7-4 海賊船
海に出ると俺たちはすぐに、陸が恋しくなった。 晴天の紺碧の海は素晴らしく、遠くで水面がキラキラ輝いていた。 しかしそんな景色を楽しむ余裕など皆目なかった。 海面が荒れているわけでは無かったが、大きなうねりの上下で、胃の内容物が込み上がってくるのが感じられた。 レオンとリースは死にそうな青い顔をして、船縁から顔を出し魚たちに撒き餌を与えていた。 アドルは甲板に死んだように寝ていた。 以外だったのは、ファウラとアビエルとハルで、平気な顔をしていた。
「カケル様、大丈夫ですか。 水平線の方を眺めるようにすると楽になりますよ」とファウラ。
「様は禁止だよ」 俺たちは冒険者の仲間という設定なので、皆タメ口にするということになっていたのだ。
「そうでしたわね」
夕方になると風が落ちてきて、海面のうねりも気のせいか穏やかになったような気がした。 船長の話だと、風がよければ明日の夕方までにはガルソン島に着くということだった。 ようやくレオンやリースも慣れてきたのか、少し元気になっていた。
「おおーっ、これはドラゴンではないか。 これはあんたのドラゴンかね?」 中年のまばらな顎髭を生やした商人風の男が、グレンの檻の側に立っていたレオンに話しかけてきた。
「ええ、そうです」とレオン。 俺は少し離れたところで海を見ていた。
「見事な黒竜だ。 しかもこれは希少種だぞ。 ものは相談だが、このドラゴンを儂に譲ってくれないか。 金貨3千枚でどうだね」
「いや、これは売り物ではないので」
「では5千枚出そう」
「これは依頼人からの仕事なので、お譲り出来ないのですよ」
「依頼人との契約金額はいくらだね?」
「金貨5万枚です」 レオンは法外な金額を言えば諦めるだろうと思ったのだった。
「5万だと、分った6万枚出そう、それで決めてくれ」
「残念ですが、いくら出されてもお譲りすることは出来ません。 金額の問題ではないのです、我々もあなた方と同じで信用を大切にしていますので」 俺が助け船をだした。
「チッ、こいつの価値も分らんくせに」 商人は捨て台詞を残し去って行った。
2日目も晴天で海も穏やかだった。 風は強くはなかったが、船足が止まるほどではなかった。
事件は昼過ぎに起きた。 前方から船が近づいて来るのがわかった。 マストに登り見張りをしていた船員が突然叫んだ。
「船長、海賊船だ!」
「面舵いっぱい、全速で逃げるんだ」
しかし、こちらが積荷を満載した商船なのに対して、向こうは船速優先で設計されているようで、風上に斜めに切り上がってくるにも関わらず船足はこちらよりも速かった。 素人目にも捕まるのは時間の問題に思えた。 30分後、海賊船はこちらの進路と斜めに交差するように近づいて来ると、無数の鈎縄を投げてきた。 2艘の船がガッチリ固定されると、海賊船から二十数名の男達が、剣を持って乗り込んで来た。 数名の船員も剣を取り、抵抗しようとしたが、乗り込んだ男達にたちまち斬り殺されてしまった。
「おっと、動くんじゃねえぞ。 変なまねしやがったらこうなるぞ」 大柄な真っ黒に日焼けした男が、胸を斬られて倒れている船員の腹に剣を突き立てた。 男は数度痙攣したがやがて動かなくなった。 男が剣を抜くと、血が勢いよく噴き出した。 男は死んだ男の服で剣の血をぬぐうと、怯えて立ちすくんでいる客の人々に向って言った。
「みんな武器をすてろ。 抵抗する奴は殺す」
「カケル様、どうしますか」レオンが小声でささやいた。
「もう少し様子を見よう、他の人が巻き添えになるのは避けたい」
数人の海賊が俺たちのところにきた。
「武器をよこせ」 男は俺の剣を指さしていった。 俺は腰から剣を外すと渡した。
「ほう、これは凄い剣じゃないか、お宝だぞ」 男が剣を抜いて言った。
