7-6 遭難
ジュリアン達3人がバレンの港を出港した翌日、天候が急変した。 海が黒い色になってうねりが強くなり、雲が低く厚くなって風も次第に強くなっていった。 船員達が慌ただしく甲板を走り回り、帆を降ろし荷物を固定することに躍起になっていた。 3人は船室にこもり、船酔いに苦しみながらも早く天候が回復することを祈っていた。 しかしその願いとは裏腹に、夜になるにつれ雨と風は更にひどくなっていった。
「ジュリ姉、この船沈んだりしないよね。 アタシ泳げないんだよー」とエレイン。
「大丈夫だよ、たぶん」 そうは言ったもののジュリアンも自信がなかった。
うねりは益々ひどくなり、3人は床や壁に手や足をつけて転がらないように踏ん張るしかなかった。 3人があちこち頭をぶつけながら床や壁と格闘していると突然船の上から“バリバリバリッ”という音が聞こえ、“ドーン”という大きな衝撃が船に伝わってきた。 しばらくすると船員が扉を開けると大声で叫んだ。
「逃げろ、この船は沈むぞ!」 3人が甲板に上がると、マストは根元から折れ、船の右前方を破壊しそこから浸水が始まっていた。 脱出するにしてもボートは2艘しかなく、既にいっぱいの人が乗り込んでいた。
「どうする、ジュリ姉」とエレイン。 ジュリアンが思案していると、大きなうねりが船を襲い、突然3人は海に投げ出された。 しかも運悪く、ジュリアンはその時崩れてきた荷物で頭を打ち、気を失ってしまったのだった。
「ジュリ姉はどこ、ジュリ姉、ホーリー姉!」 エレインは暗闇の中で叫んだ。 自身は海面に漂っていた空の酒樽につかまっていた。 すると自分の体に触れる手を感じた。
「ジュリ姉?」
「違う」とホーリー。 ホーリーは船体から剥がれた板きれにつかまっていた。
「ホーリー姉? ジュリ姉は?」
「分らない、一緒に投げ出されたはず」 そう言いながら、ホーリーはエレインの体と自身を鞭で縛った。 離ればなれにならないようにするためだった。 エレインは暗闇の中で何度もジュリアンの名を呼んだ。
次の日の昼、昨日とうって変わって晴天の穏やかな海の上を2人は漂っていた。 遠くに陸が微かに見えるが、とてもそこまでは泳いでいけそうになかった。 体にもあまり力が入らなくなり、つかまっているのも容易ではなくなってきた。
(このままでは、2人とも助からない)とホーリーが思った時、黒い船が近づいて来るのが見えた。 エレインが手を振りながら声を絞り出して叫んだ。
「ありがとうございます」ホーリーとエレインは船長に礼を言った。
「礼には及びません。 体調は大丈夫ですか」 船長は女性だった。 30代と思われる、赤毛の女性で顔は褐色に日に焼けていた。
「水を一杯いただけますか?」ホーリーが言った。 水を飲んで一息つくとエレインが聞いた。
「他に女の人が見つかりませんでしたか?」
「いいえ、残念ながら・・・」
「気を落とすな、きっとジュリ姉は大丈夫だ」とホーリー。
船が島の港に入った。 その港には黒い軍船が100艘近く並んでいた。 二人は船を下りると、屋敷に案内された。
「お帰りなさい、リンエイ様」 その女性は島の人々から次々に声をかけられた。
「この島は何という島ですか」とエレイン。
「ここはベレス島だ。 今夜は私の屋敷で泊まられよ」 そう言うと、屋敷まで案内された。
その夜、食事をしているときに、屋敷の女主人であるリンエイから申し出があった。
「あなた方の姉上の安否については、他の島で救出されているかもしれない。 闇雲に探し回られるより数日待っていれば何らかの情報が入るかも知れない。 それまでこの屋敷でゆっくりなされるが良い」
「ありがとうございます」とホーリー。
「ところで、港に並んでいた船はレギオンの船ですか」とエレイン。
「そうだ」
「もしかしたら、あなたはサムライの方ですか」
「今は、王がおられぬゆえ、元サムライと言った方がよいがな」
「こんなことをお聞きするのは何なんですが、王様がお亡くなりになってから3年も経たれるとお聞きしています。 何故新しい王様が立たれないのですか」とホーリー。 リンエイは苦笑しながらも話し始めた。
「まあ、一言でいえば王に相応しい人がいないからだ」
「残られたサムライの方がたにどなたかおられなかったのですか」とエレイン。
「うーん、それぞれ一長一短あって、誰かが立とうとすると他の者が反対するので決まらないのだ。 これ以上は内部の恥になるので勘弁してくれ」
「これは失礼いたしました」
ジュリアンが目を覚ますと、そこは見慣れぬ家の一室だった。
「目が覚めました」 女性の声がした。 顔を向けると若い女性が見つめていた。
「ここはどこですか?」
「ここはアードン島ですよ。 あなたは難破した船から投げ出され、海の上を漂われていたのですよ」
「あなたが助けてくれたのですか?」
「私ではなく、スウゲン様です。 あなたは頭に怪我をされて、6日間も熱にうなされていたのです」
「あの、他に2人の女性はいませんでしたか?」
「お一人だけだったというお話です」
「そうですか」 ジュリアンは念話を試みようとしたが、意識を集中しようとすると、頭に痛みが走った。
「今、食事をお持ちいたしますね」 そう言うと女性は出ていった。
食事をして、ようやく体が落ち着いた頃、部屋に一人の男が入ってきた。 長身のやせ形の男は、薄い緑色のゆったりとした衣を着ていた。 使用人には見えなかったが、武人と言うよりも学者のような感じだった。
「やあ、やっと気がついたね」 男は気さくに声をかけてきた。
「はい、失礼ですがあなた様は・・・」
「あっ、失礼、私はこの家の主人で、スウゲン・ラウと申します」
「では、あなたが私を助けてくださったのですね。 本当にありがとうございました」
「どういたしまして、怪我が良くなられるまで、ゆっくりされるが良かろう」
「ありがとうございます。 一つお聞きしたいのですが、他に女性の遭難者のことは何かご存知ありませんか」
「いいえ、あなたのお連れですか」
「はい、銀髪の小柄な女性と、赤毛の大きな女性です」
「分りました、他の島にも問い合わせして見ましょう」
「ありがとうございます」




