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1-1 戦場

 その空間はまばゆい光に包まれていた。 体が宙に浮いて、どこが上か下かも分からない、落ちているようでもあり、上っているようにも感じる。 ただある一定の方向に、まるで光りのチューブの中を流されているようには感じる。

(俺はどうしたんだ。そうだ、上代が光りの穴に吸い込まれそうになっていたのを、とっさに腕をつかんで引き戻そうとしたんだ。でも踏ん張れずそのまま俺まで引き込まれたのか。何をやっているんだ、俺はまた助けることができなかった)

上代を探そうと周りを見渡したが、光がまぶしくてどうなっているのかよく分からなかった。 無意識に首からかけていた赤いお守り袋を握りしめた。


 俺は九十九翔つくもかける、普通高校の3年生だ。 両親は5年前に交通事故で死亡、今は祖父母と暮らしている。 6つ上の兄は、アメリカで暮らしている。 成績優秀だった兄といつも比較され、劣等感を感じながらも、目標もなく何となく暮らしている。 一緒に巻き込まれた男は、上代裕樹かみしろゆうき、俺の同級生だ。 成績優秀で常に全国模試でトップテンに入る。 その上、ガリ勉の運動音痴ならばまだ可愛げがあるが、身長180センチでイケメンしかもスポーツ万能という、とても嫌なやつだ。


 (俺は死ぬのか、じいちゃん、ばあちゃん、ごめん) 時間が止まっているようでもあり、永遠に続くようでもあったが、実はほんの一瞬だったのかもしれない。 やがて前方に黒い点が見えたかと思うと、それは次第に大きくなり丸い黒い口を開けたようであった。 その口に吸い込まれると思った次の瞬間、地面に投げ出されるような衝撃を肩と背中に受けながら、無意識に受け身をとるように回転していた。

気がついたときには、地面に仰向けに寝ていた。眼を開けると、見えるのは青い空にぽっかり浮かんだ白い雲だった。 手や腕には、熱い砂のあたる感触がする。上半身を起こしながら周りを見わたした。 開けた土地、砂と岩と所々に低木や草むらが見える。 そんな荒れ地が2、3キロ先にある丘の連なりまで続いていると思われた。 すこし離れたところでもう一人が同じように体を起こしているところが見えた。

「上代、大丈夫か」俺は呼びかけた。

「痛ってー。頭ぶつけた」「九十九か、ここどこだ。俺たち、いったいどうなったんだ」

「わからない。 俺たちさっきまで、学校の屋上にいたはずだが・・・」

体をさすりながら確認してみたが、どうやら怪我はないようだ。

その時、正面の荒れ地の左側から、角笛のような高い大きな音が、長く響いた。 約500メートルくらい先には、大勢の人が塊になって右に向って進んでいる。 奥まで見えないので分からないが、何百人もいるように思われた。 よく見るとがっちりした巨大な体には、黒い毛がびっしり生えている。熊が二本足で歩いているようにみえた。 右手には大きな片刃の剣を持っている。 他の者も同様に巨大な猿のように見えるものや、ライオンのように見える者など様々であるが、棍棒や太い鉄棒、刀などで武装している。

もう一方の右側を見た時に、高い鐘の鳴るのが聞こえた。 右側には多数の人間が数十メートルにもわたり何列にも整列しており、その鐘の音を合図に一斉に行進を始めた。 黒い鎧のようなものを着て、手には木製の丸盾を左に、剣を右手に持っていた。 こちらも終わりがどこなのか分からないが、数千人はいるのではないかと思われた。

左右から両軍?が近づいていき、お互いの距離が300メートルぐらいになった時、人間側の行進の後ろから、何百本もの矢の一斉射撃が行われ、人間の頭を通り越した矢は、獣の姿をした集団の頭上に雨のように降り注いだ。 獣の集団は、聞いたことのないような悲鳴を上げながら頭をかばっていたが、彼らの厚い毛皮には容易に矢を通すことは出来ないようだった。 これはかえって彼らの闘争心を刺激してしまったようで、ものすごい怒声をあげながら、一斉に人間の方へ突進を開始した。 人間側も隊列を崩さないように注意しながらも、前進速度を速めた。 その後方からは、弓による一斉射撃の第二波が行われた。


