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#5 バイトと幼馴染みのマコ姉と

「えーと、これはここで、これはこっちで……」


 オレはクーラーの効いた店内で、鼻歌を歌いながら楽しく働く。

 うん、久しぶりの仕事で細かい部分は忘れてるけど、なんとかなるもんだ。


「石崎くぅん。あんまり頑張ると疲れちゃうよぉ」


 店長の声。振り向くと、のん気に新聞を読んでいた。時々、ちょび髭を触っている。

 まあ、店が暇なのはいつものことだ。この店は金持ちの店長の道楽でやってるもんだから、人が来ても来なくても関係ない。

 働かなくてもいいなんて、最高の職場だし、雇ってくれた店長には感謝しかない。


「いやいや、今日は体の調子がいいんでじっとしていられないんすよね」

「へぇ、若いっていいねぇ」

「そうっすか?」


 笑いながら時計を見る。お昼過ぎだ。

 そういや、フレイのやつはどうしてしてるんだろ。

 昼飯は簡単だけど用意したし、一通りの家電の使い方は説明してはあるけど、後で電話してみるか……。


「こんにちは。暑いですね」


 そんな事を考えていると、カランカランとドアのベルが鳴り、誰かが店の中に入ってくる。


「いらっしゃいませぇ」


 店長は言いながらカウンターの中に入ってきた。


「あ! マコ姉!」

「え? あ、カズくん!」


 オレは思わず大声で名前を呼ぶ。明るい色のワンピースを着た小柄な女性が入ってくる。


 黒い髪の三つ編みに、黒縁眼鏡のメガネをかけた地味だけど優しそうな女性……近所に住んでた幼馴染みの西野(にしの) 真琴(まこと)姉ちゃんだ。


「久しぶりだな、マコ姉!」

「久しぶりって、この前会ったばっかりですよ?」

「え? あ、ああ、そうか……そうだよな」


 やばい。むこうで数年でもこっちじゃ一日もたってないのを忘れてた。


「そう言えば、どうしたんですか? 今日はお休みって言ってましたよね?」

「ああ、佐々木のやつが休んだんだよ。で、その代打ってわけさ」

「そうなんですか」


 マコ姉はカウンターに楽しそうに笑っている。マコ姉の笑顔を見るのも久しぶりだ。

 オレが二年前、オレはある理由で高校2年生の時に学校をを中退した。

 その時、ずっとそばにいてくれた優しい幼馴染みのお姉ちゃん……もう二度と見れないと思った。だから、思い出さないようにしてした。だけど、顔を見れたのはやっぱりうれしい。


