10-3 伝説の冒険者
次の日、俺たちは進路を南側に回り込むように変えた。 その日の夕方、大分山の南側に回った頃、ようやく遠くに白く流れる滝の水が見えた。 恐らく明日中にはあの滝の所まで行けそうだと思った。
「カケル様、今日も常に何かに囲まれていましたが、襲ってはきませんでした。 襲う気は無いのか、隙をうかがっているのは分かりませんが」とホーリー。
「とりあえず警戒を怠らなければ良しとしよう、こちらから敵対的な行動は刺激するだけだ」
「承知いたしました」 ホーリーは藍のレーギアの夜以来、また感情を表に出さなくなった。 今もあえて事務的に話しているようだった。
翌日事件は起こった。 グラッツ山の頂上に続く尾根を越えて谷間に入った時に大きな猿のような魔獣の群れに襲撃されたのだ。 奴らはこちらが狭隘で身動きができないのをあざ笑うかのように、樹上を飛び回り石を投げてきた。 俺たちはお互いに背中を守るように固まって防いだ。 魔獣達は威嚇するように木の枝を揺らし、牙をむき出しにして奇声を上げた。
俺は驚かせば逃げていくかも知れないと思い、大きな旋風を起こし木々をなぎ倒した。 そこにいた魔獣たちは悲鳴を上げて逃げたが、それ以外の魔獣たちはなおさら木を揺らし奇声をあげた。 その時である“コツーン”と岩に何かをぶつけるような音が響くと、魔獣達は“ビクッ”とすると一斉に山の木々の中に消えていった。
「何だ、どうしたのだ? 今の音は・・・」俺は何が起きたのか理解できず言った。
「カケル様、あれ、人がいます!」 エレインが指さしながら言った。 エレインが指した場所は、谷間の上部に張り出した岩の上だった。 そこに杖を持った白髪の老婆が立っていた。 老婆はその姿とは裏腹にただならぬ雰囲気が漂っていた。
「お前達は何者だ。 ここは下界の者が気安く来て良い場所ではないぞ」と老婆。
「こちらは緑のレギオンのカケル王と臣下の者です。 こちらにお住まいのアグレル・ゴーエンという方を探しています。 おばあさん、ご存知ではありませんか」とレオン。
「おばあさんだと、小僧口の利き方に気をつけろ。 12王がアグレルに何用だ」 少し不機嫌そうに言った。
「これは失礼いたしました。 アグレル殿をご存知なのですね。 アグレル殿に弟子入りしたいのです」 俺が答えた。
「弟子入りだと。 ははは、12王がこのような山の隠者に弟子入りとは笑わせてくれるわ」
「いえ、これは冗談ではありません。 私は伝説の冒険者に教えを請いたいのです」
老婆は真顔になるとじっと俺の顔を見つめた。 そして岩を身軽に飛び降りると、我々の前に降り立った。
「ついて来い、話しだけは聞いてやろう」 そう言うと、スタスタ斜面を登り始めた。 そのスピードはとても老婆とは思えず、レオンやアドルでさえついて行くのは容易ではなかった。 1時間ほど経った時に、目の前に大きな見事な滝が現れた。 滝壺から右に少し離れたところに舞台状の広い部分があり、そこに木造の小さな建物が二つあった。
建物の中に入ると、白湯がふるまわれた。
「アグレル殿はどちらですか?」 俺が尋ねた。
「バカ者、目の前におるわ」と老婆。
「えっ、あなたが伝説の冒険者ですか」とレオン。
「伝説かどうかは知らぬが、確かに冒険者だったアグレルだ」
「これは失礼いたしました。 私はカケル・ツクモと申します。 実はクローム殿から紹介いただきました」 そうして紹介状を手渡した。 アグレルはそれを読むと、また俺の顔をじっと見つめた。
「私は、弟子は取らぬ主義だ。 それに一冒険者だった者が12王に教えるなどおこがましいわ。 と言うわけでこんな所まで来てくれて悪いが、帰ってくれ」
「そんなことを言わず、何とかもう一度考え直してはいただけませんか」
「くどい、さっさと山を下りぬと日が暮れるぞ」 俺たちは追い出されるように家をでた。
「どうなされるのですか」とレオン。
「このまま帰ることなど出来ない。 近くに野営出来そうな場所を探してとりあえず泊まろう。 明日、もう一度お願いに来る、こうなりゃ“三顧の礼”作戦だ」
「サンコノレイ?」
「私がいた世界の故事で、王になろうとする者が若い才能ある者に軍師になってもらおうと3度家を訪問したという話だ」
「えっ、では明日来て断られても、明後日も来るのですか」とエレイン。
「3度どころか4度でも5度でも来るさ、他にあてが無いのだから」
次の日、俺はアグレルを訪ねた。
「まだ帰っていなかったのか。 何度来ても同じだ」
「私は諦めません。 また来ます」
次の日もまた訪れた。
「いい加減にしろ。 私は弟子はとらん」
