7-10 海戦(1)
リンエイがこちらに来ると俺に言った。
「さて、本来ならあなた方には、お礼の宴でも開いて差し上げたいのだが、そうもいかないようだ。 今連絡が入り、黒のレギオンの船団がこちらに向っているそうだ」
「どうされるのですか」
「今から兵を率いて迎え討つ。 今回の件と船団はもちろん無関係ではないだろう。 そこであなた方の件だが、あなた方は既にこの件に首を突っ込んでいる。 我々に加勢しろとは言わないが、最後の結末までつきあってもらおう」
「分りました」
「よし、船に戻るぞ」兵に命令した。
俺たちはリンエイの船で、東の海を目指した。 船のマストの見張り台の所にはグレンが乗っていた。 船の兵達はドラゴンを指さしながら皆驚いていた。 ガルソン島を出たときは3隻だったが、島の南の岬をまわる頃には、ベレス島から出発したリンエイ配下の船団95隻が合流した。
「天聖球は無事だったのですか?」 俺はリンエイに尋ねた。
「天聖球はあそこには無い。 と言うか、天聖球は今行方不明なのだ」
「えっ、そうなのですか」
「3年前、カウエン様がお亡くなりになられた時に、忽然と天聖球が消えたのだ。 恐らく王の親族のどなたかが密かに持ち出されたのだろうと噂された。 だがそれも王の遺言なのだろうと言うことになり、強制的に探索することは王の意志に背くことだとなって行なわれなかったのだ。 それに王に相応しい者と天聖球はお互いに引き合うと言われている、そう言う者が現れれば天聖球も出てくるに違いないと巷では噂されている。 逆に言えば、我々では王には相応しくないと言うことだな」
「それにしても、あのレーギアには守備兵が少なすぎると思ったのですが・・・」
「それは我らのせいなのだ。 王が亡くなられた後、レギオンは3派に別れてしまい兵同士のいさかいが起こるようになってしまった。 レーギアの前でそのようなことが起きるのは、前王に対して申し訳ないということになり、それを避けるため各サムライはそれぞれの島に本拠を移したのだ。 今のレーギアは島民のための役所という機能しかない。 それ故、いるのは役人とレーギアを維持するための少数の人々だけだ。 奴らはそこを突いてきたのだろう」
「なんですって、ファウラさんがカケル様と結婚されたですって!」 少し離れたところでエレインの声が聞こえてきた。 エレインは俺の方を見て、凄い目で睨んできた。
「エレイン、これには色々あるんだ、後で詳しく説明するから」 レオンがなだめるように言った。
エレインたちとは少し離れた場所で、ファウラとアビエルが話をしていた。
「アビエルさん、先ほどはどうして私を助けてくれたのですか。 私がいなくなった方がうれしいのではありませんか」
「お前は何を言っている。 お前もカケル様の“モノ”だろう。 カケル様に尽くす者がいなくなることを何故私が望むのだ。 それにお前がいなくなったら、カケル様が悲しむだろう」 それを聞いてファウラは言葉が出なかった。
(私はなんて気持ちの小さな女なのだろう)
昼過ぎ頃、東の海に黒い船団が見えてきた。 北から南に広がる船団は500隻以上と見られるとのことだった。 我々の船団の北側にはもう一つの船団が見えた。
「あの北側の船団は?」 俺はリンエイに尋ねた。
「スウゲン殿の兵団だろう」
「どのくらいなのですか」
「100隻まではないと思う。 もう少しすれば、恐らくバウロ殿の兵団も到着するだろうが、それでも全軍で300隻強というところだ」
「それでは勝てないのでは・・・」
「ここは我らの海だ。 奴らの思うようにはさせない」
「作戦はどうするのですか」
「スウゲン殿がまず動かれるはずだ、我々はそれに対応して動く」
「・・・・・」
スウゲンの船上
スウゲンは船の舳先に立ち、敵船団の様子を見つめていた。 風は向かい風、敵にとっては追い風になっていた。 このままでは1時間後には交戦になるはずである。 ジュリアンはスウゲンの隣に立った。 黒のレギオンの船団が攻めて来たとの報が入り、スウゲンが出ることになった時、ジュリアンは同行を願い出たのだった。
「スウゲン殿、敵の方が数が多いようですが、大丈夫なのですか?」
「容易いと言えば嘘になるが、術がない訳でもない。 戦は数だけで決まるわけではないのでね」 スウゲンの言葉は落ち着いていた。
「どうなさるのですか?」
「逃げる」 スウゲンは事もなげに言った。
「えっ」
「向こうは500隻以上いるだろう。 こっちは85隻だ。 もうじきバウロとリンエイの船が合流するだろうがそれでも約300隻だ。 奴らとすればそれでも勝てると思っているだろうが、勝ちを確実にするために各個撃破を狙ってくるだろう。 だから逃げる」そう言うと部下に向って命令を下した。
「全船、反転西に向う」 部下は各船に向け信号旗を揚げた。
「何か策がおありなのですね。 でも素直に追って来るでしょうか、罠だと警戒して乗ってこないのでは?」とジュリアン。
「それは当然頭をよぎるでしょう。 でもこの好機を逃すことの方が嫌なはずです。 きっと誘惑に負けて追ってきますよ」 敵の船団は、スウゲンの読みどおり速度を上げ、追ってきた。
リンエイの船
「北の船団が動き出したようですが、こちらはどうされるのですか」 俺はリンエイに言った。
「スウゲン殿が動き出したようだ。 だがこちらはまだこのままだ。 このまま敵を牽制する」
「スウゲンさんの意図を理解されていると言うことなのですね」
「彼は敵を誘っている。 後を追った船は痛い目にあうだろう」
(この人達は、対立していると言ってもお互いに力を認め合い、考え方も理解しているということなのだろう。 だから作戦を事前に打ち合わせていなくても連携が取れると言うことなのかも知れない)
バウロの船
バウロ達の船団130隻は、ガルソン島の北を回り東に向っていた。
「海将、スウゲン殿の船団がアードン島の北をまわって、ガルソン島とアードン島の間を南下しています。 その後を黒のレギオンの船団が追っています」 見張り台からの報告が入った。
(フン、スウゲンめ、“魔物の口”へ誘っているな。 仕方ない奴の策に乗ってやるか)
「全船、面舵。 敵船団へ向え」 バウロは命じた。