「どうしたんですか?」

「え? いや、なんでもない……そういや、今日は会社はどうしたんだ?」

「今日ですか? 今日はちょっと用事があったんで、有休休暇を使ったんです」

「へぇ、そうなのか」

「はい、おまたせぇ」


 そんな話をしていると、コーヒーの臭いがカウンターの中に立ち込める。店長がコーヒーをとオレンジジュースを渡してきた。


「あれ? このジュースは?」

「どうせ暇だからねぇ。彼女と一緒に飲んだらいいよ」


 オレの言葉に店長はにやにやと笑う。

 オレンジジュース……喫茶店で働いているのに、コーヒーが飲めないオレへの気配りを感じる。やっぱ、店長っていい人だよな。


「すいません。あ、店長も一緒に話して言ったらどうっすか?」

「いやいやぁ、お若い二人の邪魔はしないよぉ?」

「なに言ってんすか」


 店長は笑いながらカウンターから出ると、テーブルでまた新聞を読み始める。

 別にオレとマコ姉はただの幼馴染なんだけど……まあ、店長のやさしさは無駄にするのも悪いよな。

 っと、行く前に確かここにクッキーが……あったあった。


「はい、お待ちどう」

「ありがとうございます」


 オレはクッキーと飲み物をトレイに乗せるとカウンターから出る。そして、マコ姉の隣に座った。


「砂糖は少なめ、ミルクはたっぷりっと……ほらよ」


 長い付き合いだ。姉ちゃんの好みはよくわかってる。

 手早くミルクと砂糖を入れるとマコ姉にコーヒーを差し出す。

 マコ姉を見ると、オレの顔を見ながら、不思議そうな顔をしている。


「オレの顔になんかついてるのか?」

「いえ、そうじゃないんですけど……なんか、カズくんの雰囲気が変わったなぁって」

「そう?」

「うん、落ち着いたというか、大人びたというか……ニ、三日しか会わないだけだから気のせいかもしれませんけど」

「まあ、男子三日会わねば……って言うことわざだってあるしな。そんなもんだろ?」

「まあ、そうかもしれませんね」


 マコ姉は小さく笑いながら、コーヒーを飲み始める。

 まあ、そりゃそうだ。オレは数年間を向こうの世界で過ごしてきたからな。

 記憶も訓練した技術もそのまま残ってる。体の成長や、いろんな傷だってそのままだ。

 店長からは「老けた?」とか超失礼なことを言われて落ち込んでたが、落ち着いた雰囲気とか、大人になったと言われるのは正直、うれしい。

 マコ姉には感謝だな。


「どうしたんですか? そんなに笑顔で、何かいいことでもあったんですか?」

「いや、マコ姉に会えたのがうれしくってさ」

「え? 本当ですか?」

「ああ、当然だろ?」

「じゃあ、今日は来てよかったです」


 マコ姉は嬉しそうにコーヒーを飲み続ける。

 オレはその横顔をなんとなく眺める。

 向こうの世界に行くまでは気にはしなかった。だけど、それなりにいろんな人と出会った今ならわかる。マコ姉はかなりの美人だ。

 化粧をしっかりして、おしゃれをすれば、男が寄ってくるのは間違いない。


「ん? なんですか?」

「いや、マコ姉って、彼氏とか作らないのかなぁ……って」

「え!? ななな、なに言ってるんですか!」

「だって、もう高校を卒業して10年だろ? 今までもそう言う話を聞いたこともないしさ」

「きゅ、急にどうしたんですか? そんなこと言って……」

「なんつーか、マコ姉の顔を見てたらなんとなく……な。で、どうなんだ? オレが知らないだけとか?」

「そ、それは、その……気になる人がいないと言ったら嘘になるけど、それはまだちょっと早いと思うし……って、なに言わせるんですか!」


 マコ姉は口をとがらせ顔をそむけた。

 久々に会ったのが嬉しくてつい調子に調子に乗って質問してしまう。

 うん、ちょっと反省しないとな。


「悪かったって、そんなに怒るなよ」

「もう、知りません!」

「ほら、クッキーもやるからさ」


 オレはクッキーの包みを開けてマコ姉に差し出す。

 マコ姉はクッキーをオレの手から受け取ると、その小さな口でほおばりながら、オレをじっと見つめる。


「……今回だけです?」

「ああ、ありがとな」

「まったく。カズくんは仕方ないですね」


 マコ姉は呆れたような顔で小さく笑う。

 穏やかな日常とマコ姉の笑顔……帰ってきたと実感できる。

 もちろん、向こうの世界でも、仲間はいたし、笑いあったりはしてた。だが、雰囲気が全然違う。

 向こうの世界では治安だって悪いし、常に戦いと隣り合わせだった。

 そして、なによりもやるべきことがあった。



「そう言えば、カズくん。今晩は暇ですか?」

「ん? なんでだ?」

「今日は実家に帰るんで一緒に夕ご飯でも食べませんか? 父と母も喜ぶと思いますし」

「え? ああ、そうだな……」


 数年ぶりにマコ姉のお袋さんと親父さんには会いたい気もする。でも、フレイの件をどうにかしないとならないからな。

 いや、ほんとに、マコ姉もお袋さんも料理がうまい。

 いつもなら飛びつきたい話だが、さすがに無理だよな……でも、やばい、考えただけでよだれが出そうだ。

 でも、まあ、次の機会でも……うーん、でも、魅力的な提案なんだよなぁ。


「ご、ごめんなさい!」


 そんな事を考えていると、いきなりマコ姉が謝ってくる。


「お、おい、いきなりなんだよ」


 その声は少し泣いているような感じだ。

 え? なんでだ? 今の会話に泣くようなとこなんてなかったよな?


「カズくんのお父さんやお母さんがああいう状況なのに無神経に誘ったりして……」


 ああ、なるほど、そう言う事か。オレがあんまりにも真剣な顔で悩んでたから、勘違いしたのか。


「いや、違う違う! 確かに、親父とお袋は行方不明だし、それが原因で高校だってやめたけどさ。今はこうやってこの喫茶店で雇ってもらえたし、普通に暮らしてるわけだし……さ」


 マコ姉はうつむいたまま顔を上げようとしない。


「で、今日なんだけど、今晩はちょっと出かける用事があるんだよ……ほら、昼間にバイトに来ただろ? 昼間やろうと思ってたことを夜にやんなきゃならないしさ。それで、残念だって言うのが顔に出ちゃったみたいなんだよな」


 オレは精一杯の嘘をつく。

 マコ姉には、こんなくだらないことで落ち込んでほしくなんかない。


「本当ですか?」

「ああ、オレが嘘なんか言ったことなんかあるか?」

「……はい、たくさん」

「ちょっと、マコ姉! そこはないって言うとこだろ?」


 マコト姉は悪戯っぽくいう。オレも苦笑する。

 そんな事をしていると、ドアが開き珍しくお客さんが入って来た。


「いらっしゃいませぇ」


 マスターが言いながらカウンターの中に入る。


「いらっしゃいませ! お席にどうぞ! じゃあ、マコ姉。またな」

「はい、ではまた」


 オレはそう言うとお客さんを席に案内する。そして、仕事に戻った。


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