「まあそうおっしゃらず、今日は少しお話しませんか。 アグレル殿は12王と戦われたことがあるとお聞きしています。 その時のお話お聞かせ願えませんか」
「12王との戦い。 良いだろう、どうせ時間はある。 あれは千年近く昔のことだ・・・・」
アグレルは5人の仲間と緑のレーギアに忍び込んだ。 当時緑の12王、ゴードンは12王どうしの停戦の盟約が成立すると、退屈してしまいなんとレーギアを冒険者に開放してしまったのだった。 そして天聖球の間で待つ自分に勝ったら次の王として王位を譲ると宣言してしまったのだった。 そのため大陸中から腕自慢の冒険者が集まったのだった。 6人はガーディアンの様々な攻撃を受けながらも、着実にクリアしていった。 しかしその過程で仲間は、1人、2人と欠けて行き、天聖球の間にたどり着いた時には、アグレルただ1人だった。
「よくぞここまでたどり着いた。 手合わせ出来ること、うれしく思うぞ」 ゴードンは剣を抜きながら言った。 アグレルはポケットから取りだした回復薬を飲むと呼吸を整えた。 アグレルは両腰から2本の剣を抜いた。 剣は2本とも女性でも扱いやすい短めの剣だった。
アグレルは左手を上段、右手を下段という独特に構えると攻撃を開始した。 体力的にも長時間は無理なことは分かっていたので、短時間で決められなければ勝機はないと考えていた。 “キン、キン、キン・・”アグレルはスピードを生かして左右、上下と連撃を繰り出したが、ゴードンにことごとく受け流された。 ゴードン王はその速度に驚き、口を歪めた。 ゴードンはアグレルの剣を受け流すと、そのまま振りかぶって袈裟斬りに振り下ろした。 アグレルは体を回転しながら剣を交わしながらそのまま勢いを付けて、左の剣をゴードンの胴に斬りつけた。 ゴードンはそのまま前方に転がるとアグレルの剣を交わした。 ゴードンが立ち上がって振り向いた時には、アグレルの剣がゴードンの胸を貫こうとしていた。 ゴードンはその剣をかわせないと判断して腕で受けた。 剣はゴードンの左前腕を貫いた。 しかしゴードンはそのまま右手で、アグレルに斬りかかった。 アグレルは素早く身を退くと、ゴードンの剣をかわし、今度は一気にゴードンの左に走り込むと、壁でジャンプしてその反動で頭を狙って斬り込んだ。 ゴードンはそれを剣で受けるのがやっとだった。 二人のめまぐるしい攻防が続いた。 手数はアグレルが圧倒し、押しているように見えた。 しかし有効なダメージを与えることが出来ずにいた。 次第にアグレルの動きがゴードンに見切られて来ているのと、スピードが落ちて来ているのが分かった。
「何だ、もう限界か?」とゴードン。
「チクショウ!」 アグレルはムキになったが、気持ちと裏腹に体が重くなってくるのを感じた。 そして決定的瞬間は突然訪れた。 アグレルは右の剣を払われ飛ばされてしまった。 そしてそのまま右の胴に剣がめり込んだ。 左の剣でゴードンの剣を防いだのだが、防ぎきれなかったのだ。 アグレルは血まみれの右の脇腹を押さえながら、両膝をついた。 ゴードンは剣をアグレルの首に当てると言った。
「なかなか楽しかったぞ。 どうだ私に仕えぬか、そうすれば命は助けてやる」
「断る。 一緒に戦った仲間は皆死んだ。 私一人だけが助かる訳にはいかない」
「このままだと、じきに死ぬぞ。 お前をこのまま死なせるのは惜しい」
「弱い者が死ぬのは、この世界のことわりだ。 殺せ」 そう言うと意識を失った。
アグレルが目を覚ますと、別の部屋のベッドに寝ていた。 傷は治療されていた。 ゴードン王が部屋に入ってきた。
「なぜ助けた。 私はお前の家臣にはならない」
「頑固者め、やはりお前を死なせるのは惜しいと思ったのだ。 お前はまだ若い、これからまだまだ強くなる。 強くなってまたくるが良い」 そう言うと、一振りの剣を渡した。
「これは、私を楽しませてくれた褒美だ。 励め」 そう言うと部屋を出ていった。
それ以降ゴードン王に会うことは無かった。
アグレルは話し終えた。 目は遠くを見つめるようだった。
「ゴードン王はそんなに強かったのですか」とレオン。
「強かった。 私は当時27才だった。 腕にはかなり自信があったのだったが、全然歯が立たなかった。 ゴードン王はレムを使っていないのにもかかわらずだ」
アグレルは少し何かを考えていた。 そして静かに言った。
「緑の王だと言ったな。 弟子にする、しないは別としても、お前の力を見てやろう」
「えっ、ありがとうございます。 しかし何故急に・・・」
「私はゴードン王に借りがある。 それを返そうと思ってな」