#4 ダメ女神登場
「おい! 出てこい! このダメ女神が!」
「お、おい、いきなりどうした?」
天井に向かって叫ぶ。あれが確かなら……。
「ちょっと! ダメ女神ってどういうことよ!」
いかにも女神と言った感じの真っ白なローブを着た半透明の女が、天井から姿を現す。
「出やがった。この嘘つき女神が!」
「ちょっと! 嘘って何よ!」
「なに言ってやがる。オレが勇者とか言ってたくせに、本当の勇者はあいつだっただろうが!」
「いや、それは……その……ちょっとした手違いって言うか……」
「それに相手の言葉もわからない状態で放り出すとか何考えてんだよ!」
「でも、ちゃんと翻訳の魔法とかかけてあげたでしょ!」
「なに言ってんだ。一週間後にいきなり現れて、魔法だけかけてさっさといなくなっただろうが!」
「それは……その……ちょっとした手違いが重なった結果と言うか……」
「おい、カズマ、そいつは一体……」
フレイを見る。不審そうな顔……ああ、そうか。そうだよな。いきなりこんなやつが現れたら、そりゃ驚くよな。
「ああ、こいつはそっちの世界の女神様でソフィアって言うんだ。オレを向こうの世界に呼んだ張本人さ」
「女神様? いや、まあ……そんな姿を見たら信じるしかねぇか」
フレイは眉間にしわを寄せて何か考え込んでいる。
「おい、とりあえず、こいつをお前の力で元の世界に送り返してやってくれ」
ソフィアの顔をしっかりと見る。ソフィアのやつは驚いたような顔でオレを見る。
「はぁ? なんでよ!」
まあ、この反応は当然だな。しかし、オレには切り札がある。
「おい、オレが世界を救ったらなんでもしてくれるって言ったよな?」
「うっ……そ、それは、確かに言ったけど……」
「間接的にでも世界を救ったんだから、オレの言うことを聞く義務があるんじゃないのか?」
「それは……そうなんだけど……その……ええい! わかったわよ! いいわ! 送り返してあげる!」
「よし! これで大丈夫だな」
「ただ、すぐには無理よ」
「え?」
オレは思わず顔をしかめる。どういうことだ?
「色々とこっちでも準備がいるのよ。だから、ちょっと待ってちょうだい」
「なにってんだよ! 女神ならとっととできるだろ? って言うか、期限すらわからないってどういうことだよ!」
「わからないものはわからないんだから仕方ないでしょ! 星の巡りや魔力の生成速度、次元の揺らぎとか山のようにあるんだから!」
「そんなん知るかよ!」
「なんですって!」
オレとソフィアはにらみ合う。
こいつのせいでオレは苦労してきたんだから、ここで引き下がるわけにはいかない。
「ちょ、ちょっと待て!」
にらみ合うオレたちの間にフレイが割り込んでくる。
「ああ、そうだ! 一番の被害者である、お前からも言ってやってくれ。この女神に――」
「そうじゃねぇだろ! 馬鹿なのか? てめぇはなに考えてやがる!」
「え?」
こいつ、なに怒ってんだ? って言うか、馬鹿ってどういうことだよ。馬鹿って。
「おいおい、おまえを自分の世界に返してやるって言うのに馬鹿とか――」
「自分がなにやってるのかわかってんのか? なんでも望みがかなうって言うのに、それを俺のために使うとかなに考えてんだよ!」
「え? なんだ、そんなことか」
「そんなことだと!」
凄まじい剣幕で怒鳴られる。正直怖い。
これならグレートドラゴンの前に一人で立つ方がいくらかましだ。
いや、それはそれで遠慮したい。あれと戦うのはさすがにきつすぎる。
って、今はそう言う話じゃない。
「だって、おまえが帰るのが一番重要な問題だろ? そりゃ、確かに、欲しいもんとかはないって、言ったら嘘になるけどさ」
頭をかきながら笑う。
そんなもんよりも重要な事ってあるだろ?