「きれいな姉ちゃんもいるじゃねえか。 おっ、魔人族かよ、だがいいおっぱいしているな」 別の男が、アビエルの胸に触りながら言った。
「触るな!」 アビエルが男の手をはじきとばした。
「ずいぶん気の強い女だな。 だがそんな女を無理に犯って、ヒーヒー言わせるのもきらいじゃないぜ」
別の男がグレンの檻を見つけた。
「おい、こりゃドラゴンじゃないか。 生きているのか?」 男は鉄格子の間から剣を差し込むと、剣先でグレンの体をつついた。 グレンは頭を持ち上げ、男を睨むと男の顔に炎を吐きかけた。
「ギャーッ!」男は焼けただれた顔を押さえながら甲板を転がった。 グレンは檻の扉を開けて外に出ると、翼を広げ空に飛び立った。 海賊たちは、仲間の悲鳴に一瞬そちらに気をとられた。
「仕方ない、やれ!」 俺は今が反撃にタイミングだと判断したのだ。
「はっ!」レオン、リース、アドル、アビエルの反応は早かった。 レオンとリースは呆気にとられた男達を、剣を振り上げる間も与えず手から剣を奪うとそのまま顔面に拳を叩き込んだ。 アドルはその場を動かず、左の裏拳を男の左ほほにぶち込むとそのままその隣の男も巻き込んで、そのままマストまで吹き飛ばした。 アビエルは、しつこく胸を触ろうとする男の顔面を爪で引き裂くと、男の股間を思いっきり蹴り上げた。 股間を押さえて悶絶しそうになっている男の体を踏みつけながらアビエルは言った。
「アタシのこのおっぱいを触って良いのは、世界でただ一人だけなんだよ」 そして俺の方を向き、訴えるような瞳で俺を見つめた。 俺は無言で頷くしかなかった。
船に乗り込んできた海賊は20人以上いた。 しかし4人で彼らを無力化するのに1分もかからなかった。 だが海賊船の方にはまだ10人以上がいた。
俺は甲板を走り船縁でジャンプすると向こうの船に乗り移った。 男達は驚いて剣を抜こうとした。 俺はそんな男達を無視して一直線に首領と思われる男めがけて走った。 俺を阻止しようとする男達の間をすり抜けていったが、その際すれ違いざまに男の顔面や腹に拳を入れた。 男達はその場に崩れ落ち、それをみていた船長は剣を抜いたが、次の瞬間俺の姿を見失った。 次の瞬間には、俺はすでに船長の背後にいたからだ。 俺は右腕で船長の首を絞め、左腕で頭を押さえ込んだ。
「部下に、抵抗を止めさせるんだ。 さもないと首をへし折る」 俺は左手に少し力を入れて頭を傾けた。
「わかった、止めてくれ。 お前ら武器を捨てろ、抵抗するな」 その声に海賊達はお互いに顔を見合わせると、剣を捨てた。
ハルがロープを持って乗り込んで来ると、次々に海賊を縛っていった。
「ありがとうございました。 おかげで船が助かりました」 俺が船に戻ると、船長が近づいて来て言った。
「怪我人は大丈夫ですか」
「お客さんは大丈夫のようです。 船員は3名殺されてしまいましたが・・・」
その時、鬱憤を晴らすように空を飛んでいたグレンから念話が入った。
「カケル、フネクル」 俺が海を見ると、確かに3艘の中型船が東から近づいてくるのが見えた。
「船長、まだ安心はできないようです」 俺は近づいてくる船を指さしながら言った。 船長は左手を眉の辺りにかざすと、目を細めながら船を凝視した。
「ご安心ください。 あれはレギオンの船です」
「あれ、レギオンは今王様が不在で機能していないと聞きましたが・・・」
「そうなのですが、残された元サムライの方がたを中心に、海賊の取り締まりや貿易の手助けはされているのです。 ただ、内輪もめされているので、このように来るのが遅かったり対応がちぐはぐになったりすることがあるのです。 それでこの海に対する影響力は弱まっています」
「そうですか」




