10-2 グラッツ山
賢者の家からレーギアに戻ると、俺はどうしてアンドレアス達を説得しようかを考えていた。 普通に言ったらまず反対されるだろう。 第一にレーギアを空けすぎると言われるだろう。 それで無くとも月の半分は藍のレーギアの方に行っているのだから。 第二にどこに住んでいるのか、生きているのか死んでいるのかも分からないような者を尋ねていくなんて絶対に承諾しないだろう。 しかもたとえ見つけたとしても、修行ともなれば期間もどのくらいかかるか分からない。
(さて、どうするか) そんなことをボンヤリと考えていると、突然背後からザウフェルが現れた。
「直接お会いしないことになってはおりましたが、カケル様が私に会いたいとお考えなのではと思い参上いたしました」
「その通りです」
「アグレル・ゴーエンのことですね。 アグレルは私の数少ない友人です」
「では、どこにお住まいか知っているのですね」
「知っています。 グラッツ山の中腹におります」
「ではまだご健在と言うことですね。 その方は私に指導してくださるでしょうか」
「それは何とも言えません。 何故ならかなり偏屈な方ですので」 俺はザウフェルの口から偏屈と言う言葉が出たので可笑しくなった。
「ウホン、とにかくカケル様が直にお会いしないことには、話が進まないでしょう」
「どうやって見つければ良いですか」
「言葉では説明するのは難しいので、とにかくグラッツ山にお向かいください。 後は自然と導かれるでしょう」
(えっ、そんなので大丈夫なのか)
「分かりました」
次の日の会議で、用意されていた議題が済んだ後、俺は話し始めた。
「皆に聞いて欲しい。 私は王になってまだ日が浅い、そこを狙って橙のレギオンや水晶のレギオンが続けざまに攻めてきた。 これまでは皆の働きによって何とか敵を退けられたが、こうした戦いはこれからも続くであろう。 そうした時に今回のように、直接12王同士の戦いも出てくると思う。 だが私は弱い、12王は本当に強かった。 だから私はもっと強くならねばならない」 そこで一同の顔を見渡した。
「そこで、私はしばらく修行に出たいのだ」
「どちらへでしょうか」とアンドレアス。
「森の賢者殿の友人でアグレル・ゴーエンという方おられる。 その人を訪ねてグラッツ山に行こうと思う」
「アグレル、はてどこかで聞いたような名だな」とグレアム。
「アグレル・ゴーエンだと、大昔の伝説の冒険者だぞ。 もう生きてはいないだろう」とセシウス。
「それがまだ生きておられるようです」
「生きているなんて信じられない、何百才なんだよ。 仮に生きていたとしてもヨボヨボの老人だぞ」
「ここにも長生きの老人がおるがの。 思い出した、アグレルという者はゴードン様と戦った者だ。 まだ生きておったか」
「何だと、それじゃグレアム殿が以前話された、初代王に瀕死の重傷を負わされながら屈服しなかったと言う者ですか」とアンドレアス。
「その通りです。 確かにあの者は強かった」とグレアム。 アンドレアスは指でテーブルをトントン叩きながら少し考えてから言った。
「期間はどれぐらいをお考えですか」
「何とも明言は出来ないが、長くても3カ月くらいかと思います」
「1カ月、それが限度です。 それも移動の期間も含めてです」とアンドレアス。
「では、認めてくれるのですね」
「しようがないでしょう。 ダメだと申し上げても、もうお決めになられているのでしょう」
「アタシも行くぞ!」とアビエル。
「アビエルさんはまだダメです」とファウラ。
「何を言うか、もう怪我は治った」
「ダメです!」
「代わりに俺が行こうか。 俺も伝説の冒険者に会ってみたい」とセシウス。
「良いわけないだろう」とアンドレアスはセシウスを睨んだ。
「やはりダメか、俺も行きたかったなあ」
そうと決まれば善は急げだ、俺はジュリアンとシュエンに1カ月スケジュールを空けてくれるよう調整を頼んだ。 その結果、出発は4日後となった。 2日間ずつで二つのレギオンで溜まっている政務をやっつけた。
4日後、俺たちは出発した。 今回のお供は、アドル、レオン、リース、ホーリー、エレイン、ハルそしてグレンだった。 ファウラはレーギアに残り、今回の戦争で負傷した兵達の治療に手を貸していた。 アビエルはどうしてもついて行くと譲らなかったが、怪我がまだ完全でなかったので許可しなかった。 その代わり旅から帰ったら、例の“約束”を果たすことを約束させられたのだった。
グラッツ山までかかる時間を節約するため、ブルカ族の街ハッシまではゲート使うことにした。 ブルカ族の族長ウロロの邸を訪問し、先の戦争の協力に対して礼を述べた。 そして今回の目的を説明し、アグレルについての情報がないかを尋ねた。
「その人は恐らく、我々がグラッツ山の仙人と呼んでいる方だと思われます。 この辺までは滅多に降りてこられないので、私はお会いしたことはありません。 聞いた話によると、その方はグラッツ山の中腹にある滝の近くに住んでいるという話です」
「どうすればそこへ行けますか?」
「我々も山へはほとんど入りません。 道はありませんので、このまま西から山に入り、途中から南に回り込めばやがて滝が見えると思います。 ですが問題があります。 この山は魔獣が多いのです」
「分かりました、ありがとうございます。 ハル、お前はここに残り、我々が戻るのを待っていてくれ」
「王様、またそんなことを言って私を置いて行こうとしても無駄ですよ。 私は王様の従者なのですから」とハル。
昼食の後、山へ向けて出発した。 騎竜に乗り藪や岩場を注意しながら進んで行った。 途中まではブルカ族の猟師が案内してくれた。 正面に山が迫って来ると斜面がきつくなり、騎竜を降りて歩いて登るしかなかった。 鬱蒼と茂った樹木の枝が光を遮り薄暗い中を、レオンが先頭で進んだが、誰も道を知らないのでこれが正しいのかどうかも分からなかった。 アドルが聴覚と嗅覚を研ぎ澄まし、魔獣を警戒していた。 木々がひらけた比較的平らな部分が出てきたので、その日はそこで野営することにした。
「カケル様、近くに何かが集まって来ています。 恐らく魔獣の群れだと思われます。 火を絶やさないようにする必要がありますね」とアドル。
「この山って、魔物がいるって話しだよね。 どんな奴なんだろうね」とエレイン。
「悪魔みたいな奴で、この山の魔獣も全部操っているのかもしれないな」とリース。 一同は警戒しながらその夜を過ごした。