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#1 ある朝の光景

「ふぁ~……ねっむい……」


 オレは大きく伸びをする。外はまだ薄暗い。

 帰ってきて今日で二日だけど、むこうじゃ早起きは当たり前だった。

 どうも、その習慣は抜けないらしい。


「せっかく帰ってきたんだ。もう少し……って、あれは……」


 真っ赤な髪のフレイが庭にいる。

 こんな時間に庭なんかでなにをやってるんだ?


「……行って見るか」


 階段を降りて庭へと行く。マコ姉はまだ起きてはいないらしい。


「へぇ……気合入ってるな」


 オレは窓を開けると縁側に座ってフレイを見る。

 フレイは素手で格闘術の型を何度も繰り返している。

 突き、蹴り、肘打ち、掌底、回し蹴り……鋭く流れるような攻撃だ。


「はっ! せいっ! やぁ!」


 回し蹴りからのボディブロー、最後に膝蹴り、見事なコンビネーション攻撃。

 あのコンビネーションが決まって立ってるようなやつは……いや、むこうの世界なら何人か思い当たるな?

 そんな事を考えていると、フレイが呼吸を整えながらやってくる。


「ふぅ……なんだ、カズマ。見てたのか?」


 フレイは全身に汗をかき、肌はうっすらと赤くなっている。


「ああ、まあな。やっぱ、魔王軍の将軍様ともなると剣だけじゃなくて格闘術も極めてるんだな」

「あったりまえだろ? 例えこのこぶし一つでも、敵を一人でも多くぶっ倒さなきゃならないからな」


 フレイはこぶしを握りながら歯を見せて笑う。

 そして、縁側に座ると、縁側に置いてあったタオルで体を拭く。


「へぇ、じゃあ、オレが勝てたのは運がよかったのか」

「じょーだん、運であれだけ戦えるわけねぇだろ」


 そばに置いてあったペットボトルをに身ながらフレイは言う。


「あっ、そうだ! 手合わせしようぜ、手合わせ! てめぇも体がなまってるんだろ?」

「手合わせ……か」


 フレイは目を輝かせて聞いてくる。かなり期待されてるのがわかる……わかるけど。


「あー……悪いな、やめとくよ」

「え?」

「せっかく元の世界に戻ってきたんだ。普通の生活に戻りたいからな」

「そう……か。いや、そうだな……こっちの世界じゃ戦う力なんて必要ないか……」


 フレイは寂しそうにうつ向いてしまう。

 あー……そこまで落ち込まれるとは思わなかった。でも、こればっかりは……な。


「まあ、なんだ。そのうち気が向いたらな」


 オレは苦笑いしながらフレイを見る。

 すごい汗……って言うか、汗で服が肌に張り付いて……その……胸とか……。

 下着は付けた方がいいんじゃないかな?


「なに見てんだ?」

「え?」


 フレイが不機嫌そうな顔でオレを見ている。

 あ、やばい。ついつい目が……。


「い、いや、こ、これはその、なんて言うか……ハハハ」


 思わず笑いながら目をそらす。


「まったく。英雄色を好むって言うが、てめぇもそんな感じなのか?」

「おいおい、英雄ってなんだよ? オレはただの勇者の仲間だし、こっちの世界じゃ平凡なただの男だぞ?」

「平凡? あんだけ戦えたのにか?」


 フレイが眉間にしわを寄せながら聞いてくる。

 まあ、確かに、そりゃそうか。


「ああ、どうやらオレには格闘の才能ってやつがあったみたいなんだよな」

「才能?」

「ああ……こう……不思議な感覚なんだけな。理屈じゃなくて、相手の動きを見ると、そっくりに動くことができるんだよな」

「おいおい、マジかよ。ったく、やっぱり天才って言うのはいるんだな」


 フレイは大げさに肩を落としうつ向く。明らかに演技だって言うのはわかる。


「いやいや、もちろん、それを使いこなすためには死ぬほど訓練はしたからな。あんときほどこっちの世界で運動しとけばよかったって、思ったことはなかったよ」


 うん、あれは地獄だった。まあ、自分の身を守るためにも、必死でやったけど。それでも、あれは死ぬほどつらかった。


「ふーん、そっか……でも、それならなおのこと、てめぇが勇者なんかの下にいる理由がわかんねぇな」

「まあ、それは……な」


 大きく伸びをしながら立ち上がる。

 不意にあいつの――勇者の笑顔が脳裏をよぎる。

 最後にもう一度だけ、会いたかったが仕方ない。泣いてなきゃいいけどな。 


「まあ、あいつには人をひき付けるカリスマってやつがあったからな」

「カリスマ?」

「ああ、そうだ。あいつはいつも太陽みたいな笑顔でさ。しかも、常に前を向いてどんな時でも諦めない強い心も持ってたんだ。力だけじゃない、ほんとの勇者って言うのはああいうやつのことを言うんだと思うんだよな」


 まあ、それだけじゃない。恩人って言うのもあるんだけど、それは話さなくてもいいだろ。

 だんだんと、周りが明るくなった。太陽が屋根の上から顔をだす。


「さて、そろそろ朝飯にするか。あ、体が冷えるだろ? シャワーでも浴びて来たらどうだ?」

「おう、そうだな。じゃあ、またな」


 フレイは玄関へと向かう。一方、オレはそのままキッチンへ向かった。


「カズくん。おはようございます」

「ああ、マコ姉。おはよう」


 席に座る。マコ姉がいつの間にかキッチンで朝食の準備をしていてくれた。

 マコ姉が作る料理のいい臭い……やっぱり、この臭いが帰ってきたことを実感させてくれる。


「フレイさんはどうしました?」

「ああ、朝の鍛錬で汗をかいたからってシャワー浴びてる。すぐに出てくると思うけど?」

「そうですか」


 席に置いてある野菜ジュースを飲む。


「じゃあ、カズくん。今日はちょっと早くいかないといけないので、もう出ますね」

「あ、そうなんだ。わかった。いってらっしゃい、マコ姉」

「はい、行ってきます」


 マコ姉はそう言うとキッチンを出ていく。

 そして、少し間をおいてから玄関のドアが閉まる音がした。

 メシは……まあ、フレイのやつが来るまで待つか。一人で食べるのもつまらないしな。


 オレは何気なく天井を見る。

 今日はバイトもないし、暇って言えば暇だけど……どうするかな?

 フレイとちょっと出かけるのも悪くないか? 家の中にいるばっかりじゃ、つまらないだろうしな。

 そんな事を考えているとフレイがやってくる。


「よ、お待たせな」

「いや、大丈夫。さっさと食べようぜ」

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