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#3 アキラとつくし


 私たちの隣のベンチに、初々しい高校生カップルがいた。辿々しい言葉遣いと、触れてみたいって好奇心が混ざり合ったようなぎこちなさが全面に出ている。男の子は敬語を使っていた。恋人は、先輩らしい。彼が想像する以上に、『学校の先輩』と付き合うのは大変だ。もし、それが三年生であったら、受験勉強を考慮しながら付き合わなければならない。


 こうしている間にも、彼女と同じ大学を目指す者たちは、自宅や学習塾で、着々と力を身に付けていく。彼女のことを想うならば、勉強の妨げをしてはならない。然し、恋の熱は、我を忘れさせてしまうものだ。こればかりは、どうにも抑えることができない。


 勉強と恋、この二つを両立させるのは、非常に困難である。どちらを優先しても、上手くはいかない。どちらも同じ分だけ力を注ぐのが、『学校の先輩』と付き合っていくコツだろう。


 私の視線が隣に移っているのを見て、「あまりジロジロ見るのは失礼だよ?」と、キミに怒られてしまった。


「この公園には、恋の魔法がかかってるの」


 唐突に、キミは言う。


「恋の魔法?」


 非現実的な単語で、思わず、おうむ返し。


「うん。同じ空間にいるけれど、あの子たちと、私たちは、別の空間に存在していて、お互いに干渉できない。だから、アキラくんがあの子たちに対して、なにか思うことがあったとしても、それを伝える術はないんだよ」


 つまり、恋の魔法というのは、見て見ぬ振りを指すようだ。都合のいい魔法だが、悪くないとも思う。私だって、キミとの時間を、だれかに妨げられたくはなかった。なるほど、木を隠すなら森ってわけか。


 土筆野原噴水公園は、様々なカップルで賑わっている。彼らのように、初々しい面子もいれば、人目を忍んだ恋に燃える男女もいるだろう。無論、それは、私たちも例外ではない。





 キミとの出会いは、夏休みの夏期講座だった。キミは、まるでファミレスにでも立ち寄るような気軽さで、私が勤める塾に訪れた。そして、ロビーで休んでいた私を捕まえて、「ここで勉強させて欲しい」と、授業料が入った茶封筒を、テーブルに叩き付けた。私の勤め先には、ありとあらゆる理由を抱えている生徒たちがいるけれど、キミは、勉強が目的ではない気がした。居場所を求めているような、そういう眼差しだった。


 どうやって授業料を手に入れたのか、どうしてこの塾を選んだのか、理由は訊いていない。私は、あくまでも塾講師としての立場を全うして、キミと一緒に入会手続きをした。手続きの際に、親御さんの同意が必要になり、一度だけ、キミの母親と電話で話した。日本語は上手かったが、母親というよりも女であることを選んでいるような人で、「好きにさせて下さい」と、流暢な日本語で語る声は、どことなく、キミの声と似ている気がした。


 建前だとしても、勉強したいというのだから、それを拒む必要はない。学生の本分は勉強であり、それ以上も以下もなく、学ぶ姿勢を見せているのだからと、私もそこまで深く考えていなかった。深く考えるべきだったと、いまになって思う。後戻りできなくなってから後悔しても、意味は無いけれど。


 他の生徒たちが、私のことを『()(ごう)先生』と呼ぶ中、キミは『アキラ先生』と呼んだ。塾は、学校ではない。だから、私もそれで構わないと思った。塾では、その呼び方で、二人きりになると『アキラくん』。どうしてそう呼ぶのかと訊ねたら、『だって、本当のアキラくんは、アキラくんだから』と言われた。このとき、私は、キミの魔法に魅了されたのかも知れない。


 キミを初めて穢した日、私はキミの真実を知った。


 キミは、男子高校生だった。 


『幻滅した?』


 悲しげな笑顔で言うキミを、私は抱きしめた。幻滅なんて、全くしなくて、むしろ、ソレがついていることを羨ましく思った。私には、それが無い。欲しいと望んでも、本物が手に入ることはない。


 私は、自分が女性であることを、望んでいなかった。それでも、女性として生きて、女性として恋愛をして、女性として塾の講師となった。


 ──だって、本当のアキラくんは、アキラくんだから。


 その言葉の意味を、私は、このとき初めて理解した。それから、溢れる涙を止めるのに必死で、行為に及ぶまで、軽く一時間くらいは要したと思う。行為を終えて、ホテルのベッドに寝転びながら、キミは、私の耳元で、『あたしを幸せな女にして下さい。あたしは、アキラくんを、幸せな男にしてみせるから』と囁いた。この日を境に、私は、キミの前でだけ自分を隠すことをやめて、『御郷晶』という女性から、『御郷アキラ』として生きると決意した。





