#6 帰宅騒動
オレは鼻歌を歌いながら家への帰り道を急ぐ。
むこうの世界で教えてもらった民謡……どこか懐かしくてオレのお気に入りの一曲だ。
「しっかし、オレも体力が付いたよなぁ」
試しに力こぶを作ってみる。
向こうにいた数年で基礎体力も十分についた。効率的な体の動かし方とか、休息の取り方とか、これからの生活でも役に立ちそうだ。
そんな事を思いながら空を見上げる。
綺麗な満月――久しぶりだな。
「そういや、月って明るかったんだな」
むこうの世界には月もなく、夜は本当に真っ暗だった。実際にこうやって月を見ると帰ってきたことを実感する。
そういや、月がなければ地球は滅びるとか言ってたっけど、向こうの世界が平気だったのは魔法かなんかの力だったのか?
まあ、もう調べる方法すらないけど……いや、ソフィアを呼び出せば……。
いや、やめとこ。あいつも忙しいだろうしな。
オレが帰るのにもかなり力を使ってくれたはずだ。
……死んでも感謝なんか言ってやるつもりはないけどな。
「帰ってきた……か」
言いながら今度は前を見る。懐かしの我が家が見えてきた。
明かりがついている。
フレイに電気のこととか教えたから付けといてくれたんだろう。
思わず立ち止まってその明かりを見つめる。
向こうの世界だと、基本的に一か所に住むなんてことはしなかった。
基本的に野宿か宿屋で、我が家なんてものはない。
そして、こっちの世界では、オレは一人暮らしだ。一人になってからは、当然の様に家に明かりがついているなんてことは、消し忘れ以外には経験したことがない。
「……いいもんだな」
そうつぶやくと、オレは歩き出す。
あ、そう言えば、フレアに風呂の事は教えてなかったか……せっかくだから、風呂も入れといてもらえば……。
「ったく、なに考えてるんだか」
オレは頭をかく。
むこう世界に行ってからオレも随分と精神が図太くなったもんだ。
そんな事を考えながらドアに手をかける。
「ただいま」
「よっ、おかえり」
ドアを開け玄関に入るとフレイがリビングからやってくる。
出迎えられる……うん、やっぱりうれしいもんだ。
「えっと、退屈しなかったか?」
「ああ、テレビ? だっけ? あの動く絵が映る板の、あれ見てたからな。いまいち内容はわからねぇけど、動いてるのを見てるだけでも楽しめたぜ」
「そうか、じゃあ、メシは?」
「ああ、昼飯は用意してくれたもんを食ったから平気だ」
どうやら、問題ないらしい。やっぱ、適応力が半端ないよな。
「さて、じゃあ、今後の事を話し合わないとな……っても、話す内容なんてほとんどないけどさ」
オレは玄関に上がり、キッチンへと向かう。
冷蔵庫から麦茶を取り出して一杯飲む。
あ、風呂もいれとかないとな。そう思いながら風呂のスイッチを入れる。
そして、リビングへ。
フレイはソファに座っている。オレも床のクッションに座る。
「さてと……とりあえず泊まる場所は……どうするか?」
「野宿……ってわけにもいかないよな? 行軍とか修業時代はよくやってたんだが、この辺は魔物がいないって話だからな」
「ああ、いるのは野良犬、野良猫くらいだしな。毛皮を売るとかそう言うのも無理だからたぶん、野宿は無理だな」
「そっか、まいったな……」
フレイは頭をかきながら目を閉じる。
いや、まあ、あっちの世界は凶暴な動物とか普通にいたけど、こっちはそんなのはいないからな。
狩りでもすれば金も稼げるし、食い物にも困らない。だけど、こっちだとそう言うわけにはいかない。
「あー、おまえが嫌じゃなければ、うちに泊まってもいいぞ」
「え?」
「あ、いや、嫌だって言うなら、別の方法も考えるけどさ」
うん、そうだな。一応、男と女が一つ屋根の下とか、問題があるかもしれない。
