9-3 白のレーギア
次の日、ヒョウマとクレオンは宿屋の主人から教えられた鍛冶屋を訪れた。 店の脇には錆びた剣と盾がぶら下がっていた。 店に入ると、手前の方には鍋や包丁や鎌などの日常の必需品が並べられていた。 しかし薄暗い奥の方には甲冑や剣が並べられていた。 鍛冶屋の主人は熊のような大きながっしりした体の男だった。 シャツをまくった腕は丸太のように太く腕の体毛は濃かった。 目つきは鋭く、ただの鍛冶屋とは思えない雰囲気があった。
「何が欲しいのかね。 外国人のようだが」と主人。
「レーギアの情報が欲しい。 あんたが詳しいと聞いた」とヒョウマ。 すると主人は2人を値踏みするかのように眺めると言った。
「登るつもりかね。 今まで1653人登ったが、1人も生還していない。 それでも登るかね」
「ああ、止めるつもりはない」とヒョウマ。 主人はヒョウマをじっと見つめると、店の隅にあったテーブルを指さした。 2人はテーブルの椅子に座った。 主人は2人の向かいに座ると話し始めた。
「レーギアは立方体の部分とその上の塔の部分の2段階になっている。 立方体の部分の内部には罠がしかけられている。 それをクリアして登って行くと、塔の部分に行き着く。 それから先はひたすららせん状の外階段を上って行けば良い。 登り着いた先に天聖球はある」
「それほど難しいようには思えないが・・・」とクレオン。
「塔までたどり着く者はいる。 しかし塔を登りきった者はいない」
「なぜ?」
「見ただろう。 塔は常に雲に覆われている。 飛竜や浮空術は使えない。 そして塔の周辺は強風が吹き荒れ、階段は凍っている。 雲の中で上下の感覚も麻痺し、足を踏み外して落下する。 落下を免れたとしてもそのまま凍死してしまうのだ」
「あんたは何故そんなに詳しいんだい?」とヒョウマ。
「儂はレギオンの者だったのでね」そう言うと立ち上がった。
2人は宿に戻ると、5人で今後のことについて相談を始めた。
「俺は登るぞ。 皆にはここまでついて来てくれて感謝している。 しかしこれから先は俺一人で行くつもりだ」とヒョウマ。
「私も行く」とクレオン。
「足手まといだ。 ぎりぎりの状況になったらあんたを助ける余裕は無くなるだろう」
「何かの役に立てると思う、もし足手まといになったら、置いて行け。 私はあんたに賭けているのだ」
「勝手にしろ」とヒョウマ。 クレオンは荷物の中から金貨の袋を取りだした。 緑のレーギアを逃げ出した時に盗んできたものだ。 これまでの旅費に大分使ったがまだ千枚以上あるはずだ。 その中から一握り金貨を取ると残りをマイルス達3人の前に置いた。
「お前達、これまで良くついて来てくれた。 私たちが登って5日立っても戻らなかったら、これを分けて好きな所へ行くが良い」
「クレオン様、我々も一緒に・・・」
「いや、ダメだ」クレオンはきっぱり言った。
レーギアへの挑戦は3日後になった。 クレオンが準備物を用意するのに時間が欲しいと言ったからだ。 二人はキューブの一番底辺にあった巨大な両開きの扉を開けると、3人が見守るなか内部に入っていった。 クレオンは大きなリュックを背負っていた。 天井の高い石の長い通路をずっと奥まで行くと一枚の扉に突き当たった。 扉の両脇にはレムの灯りが灯っていた。 扉を開けて中に入ると、正面に一人の男が立っていた。 顔には人が笑っているような奇妙な模様が描かれた面をつけていた。
「ようこそ、白のレーギアへ。 さて二人で一緒と言うことかな、それとも別々かな」男は尋ねた。
「二人だ」ヒョウマが答えた。
「そうか、最初の選択だ。 右に行くかね、それとも左にするかね?」
「どう違うのだ」とクレオン。
「片方は次の部屋に行ける。 もう片方は熊の檻に落ちる」
「何かずいぶん雑じゃないか。 運だよりみたいなところもあるし、レムの力とか関係無さそうだし」 ヒョウマが言った。