「馬鹿が……」
フレイはそう言うとうつ向いてしまう。
まいったな。よかれと思ったんだけど、きちんと話した方がよかったか。
「あの……もう帰ってもいいかしら?」
女神が呆れたような顔で言う。
うん、すっかり忘れてたな。
「え? いやいやいや、キチンと期限は決めてもらわないとダメに決まってるだろ!」
「うーん……もうしかたない。わかったわよ……ちょっと待ちなさい」
ソフィアがそう言うと分厚い青い表紙に金の装飾が施された、豪華な本が現れる。
「えーと……世界の揺らぎと……魔力の高まり……それから……」
ソフィアはぶつぶつ言いながらページをめくる。その目は真剣だ。
「……よし、わかった!」
そう言うと本をパタンと閉じて俺たちの方を見る。
「こっちの世界で一か月、約一か月待ってもらえればちょうどいい感じで転移できるわ」
「ほんとだな? 嘘だったら……」
「わかってるわよ。これでも神様なんだから信用してよね。ああ、その前にこれにサインをちょうだい」
ソフィアが言うと、オレの前に一枚の紙とペンが現れる。
「カズマから、フレイさんに権利が移ったていう言う同意書よ」
「契約書? むこうじゃこんな紙は用意しなかったくせに」
文句を言いながらもサインをする。ここでごねても仕方ない。
「あの時は忙しかったんだから仕方ないでしょ……あ、あと、これはサービスね」
ソフィアはそう言うと手のひらをフレイに向ける。
するとフレイの体が一瞬光に包まれ、その光がフレイの体に吸い込まれた。
「おい、ソフィア。今のは……」
「翻訳の加護よ。言葉がわからないのは大変でしょ? って言うか、これでもむこうの世界を救ってくれたことは感謝してるのよ?」
「だったら、すぐにでも……」
「あ、いっけなーい。もう帰らなくちゃ。じゃーねー」
棒読みでそう言うとソフィアの姿は空気に溶けるように消え始める。
「あ、言っとくけど、そのチャンスを逃したら、二度はないわよ? タイミングを外した転移は十中八九、間違いなく失敗して死んじゃうから」
不穏な言葉を残しソフィアの体は完全に消える。
逃げられた……まあ、詳しい日取りはわからないけど、一か月って約束もできたんだ。それでよしとしておこう。
オレはそう考えながらフレイを見る。
フレイは相変わらず、うつむいたままだ。
まいったな。でも、あの場面じゃああするしかないしな。
「なあ、フレイ――」
言いかけたところで、懐かしいスマホの着信音。思わず反射的に出てしまう。
『石崎くぅん、起きてるぅ』
語尾に特徴がある、懐かしい男性の声。バイト先の喫茶店のマスターだ。
「ああ、マスター。お久しぶりっす」
『なぁに言ってるのぉ? 昨日の夜に別れたばっかりでしょ?』
「え? あー……すんません。勘違してました」
『もぉう、ぼけちゃったのぉ?大丈夫ぅ?』
「え? あ、はい。大丈夫っす。なんか用っすか?」
『うん、実は今日のバイトなんだけどぉ、これから来てくれなぁい?』
「バイトっすか?」
『そうそう。実は佐々木君が休んじゃってぇ。お手当もちょっと色付けるしぃ、どうかなぁ?』
店長にはかなり世話になっている。
だけど、この状況を放って置くわけにもいかないよなぁ……でも――。
「わっかりました。えーと、準備とかで一時間くらいかかるっすけど平気っすか?」
『もちろん! いやぁ、ありがとねぇ』
「じゃあ、これで」
うん、こっちも気になるけど、店長は恩人だしな。
「フレイ……その……」
勝手に決めたけど、大丈夫かな?
やっぱり怒るか?
「恩人のピンチなんだ。別におまえを放っておきたいわけじゃないんだけど、帰ってきたらゆっくり話し合うからさ」
許してくれるか?
「……はぁ、もう……ダメなんて言えるわけねぇだろ? てめぇが困ってる人を見捨てられねぇとか、命を助けられた俺が一番わかってるんだからよ」
フレイは頭をかきながら、困ったような顔で言う。
もう怒ってはいないらしい。
「じゃあ、悪い。ちょっと着替えてくるからさ。そしたら、家の事とか説明するから、ちょっと待っててくれ」
「ああ、わかった」
フレイはソファに座る。一方、オレはそのまま二階の自分の部屋へ。
色々と考えることはあるが、とりあえずは目の前の事を一つ一つだよな。