8-2 藍の王
3日後、藍のレーギアに行くと、内部はきれいに整えられ数日前にここで惨劇があったとは信じられないほどであった。 俺は早速、紺地に金糸で伝説の海竜が刺繍された豪華な着物のようなものに着替えさせられた。 これが王の正装だというのだ。 レーギアの大広間には文官、武官の幹部達が約100名が整然と並んでおり、俺はそこで10代目王になることを宣言した。 その後レーギアの執務室で、財務、行政、治安、法務の各長官の挨拶を受けた後、スウゲンからレーギアの組織等の説明を受けた。 バウロが提督で軍全体の総指揮官、スウゲンは海将の一人ではあるが、通常時は内政全般を統括しているとのことだった。 組織は緑のレギオンとは少し違うが、とりあえず慣れるしかなかった。
昼食の後、お茶を飲みながらアドル達と雑談しているとき、スウゲンが新しい王の秘書官を紹介しにきた。 見たことがあるなと思っていると、にこやかに挨拶してきた。
「王様、シュエンです。 よろしくお願いいたします」
「えっ、シュエンさんが付いてくれるのですか。 でも何故?」
「 私、父が亡くなってから時折レーギアの仕事をお手伝いはしておりましたが、本格的には働いておりませんでした。 しかし、今回レーギアの多くの人達が殺されてしまいましたし、何だか私がカケル様に王様を押しつけてしまったようになってしまいましたので、王様のお役に立ちたいと考えたのです」
「彼女は聡明ですし、王族でしたので幅広く顔が利きます。 調整役にはうってつけです」とスウゲン。
「そうですか、よろしくお願いします。 ジュリアンが向こうのスケジュールを管理していますので、うまく調整してください」 そう言うとジュリアンを紹介した。
午後からはバウロが軍の説明をしてくれた。
「我がレギオンは主力が海軍で、軍船350隻、兵員1万2千人です。 現在はここガルソン島を囲むようにアードン、ベレス、レンガの3島に軍を分けております。 他に王専用の軍船、これは戦の時には旗艦となります。 現在、点検を進めており、明日にはお見せできると思います」
「先日の戦いでの被害はどのくらいだったのですか?」
「軍船の損失26隻、一部損傷35隻、兵の死亡者34名、負傷者57名です。 他にレーギアが襲われた時に24名の死亡、負傷者15名がでております。 これもカケル様のおかげでこの程度ですんだと言えるでしょう」
「黒のレギオンがこのまま終わるとは、思えませんが・・・」
「でしょうね、だが今回の戦いで奴らは多くの船を失いました。 次は今回以上の船を用意してくるでしょう。 ですがそれには時間がかかるはずです。 こちらもしっかり準備して、また返り討ちにしてやりますよ」とバウロ。
「かえって今回の件で怒った黒の王は、緑のレギオンに攻め込むかも知れませんよ。 なにせ狙った獲物を脇からいきなりさらわれた気分でしょうから」とスウゲン。
「そうなんですよね。 それを私も心配しています」
「その時には、私が2千人の海兵部隊を率いて駆けつけますよ」とバウロ。
「それは心強い」
その夜はレーギアで宴が開かれた。 とにかくこちらの人々は陽気で、何かにつけて宴会を開きたいのだ。 またアドルとバウロは、どちらが酒が強いか飲み比べをしていた。 俺は酔いつぶされる前に退散した。
翌朝、部屋の中に朝日が差し込み、俺は目が覚めた。 静かな西の水平線から昇ってくる太陽が美しかった。
その日はバウロに案内されて、港の外れの立ち入り禁止区域にあるドッグに入った。 そこは天然の巨大な洞窟に更に手を加えられており、外からはそこに船があるとは分らないようになっていた。 そこには紺碧の巨大な軍船があった。 通常のレギオンの軍船の1.5倍くらい大きかった。 船腹には巨大な蛇のような赤い海竜が描かれていた。 俺は船のことは良く分らなかったが、素人の目からでもその流れるような船体は美しく、いかにも速そうだった。
「いかがですか、これが王専用の船です」とバウロ。
「速そうですね」
「船体が大きいので出だしは遅いですが、風がよければどの軍船よりも速いです」 バウロの側にきた体の大きな、白髭の初老の男が言った。
「この者はこのドッグの責任者でドウスンと言います。 今急ピッチで船の調整に当たらせています」とバウロ。
「この船は、名前はあるのですか」
「サフィルスです」とドウスン。
「王様、数日中には出航できるようにしておきます」とドウスン。
「楽しみにしています」
船と港を見物した後、俺たちは街の様子を見ながらレーギアに帰った。 街は新しい王様が決まったということで、お祭りムードだった。
その夜は、早めに岬のレーギアに戻った。 夜なので海は見えなかったが、星がきれいなので、庭に出てみた。 海の方へ歩いていると断崖の柵の近くに人影が見えた。 一瞬不審者かと思ったが、よく見るとホーリーだった。 柵にもたれながら何事か物思いにふけっているようだった。 そういえば戦の後からほとんどホーリーとは話をしていなかった。 俺は何となく避けられているように感じていたので、声をかけて良いのかどうか迷っていた。 そうこうしているうちに、ホーリーの寂しげな背中を見ていたら、無性に後ろから抱きしめたいという衝動にかられた。 俺は両手を広げ、ホーリーを抱きしめようとした。 その次の瞬間、ホーリーの姿が消えた。 頭上に一瞬キラリと光る物が見えたかと思うと、ホーリーは空中で1回転して、俺の後ろに立っていた。
「カケル様、どうされたのですか? 私の後ろに不用意に立たないでください。 危うく刺してしまうところでしたよ」 手には細身のナイフを持っていた。
「あっ、いや、ホーリーさんと話をしようかと・・・」
「何でしょうか」 何かよそよそしい話し方だった。
「あの、ファウラさんのことだけど・・・」
「分っています」
「どうしても・・」
「ですから分っています。 それ以上おっしゃらないでください」 そう言うと背を向けて建物の方に歩いて行った。 普段感情をあまり出さないホーリーにしては珍しいことだった。
(何だかかえって怒らせてしまったのみたいだな。 どうすりゃいいんだ)
3日目、各長官から現状の説明を1日かけて受けた後、緑のレーギアに帰ることになった。 当面各レギオンに3日ずつ交替で行き来することになったのだった。 王の護衛については、一貫性と利便性の点から、当面引き続き警護班の7名プラスハルということになった。