 俺たちは、状況もつかめず呆然と見ていたところに、「シュッ」と突然風切り音が聞こえたかと思うと、俺の足下の砂に何か棒のような物が突き刺さった。 棒の先には、鳥の羽のような物が付いている。 流れ矢がここまで飛んできたようだ。 俺は思わずその矢を地面から抜き取ると、鏃を確かめて見た。 その鋭い鉄の先端はとても飾りものとは思えなかった。

「え、これって本物じゃないか?」

「何だこれは、まるで戦場のようだぞ。 映画のロケでもやっているのか」

「いや、本物の戦場だ」上代は俺から受け取った矢を見ながらこたえた。 目を懲らしてみると、500メートルほど先では、多くの人々と獣の群れが激突し混戦になっているように見える。 人間側は槍で獣の胸を突き、剣で切りつけていた。切り口からは、赤い血が勢いよく噴き出し、獣は苦痛の咆哮をあげるが、それでも勢いは止まらず、その丸太のような腕を振り回し、人間を盾ごと吹き飛ばして行った。

その時、また一本の矢がこちらへ飛んできて近くの地面に刺さった。

「やばいぞ、あの森に隠れるんだ」言うと同時に、俺たちは後ろに見えた森まで、約30メートルの距離を全速力で走った。

息を切らしながら森の中に飛び込むと、二人は転がるように倒れ込んだ。 森は広葉樹の太い幹の木々からなり、厚く生い茂った葉が太陽の光を遮り、薄暗くなっていた。 地面はすねぐらいまでの細長い草で覆われていた。 前方は緩やかな斜面になっており、小さな山になっているのだろう。

「これは本当にやばいぞ」木に隠れるようにして、戦場を見ていた上代はつぶやいた。

「とりあえず逃げよう、この場を離れるんだ。この山の向こう側へいってみよう」俺は、上代に森の斜面の方を指さした。 上代もうなずき、二人で静かに斜面を登って行った。 その山は10分も登ると頂上にいたった。 そこまで登ると、周りが良く見えた。この山は、縦が数百メートル、横が百メートルぐらいで、荒れ地が川だとすれば、この山は中州のようなものだった。 戦場もよく見えた。 最初に見えた方が主戦場で、山の反対側にも数は少ないが同様に戦闘が行われていた。


 「おそらく、人間側がこの山を迂回して、騎兵で獣側の側面を突こうとしたのだろうが、向こうもそれを読んでいたというところか」上代が戦闘を眺めながらいった。

「これでは逃げられない。戦闘が終わるまで、ここに隠れているしかないんじゃないか」

結局、俺たちはその山の上で4時間以上隠れていた。 戦闘自体は2時間ぐらいで決着がついた。 どうやら獣側が勝利したようだった。 数の上では、人間側が優勢に思われたが、個々の戦闘力では獣の方が圧倒的だった。 特に体の大きな数十人が、人間の隊列に切り込み大混乱を起こすと、人間側は軍としての統制が維持出来ず、崩れ始めた。 一旦そうなると、戦況を覆すことは難しく、雪崩のように総崩れとなり、我先に逃げ出していった。 その後、獣の軍勢が戦場から引き揚げて誰もいなくなるまで、じっと俺たちは様子をみていた。


 「そろそろ大丈夫じゃないか」俺はそう言うと、立ち上がった。

「そうだな、だがこれからどこへ行けばいい。ここがどこかも分からないのに」

「とりあえず、奴らが行ったのと逆に行くしかないだろう。奴らに見つかったら、俺たちも殺されるかもしれない」と言いながら、山を下り始めた。

荒れ地に出てきてしばらく歩き始め、山の端を回ったところで、右手から数人の動く影が見えた。

「止まれ」振り向くと5人の人間が歩いてこちらに向っていた。 一人は石弩を構え、他の者は手に剣を持っていた。 人間のように見えたが、顔や腕に茶色の体毛がすごく、頭の髪の毛の間から、三角形の耳が見えた。

「やばい、走れ」俺たちは、また山に逃げ込もうと走り出そうとしたが、その時左のほほ近くを何かがかすめたと思った瞬間、すぐそばの木に石弩の矢が突き刺さるのが見え、身動きができなくなった。

「手を後ろに回して、ひざまずけ」男たちが近づいて来ると、俺たちの両手を腰の後ろに回し、皮のひもで縛りあげた。 俺たちはなすがまま、従うしかなかった。


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