「なんで、私がこの姿を望んでいると、わかったの?」


 あの日に抱いた疑問を、改めて訊く必要はないとは思ったが、どうしても、答えを訊いておきたかった。


「え、なんで?」


「知りたいんだ」


「強いて言うなら、男の娘の勘ってやつ?」


 私は、じいっとキミを見た。


「ごめんごめん、冗談だって。えっとね。目が、あたしと同じだったんだ」


 私の目は、キミのように綺麗じゃない。


「こう、なんというか、自分に疑問を持っているような目をしてたから、このひとは、あたしとおんなじだって思って」


 男の娘の勘も、どうやら馬鹿にできないようだ。そんなあやふやな理由で、私を看破してしまったのだから、キミを責めるのも筋違いで、脇が甘かった自分を責めるべきだろう。


「アキラくんは、ちゃんと、男として魅力的だよ? 夜は、女の子みたいに可愛いけど、それもまたアキラくんの魅力だって、あたしは思うから、だいすき」


 私とキミは、掛け違えたボタンのようだ。


 キミと出会って、ようやく、正しくボタンを掛けることができた気がする。キミは、どうなんだろう。私という存在が、掛け違えて塞がらなかった穴を、塞げているといいが。


「アキラくん、あたしのこと、すき?」


「愛してる」


「え? ……うん。あたしも、アキラくんを、愛してる」


 この公園に来てよかったと思った。


 正常な思考では言えない言葉も、噴水周辺の空気に当てられたら、伝えることができる。だから、土筆野原噴水公園は、言わずと知れたデートスポットなのだろう。その真髄を、身を持って体験した。


「ね、いまのって、プロポーズってことにしてもいい?」


「ダメと言っても、キミはそう受け取るんだから、否定しようにも否定できないじゃないか。それに、元より、私はそのつもりで付き合ってるんだけどね」


「えへへ。そっか。よかったね」


 本当に、よかったと思う。


「帰ろ? アキラくん、寒さの限界じゃない?」


「そうだね。そろそろ限界かも知れない」


 温もりが欲しい、と心から思っていた。


「いっぱい、温まろうね」


「うん。待ち遠しいよ」


 いつか、キミを穢してしまったことを、後悔する日が来るかも知れない。いつか、この関係に亀裂が生じることも、あるかも知れない。だけど、それらは、いま考えるべきことじゃない。暗い未来を見据えて行動するよりも、明るい未来に向かって、キミと歩んでいきたい。キミが大学を卒業したら、ちゃんと言おう。ちゃんと、プロポーズしよう。


 スーツを着て、ネクタイを締めて、この公園の噴水前で、必ず──。



 

【あとがき】

 最後まで読んで頂きまして、誠にありがとうございました。


 今回、どうしてこの話を書いたかのか、その理由を申し上げるとしたら、メインで書いている作品『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』とは違うテイストのラブコメを書いてみたいと思ったからです。ラブコメというよりもラブロマンスなのかも知れないですが、ジャンルは『ラブコメ』にさせて頂きました。


 私自身、直接的な愛情表現を書くのは、今回が初めてかも知れません。多分、そうだと思います。瀬野 或の作品を読んで下さっている方々からすれば、「おやおや、珍しい物語だ」と感じるかも知れません。ですが、他作品と共通するものは、存在します。


 人は、誰しもがなにかしら秘密を抱えているものだ、と常々考えていて、今回の話にしても、性別の問題を抱えていたり、『キミ』の背景に仄暗いなにかを垣間見たり、『アキラ』の愛情が異常に感じる節があったりと、本編では語られていない『問題』がちらほら見受けられます。でも、彼らは、お互いに理解者を見つけられたので、おそらく、幸せな未来を掴むことができると私は信じています。


 ですが、現実はもっと過酷です。彼らの障害になるのは、性別の壁だけではございませんが、夢を語るのもまた小説だ、というのが私の持論でもありますので、この作品を読んで下さった皆様も、「こういう世界の物語なんだ」と思って頂けたら幸いです。


 自分語りがくどくなってっきましたので、これにて締めとさせて頂きます。


 もし興味が御座いましたら、【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】も、御目通り頂けたら嬉しい限りです。


 貴重なお時間を頂きまして、誠にありがとうございました。これからも、瀬野 或をよろしくお願い申し上げるとともに、応援して頂けたら幸いです。


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