獣もやって来たが同じように退けた。
夜が明けて、小屋に戻ってアグレルに報告した。
「50点。 とりあえず手を出さずに退けられるようになったのは進歩ではあるが、それでは不十分だ」
「ではどのようにすれば良かったのでしょう」
「観念させて服従の態度を示すようにさせる事ができれば100点だ」
「では、まだ続けるのですね」 俺はガッカリしてしまった。
毎日の課題のトレーニングをこなした後、アグレルが皆を集めた。 皆課題に慣れてきたので、時間が空いてきたのだ。
「今日から新たな課題を始める。 カケルとアドル前に出るんだ」
俺たちが庭の中央に出ると、長方形の布を渡された。
「これで目隠しをして、戦うのだ」 俺たちは目隠しをすると向かい合った。
「良いか、これは単純に目に頼らない訓練ではない。 五感だけではなくレムを感覚に使うのだ。 全ての感覚を研ぎ澄ませ」
俺たちは静かに近づいていった。 耳をすませ集中していると、何かを感じた、がその時には顔面に拳が当たっていた。
「あっ、すみません」とアドル。
「大丈夫だ、続けよう」 感覚的に感じることは出来るのだが、どうしてもワンテンポ遅れてしまった。 これが上手だったのはホーリーだった。 元々ホーリーはレムで索敵する能力があったため、それを生かすことができたのだった。
修行も20日を過ぎた頃、目に見えて成果が現れてきた者が次々と出てきた。 山登りはほとんどの者が30分ほどで走れるようになり、終わった後もすぐに息を整えられるようになった。 森の走行もまるで獣と間違えるような速度で走り抜けられるようになってきた。 アグレルさえもこの進歩に驚いていた。 糸で果物を切るのは個人差が大きかった。 出来るようになったのは、ホーリーとハルだけだった。 俺は相変わらず、レムの加減がまだうまく出来なかったのだ。
あと二日となった時、アグレルは最後の仕上げにかかった。
「今日は、剣を使った訓練をやる。 リースとエレイン前へ」 二人は木を削った木剣を持ち構えた。
二人の攻防は目を見張るものがあった。 元々二人の剣の腕前はほぼ互角だった。 二人の動きはもとより剣捌きも鋭く速かった。 流れるような連続の攻防はどちらが優勢とかは言えなかった。 お互いに相手の攻撃を1手も2手も先を読んでいていつまでたっても勝負が着かなかった。
「それまで」とアグレル。 二人は剣を止めたが、二人とも息が上がっていなかった。
「どうだ、久々に剣で戦ってみた感覚は?」 アグレルは二人に聞いた。
「自分でも信じられないくらい体が軽くて、自在に動けたことに驚いています」とレオン。
「そうです。 しかも相手の攻撃が分かって、それにどう対応すれば良いのか考える前に勝手に体が動いていました。 すごいです」とエレイン。
「うむ、では次、ホーリーとハル」
この二人は、動きが素早くまるで忍者の戦いを見ているかのようだった。 元々身軽な二人はアクロバティックな動きを次々と繰り出した。 しばらく互角と思われる戦いだったが、やがてホーリーにうまく追い詰められたハルがホーリーに仕留められた。 他の者達も見違えるような動きになっていた。
その夜、俺はまた山の岩の上にいた。 瞑想しながらの水晶の王との戦いでは、五分の戦いが出来るようになっていた。 そんな時、お客さんがやって来た。 今日の客はゴリラの2倍はあろうかと思うような巨大な猿の魔獣だった。 赤い目を光らせて近づいてくると、俺の前で立ち止まりしばらく睨んでいた。 俺は平静でいた。 脅すでもなく怯えてもいなかった。 魔獣は牙をむきだし俺を威嚇してきた。
その時、俺は一気に自分の気を解放した。 魔獣の目を睨みつけ、心の中でつぶやいた。
(手を出したら殺す。 死にたくなければ降れ) 猿の魔獣は感電したかのように“ビクッ”とすると両膝をつき、震えながら両手で拝むような仕草をし出した。 俺は静かに立ち上がると、魔獣の頭に手を置いた。 その途端に魔獣は寝転がり、俺に腹を見せた。
(えっ、これって降参しましたってことかな) おれは恐る恐る腹をなでてやった。
魔獣は気持ち良さそうにされるがままになっていた。