むこうでも、その辺の面倒ごとは……あ、やめておこう。
あれは思い出したくもない事件だ……。
「いや、大丈夫だぞ? つーか、こっちの世界に事はよくわからねぇし。正直、知り合いが一緒に暮らしてくれるって言うなら、助かるしな」
「そうか……じゃあ、こっちの世界の事を話す前に夕飯にするか」
オレは立ち上がる。それと同時に風呂の準備ができた音がする。
「あ、そうだ! 夕飯の前に風呂にでも入って来たらどうだ?」
「お、風呂か……ああ、入れるならありがてぇな。実はさっぱりしたいとこだったんだよな」
「場所はそこの廊下の突き当りの右側だから。何かわからないことがあったら声をかけてくれよ。たぶん、むこうとそんなに変わったとこはないと思うからさ」
フレイは立ち上がると頭をかきながら小さく笑う。
「悪いな。泊まるとこに風呂に、おまけに飯まで用意してもらうなんて」
「気にすんなよ。困った時はお互い様だろ?」
「……なんだったら一緒に入るか。お礼に背中くらいは流してやるぜ?」
「ばっか、なに言ってんだよ」
「あはは! 冗談に決まってんだろ?」
フレイはそう言い残すと風呂へと向かった。
それを見送ると大きなため息をつく。
「先が思いやられるな」
言いながら小さく笑う。
まったく……まあ、変に気を使われたりするよりはましだけどな。
オレはそんな事を考えながらキッチンへと向かった。
「さてと、冷蔵庫にはなにがあったかな……さすがに数年前になに買ったかなんて覚えてないけど」
冷蔵庫の中には鍋が入っている。中身は……。
「あ、ラッキー。そうか。カレーを作り置きしてあったんだっけかな?」
オレは鍋を取り出すと、火にかけようとコンロに置く。
「ああ、そうだ、服か……」
火をかける前に服を用意しなきゃな。
二階に上がって、適当に服を選ぶ。そういや、フレイの服とかも買わねぇとな。
まあ、とりあえずはオレので我慢してもらうか。
その後、服をもって風呂場へ。。
「フレイ、服を――」
声をかけようとした瞬間――。
「うぁ!!」
フレイの叫び声。
「大丈夫か!」
扉を思わず開ける。
「み、水が!」
こっちに背を向けて、もろにシャワー浴びているフレイ。どうやら蛇口をひねってシャワーから水が出たらしい。
「おいおい、なにやってんだよ」
慌ててフレイの背中越しに蛇口をしめる。
「うわ、冷た!」
頭から水を被る。
夏だけど、やっぱり、水は冷たい。
服までがびしょぬれだ。
「よし、止まったか」
「ああ、悪りぃな」
「いや、いいんだけど、平気――」
目の前の鏡越し、濡れた褐色の肌が目に飛び込……あ、そうだ! 風呂なんだから全裸に決まってるだろ!
「わわわ、悪か――うわっ! あぶね!」
オレは立ち上がろうとするが足を滑らる。
「うわぁ!」
「わわわ!」
フレイの体を掴んで、後ろに倒れ込んだ。
「いたた……」
言いながら右手に朝もにも感じた柔らかい感触――フレイの胸だ。
うん、左手に感じる引き締まった腹筋とは対照的にすげぇ柔らか……って違う!
「わわわ、悪い!」
「馬鹿野郎! その前に早く手をどけやがれ!」
「あ、ああ、そうだ――」
オレが手をどかそうとした瞬間。
「カズくん、お風呂場にいる――え?」
一番聞きたいけど、今は一番聞きたくない声。オレは入口を恐る恐るゆっくり見る。
そこには、マコ姉が驚いたような顔で立っている。
「か、カズくん!?」
「ま、マコ姉!」
「なな、なにやってるんですか!」
「こ、これは違うんだ! その!」
「いいから手をどけろ!」
大混乱。
なあ、世界を救ったって言うのにこんなことになるなんて、神様は……ああ、そうか、あんな神様じゃ無理だよな……。
「カズマ! 早くどきやがれ!」