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2-1 もう一人の客

 シローネは迷っていた。目の前に横たわっている男を眺めながら。

日が傾き、オレンジ色の空が紅暗くなっていくなか、“ビル”と呼ばれる5階建ての建物の屋上。 男の発見は突然だった。

 シローネは、13日ほど前クロームと同じ時にこちらへ飛んだ。 2人は出口の地で別れ、別々に捜索を開始した。 10日後のこちらの満月を目処に、それぞれの判断で帰ることになっていた。 なるべく都市の人々が多く集まりそうな場所を探していたが、なかなか望むような人は見つけられなかった。 魔獣石は、時折少し赤く光りを強めることはあったが、大きく発光することはなかった。


 (それにしても、オークリー殿は何をさせようと言うのだろうか。 魔獣石が強く反応する者、つまり強いレム使いになれる可能性がある者と言うことだ)そんなことをあらためて考えながら、街の上を飛んでいた。 これからどうするか、考え直そうと多くの人が行き交う開けた場所の傍らに立つ犬の銅像の背中に座った。 服にかけたレムの力の効果によって、人々からはシローネの姿は見えなくなっていた。

 (どうする、もう今日が満月の日だ。しかももうすぐ日が暮れようとしている。 夜になっても見つからなければ、一旦戻るべきだろうか) 右手に持った黒い石を見つめた。 その時、右の方から突然、「ピィーッ」と警笛の音が聞こえた。 音の方を見ると、若い男がこちらへ走って来るのが見える。 そして、その後を2人の男が、「待て」と叫びながら追っていた。 追われている方の男は、シローネのすぐ側を歩いている若い女性にぶつかりそうになりながら、通り過ぎていった。 その時である、右手の石が強い赤い光を放ったのは。


 (いた、逃しちゃだめ)シローネは、即座に立ち上がると、空中に飛び出した。 男は上下黒い服を着ている。 見逃さないように、必死に追いつこうとした。 すると男は、追っ手を振り切ろうとして、急に左の路地に入った。 シローネもその路地に入ると、ちょうどその路地に面した建物の一つに入って行くのが見えた。 その後、男を追っていた二人が路地に入って来たが、男を見失い真ん中の十字路で左右に分かれ走って行った。 シローネは、男が入った入り口が見える、反対側の建物の屋上に降り立ち、男が出てこないかしばらく見ていた。 しばらくすると、男は出口ではなく、その建物の屋上に出てきたのだ。 男は屋上に出てくると、倒れ込むように大の字に横になった。 全速で走ったため、息が苦しいのだろう、目をつむりながらおおきく胸を動かしている。


 シローネは即座に、向かいの建物の屋上に飛び移った。 姿は相手からは見えないはずだが、用心しながら静かに近づき、再度石が赤く輝いていることを確認した。 男を観察すると、細身で茶色の短い髪、白いシャツに黒い上着とズボン、歳は20歳を少し過ぎたくらいだろうかと思われた。 シローネは男をもう少し知りたいと思い、心を読もうと男の意識に集中した。


 (どうやら、まけたようだな。 本当に俺はついていない。 どうしてこんな風になってしまったんだろう)男はここ半年ぐらいの出来事を思い出していた。

(元をただせば、親父が悪いんだ。 工場の資金繰りができないからって、いくら銀行が貸してくれなかったからって、あんなやばいとこから金を借りやがって。結局返せなくて、工場もつぶれ自分たちも自殺してしまったんじゃ何にもならないじゃないか。 あげくの果ては俺を借金の連帯保証人にしていたなんて。 会社はクビになるは、俺の人生までめちゃくちゃじゃねえか。 やつら人間じゃねえ。 金を返せないならと、やばい仕事を手伝わせやがって。 今日だってだました相手から金を受け取りに行ったら、待ち伏せされていた、もう少し気づくのが遅かったら捕まっていたぜ。


 この先どうなるんだろう。 いっそここから飛び降りたら、楽になれるのかな。 でも痛えだろうな。 いや、このまま死んだら親父と一緒じゃないか。そんなのはいやだ、どうせなら、あいつ等に復讐してやりたい。 あいつ等だけじゃなくて、親父に金を貸してくれなかった銀行の奴らや、親父の人の良さにつけ込んだ取引先や、俺を切り捨てた会社の奴ら、俺から離れていった友人面していた奴ら、みんなの人生をめちゃくちゃにしてやりたい)

ここまで男の意識を読み取ったシローネは、躊躇した。

(この男が、オークリー殿が望まれる人物なのだろうか)少し考えたが、

(とりあえずこの男を連れていくしかない)という結論に達した。


 「人生をやり直したいか」シローネは服の不可視化の効果を解除すると、男に話しかけた。

「だれだ」驚いたように、跳ね起きシローネをじっと見つめた。

「なんだ、今の俺に話しかけるのは死神くらいだと思っていたが、どうやら地獄も人手不足のようらしい。 猫の手を借りたいということか?」

 「私は死神でもないし、猫でもない、シローネという。 あなたに新しい人生をやろう。 あなたは今、行き詰まっているのだろう」

「俺は、頭がおかしくなってしまったのか。 猫がしゃべっていて、俺に新しい人生をくれるといっている。 どう人生をくれると言うんだ」


 「私はこことは別の世界からきた。 私はある依頼者から、あなたを連れてきて欲しいと頼まれた」

「ほう、この世界じゃ誰もが俺を見捨て、誰も必要としていないというのに、その人はこんな俺を必要としているというのか」男はシローネの前まで来ると、しゃがみ込み、顔を近づけた。

「いいだろう、俺をその世界へ連れていけ。 ただその前に一つ確認させてくれ、向こうの世界というのはあの世のことじゃないのか。 まあさっきまで死ぬことも考えていたんだ、たいした問題じゃないが」

「死者の世界ではない。 肉体も記憶もそのままだ」そう話ながらもシローネにはまだ迷いが少しあった。


 「もう一つ聞かせてくれ、何故俺で、何をさせたいんだ」

「あなたは、レムと呼ばれる大いなる力、こちらでは魔法というらしいが、その強力な使い手になる素質がある。 あなたに何をさせたいのかは分からない。 あなたは、ある地方で王と呼ばれている、その方の客として迎えられる。 それ以降どういう人生を切り開くかは、あなた次第だ」

「分かった、俺は工藤兵摩だ」男は右手を差し出すと、シローネの柔らかい肉球を握った。


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