「勘違いしてもらってはこまる、ここではレムの強さは見ていない。 何故なら王になれるだけのレムを使えるかどうかは天聖球が判断するからだ。 塔にたどり着けるかどうかは、知恵と運がものを言うのだ。 さあ選ぶのだ」
「左だ」ヒョウマが即座に言った。
「ならば行かれよ」 男は左の扉を指さした。 左の扉を開けると、そこには上に続く階段があった。
「オイ、たまたまこちらが正解だったから良かったけど、もう少し慎重に選んだ方が良かったのじゃないか」とクレオン。
「考えたら正解が分かるのか? 考えても分からないのなら、俺は自分の直感を信じる。 そして後悔はしたくないから、自分で選択する。 それが嫌なら今からでも帰ってくれ」
「ふう、分かったよ」 クレオンは諦めたように言った。
次の部屋は、入ると中央に丸いテーブルが置かれ、正面に7才前後くらいの子どもが座っていた。 部屋の左右の壁には2つずつ扉があった。
「こっちへ来て」 少年が手招きした。 顔にはネズミのような面をつけていた。
「ボクはボルグ、古代語で“気高き犬”という意味なんだって。 これを見て」 少年はテーブルの上に4枚のカードを2枚ずつ並べた。 カードにはそれぞれ虎、狼、剣を持った人間、ネズミの絵が描いてあった。
「さて、問題です。 このカードにある動物たちが森で出合いました。 生き残ったのは誰だ。 生き残ったのは一人だけだよ」
「なんだそれ、なぞなぞか?」 ヒョウマは少し考えたが、ニヤリと笑うと言った。
「答えは人間だ」
「そっちは? 本当にそれでいい?」
「待ってくれ、答えは狼だ」とクレオン。
「何を言っているんだ、このガキは『生き残ったのは一人』って言ったんだぞ」
「良いからここは私に任せてくれ」とクレオン。
「良いだろう、あんたがそこまで言うなら、信じよう」
「それでは正解は、狼です。 狼は虎と人が戦っている間にネズミを食べてしまいました。 虎と人は戦ってどちらも死んでしまいました。 じゃあ狼のカードだから右の奥の扉だよ」 そう言うと右の扉を指さした。
扉を開けて階段を上りながら、ヒョウマがクレオンに聞いた。
「何故狼なんだ?」
「答えは何でも良かったのさ。 虎でも人間でもネズミでも理由は何とでもつけられる。 肝心なのは彼が最初に言った名前だ。 前の部屋では男は名のらなかった。 “気高き犬”と言うのは、人にへつらわぬ犬ということつまり狼をさすのだ。 あの少年はカードとは言え、自分名前でもある狼を殺したくなかったのだ。 面や言葉尻は引っかけだ」
「なるほど、今回はあんたに助けられた」
次の部屋は、前と同じような作りだった。 正面のテーブルには白髪の老人と思われる男が座っていた。
「こちらへおいでなされ」 老人は泣いている男の面を着けていた。 テーブルまで行くと、その上にはまたカードが載っていた。 カードには妻、親、子と書いた3枚のカードがあった。
「カードの位置は扉の場所を示している。 さてあなた方は、激流の川の前にいる。 川には3艘の渡し船があって、それぞれ船頭がいる。 ただし親と書いてある男は親の敵だ。 妻と書いてある男は、妻を寝取った男だ。 そして子と書いてある男は子の敵だ。 あなた方はどの船に乗るかね」
「どれでもない、3人とも殺して自分で船をこぐ」とヒョウマ。 クレオンは慌てて言った。
「待て、早まるな落ち着け」
「いいや、どれでもない。 そんな奴らは殺す」 ヒョウマは譲らなかった。 老人は“フゥ”とため息をつくと黙って第4の扉を指し示した。
扉の中には3頭の虎がいた。 5分後、扉が開いてヒョウマとクレオンは部屋から出てきた。 扉の向こうに倒れている虎が見えた。 老人は驚いたように立ち上がった。
「なんと、虎たちを倒したというのか。 良かろう行きなされ」 老人はそう言うと右の扉を示した。
ヒョウマとクレオンは、二人で協力しながら次々と部屋をクリアしていった。 そしてついにキューブの屋上までたどり着いたのだった。




