3-1 それぞれの旅
太陽が、遠くに連なる西の山々の陰から顔を出し始めたころ、俺たちは起きだした。 比較的柔らかそうな砂の上に、葉の茂った枝をしき枝が体に当たらないように工夫しながら寝たが、起きると体のあちこちが痛かった。 もう何日も屋根の下で寝ていない、風呂にも入っていないし、さすがに少し体が臭くなってきたと思う。 俺は小川まで行くと、裸になり小川に入って体を洗いだした。 水は冷たかったがそれをのぞけばとても気持ちが良かった。 体を洗いながら、これまでのことを考えていた。 選択肢がなくて促されるままここまで来てしまった。 彼らに同行することに同意はしたものの、様々な疑問が次々とわき上がり、それを考え始めたらなかなか昨夜も寝付けなかった。
(俺はここでは招かれざる客だ、余計者だ、どうしたら良いんだ)と思っていたとき、背の高い芦の陰からホーリーが現れた。 俺が裸でいることに驚いたように後ろを向くと、「すまない、水音がしたので、食料にできる水鳥か小動物でもいるのかと思ったんだ」と言い、みんなの方へ戻って行った。
(考えていてもしょうがない。 なるようになるさ)俺はそう開き直ることにして、慌てて服を着ると、みんなの方へ戻って行った。
昨夜のたき火は消えて、灰と燃え残った枝の切れ端と炭の残骸が残っているだけだ。 朝食は、バロンの街で買ったパンとクロームが森から採取してきたと思われる青い果実を2個ずつ食した。 見た目はすもものようであるが、色が鮮やかなブルーで、俺は少し抵抗を感じたが、甘酸っぱく思ったよりイケた。 難点は果汁で、手と唇が青く染まり洗っても落ちないということである。 それを知らずに俺は、かぶりついた時に果汁を飛び散らせ、白いシャツを思い切り水玉模様に染め上げてしまった。 朝食の後、ロシナンテに水と朝食の草を食わせ、出発を待った。
その日は、なだらかな起伏が続く丘陵地帯を歩いた。 午後から雲が厚くかかり、夜には雨になるかもしれないとジュリアンが話していた。 我々は雨が降り出す前に、今夜の宿になる場所を探すことになった。 農家が数軒、麦やキャベツの畑の中に点在する場所まできた時に、空からポツリ、ポツリと降り出したため、近くに見えた農家の納屋に避難した。 まもなく雨は本降りとなり、このまま今夜はここで過ごすことになった。 火をおこすことも出来なかったため、夕食は堅パンと干し肉をかじることになった。
翌日は一転、朝から晴れ渡っていた。 街道のあちこちにはまだぬかるみが残っていて歩きにくかったが、気分は良かった。 数キロ進むとやがて目前に大きな湖が見えてきた。 太陽が真上まで昇るにはまだ二時間ぐらいかかるだろうが、気温も大分上がり、少し暑く感じてきていた。 湖にぶつかった道を右に曲がり進んでいくと、道の左に大きな湖面が広がっていた。 水面が青く遠くになるにしたがい、濃い紺色に見える、深さがかなり深くなるのだろう。 遠くの水面が風によって波立つのだろう、反射した光がきらめいていた。 湖の向こう岸は遙か遠く、何キロ先なのかは分からない、水平線の向こう側にかすかに山の連なりが見える。 湖岸から街道までには、緑の草原が広がり、所々に低木の茂みが見られた。 道の右には、牧草地のような低い丘がうねりながら続いていた。 丘の所々には林が見えた。 さらに奥には山脈と思われる高い山々が遠くに連なっていた。 前方に続く街道は、なだらかな起伏を繰り返しながら、湖畔に沿って緩やかにカーブしていた。 我々のほかに街道を行き来している人も馬車も見えなかった。 時折吹いてくる風が、顔を優しくなでながら、すぎていくのがとても気持ち良かった。
「ジュリ姉、少し気になる事がある」今日は先頭をエレインが歩き、最後尾をホーリーが歩いていたが、俺の前を歩いていたジュリアンの側に来てそっと言った。
「見られている感じがする。昨日の午後あたりからだ。 つかず離れず、姿は見せないがいやな感じだ」
「分かった。おい後ろを見るな」とジュリアンは後ろを見ようとした俺に言った。
「そのまま、気づかないふりを続けるんだ。もう少し様子をみる」
「分かった」そう言うと、ホーリーはまた後ろの位置に戻った。
午後もだいぶ過ぎたころ、後ろから馬に乗った5人の一団が近づいて来た。 それまでの道のりですれ違ったのは、麻袋の荷物を満載した馬車と、3頭の豚を載せた馬車、馬に乗った旅人と思われる人と、近くの農民と思われる人が5人だけだった。 いずれもすれ違う際に、我々の方をちょっと見て、少し奇異な顔を見せるが、とくに声をかけることもなく、通り過ぎていった。 だが、その5人は少し違っていた。 急ぐ様子もなく一列になって我々を追い抜いて行った。 5人とも同じような黒のマントにフードをかぶっていた。 日が傾きかけて、暑さのピークは過ぎ、湖からの風が涼しく感じられるとはいえ、少し違和感を覚えた。 と言うか不気味さを感じた。 彼らは追い抜きざまに、こちらを一瞥していったが、良く顔は見えなかった。 ただ一人がこちらを見て、にやりと笑ったように見えた。 あごひげを生やした男が3人、他の一人はほほに十字の傷があった。 ただの旅人と言うよりは、殺し屋か賞金稼ぎかと俺は思った。
その日は湖畔で野宿することになり、俺は日課となった、ロシナンテの世話のために水際まで連れていった。 クロームは水面に向かって立ち、杖を持った左手を挙げたかと思うと、水面から急に何かがいくつか飛び出し、水際の砂の上に落ちた。 魚が砂の上で飛び跳ねていた。 上代は一瞬驚いたが、すぐに魚を拾い始めた。それは、20センチくらいのものから大きなものは30センチくらいあり、銀色に光る体に所々黒い斑点があった。 イワナ?あるいはマスかもしれないと思いながら、俺はロシナンテの背中をかいてやった。
「それを枝にさして、焼いてくれ」とクロームは言うと、辺りから拾った小枝で、火をおこしはじめた。 上代とエレインは薪を集めに行き、俺はロシナンテに柔らかな草を食べさせようと、藪の奥に入っていった。