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#3 和解

「う、うーん……」


 オレは目を覚ます。まだ、まぶたは思い。

 後頭部に少し固い感触……だけど、なんとなく落ち着く感じがする。

 あれ? オレは確か、うつ伏せで倒れたと思ったんだけど……いや、そんなことはどうでもいい。

 早くフレイを追わないと!


「ん? なんだこれ?」


 起き上がろうとして、手を伸ばす。その伸ばした手に感じる柔らかい感触。

 うん、この感触は覚えがあるんだけど……。

 オレはゆっくりと目を開く。


「おい、てめぇ、なにやってんだ」


 月明りに照らされたフレイの冷たい声と視線。オレの手はフレイの胸を思いっきりわしづかみにしていた。


「うわ!」


 オレは手をはなし、起き上がろうとする。だけど、すぐに倒れてしまった。


「おいおい、まだ無茶するなよ。ほら、これでも飲め」


 フレイはオレの体を少し起こすと、ペットボトルのスポーツドリンクを飲ませてくれる。生ぬるいが、おいしい。


「ふう……落ち着いた……ありがとな……」

「おう」


 フレイは再びオレを横にしてくれる。

 そのまま周りを見る。

 神社の境内へと上がる階段、フレイが膝枕をしてくれている。

 どうやら、倒れたけど、フレイが助けてくれたらしい。


「えーと……うん、あそこで倒れるとは思わなかった……もう少し、かっこよく、いい感じに再会する予定だったんだけどなぁ」


 オレは思わず顔を覆う。


「なに言ってんだよ。死ぬ気で追いかけてきてくれたんだ。十分かっこよかったぜ」

「……あー、やっぱりオレの状態はバレてたか」

「ああ、あったりめぇだろ? オレだって部下を何人も引き連れてたんだ。てめぇみたいなやつだって何人も見てきたからな」


 オレは指の間からフレイの顔を見る。少し呆れたような顔をしている。


「すごく恥ずかしいんだけど……なんだよ、隠してきたのに無駄だったのか」

「そうでもねぇよ。おまえの優しさは十分に伝わったからな……ただ、相談すらしてくれねぇのは寂しかったけどな」


 風が木々を揺らす音が聞こえる。


「あー……それは悪かった。せっかくこっちの世界に来たんだから、つまんないことで悩んだり、苦しんだりして欲しくなかったんだよ」

「まったく、俺がそんな弱い人間に見えたのか?」

「いや、そうじゃないけどさ。そうじゃないけど……」


 オレはむこうの世界に行った時のことを思い出す。


「わりぃ、そうだよな。ああいうことを経験したら、おまえだったら俺に気を遣うのも当然だよな」


 フレイが暗い顔をする。


「あ、もしかして、風呂場でのことを聞いてたのか?」

「風呂場? なんだそりゃ?」

「あ、いや、違うんだったらいいんだ、うん……でも、よくオレが苦労してるとかわかったな」


 オレは話を逸らす。よかった。あれは聞かれていなかったらしい。さすがにあれを見られてたら恥ずかしいよな。


「まあな。こっち来た時に背中に傷を見つけたからな。それなりに古い傷だが、てめぇが勇者の仲間になってから捕まったって報告はなかった……そうなりゃ、俺の世界に来てすぐだってことぐらいは見当がつくだろ」


 フレイは得意そうににやりと笑う。


「よくそれだけでそこまでたどり着けるよな」

「あたりめぇだろ? これでも部下を抱えて指揮官やってたんだ。その程度がわからねぇなら将軍になんかなれるかよ」

「それなのに、今日はあんな無茶したのか?」

「そ、それは……仕方ねぇだろ? こんな気持ちになったのは初めてだし、どうしていいかわからなかったんだからよ。恋愛映画とか小説とか呼んでも、あんな甘ったるい告白とかできるわけねぇしな」


 フレイは顔をそらして頭をかく。

 あのやり方の方がよっぽど恥ずかしいと思うけど、まあ、こいつらしいか。


「なあ、フレイ……オレの気持ちなんだけどな」


 オレはフレイの顔を見つめる。

 フレイがきちんと告白してくれたんだ。どんな形であれ、オレの思いもきちんと言わなくちゃならない。

 フレイの真剣な顔……真っ赤な瞳が俺も見つめる。


「マコ姉……マコ姉は確かに大切な人だ。オレはマコ姉のためなら全部を捨てても構わないって思ってる」

「そうか……」


 フレイの少し寂しそうな顔。オレは話を続ける。


「でもな、フレイ……オレはおまえだって大切なんだ。おまえが困ってるなら全部捨てても助けるし、おまえとマコ姉、どっちかしか助からないとか言われても、二人とも助けるって道を選ぶと思う」


 風が吹き抜ける。遠くで犬か何かの遠吠えが聞こえてきた。


「いや、わかってるだよ。どっちも大切とか、答えとしては最低だってな……でも、隠し事や嘘はもうなしにするって決めたからさ」

「いや、そんなことたぁねぇよ。もうすぐ俺はむこうに帰るって言うのにきちんと話してくれたんだ」


 フレイが俺の頭を優しくなでてくれる。

 すごく落ち着く。


「それに、死にそうになりながら俺のためにここまで来てくれるとか……恋愛映画みてぇですげぇ嬉しかったしな」


 フレイの太陽のような明るい笑顔。

 安心する。

 だけど、これは聞かなきゃならない。


「……なあ、オレがこうなってる原因、知ってるんだよな?」


 吐き出せるものは全部、吐き出そう。

 オレのためだけじゃない。こいつのためにもそれは必要だ。


「ああ、あの時、てめぇとマコトの話を聞いてたからな」

「そうか、やっぱりか……なんていうか、忘れたり、なかったことに出来ればいいんだけどな」


 ああ、全部なかったことにすれば……。


「そりゃダメだ」

「え?」

「てめぇにはわりぃが、忘れたり、なかったことにしたら、俺が俺じゃなくなっちまうからな。今の過ごしてるこの時間だって、俺やてめぇ……いや、それだけじゃねぇ……世界に生きる誰かの一つ一つの積み重ねだ。なにかが欠けても、この世界じゃなくなっちまうだろ?」


 オレはその言葉に今までのわだかまりや、苦しみがほどけるように消える。そして、心が軽くなるのを感じる。

 ああ、そうか。そうだよな。そういうことだよな……。


「ふ……ふふふ……あーははは!」


 オレは笑う。言われてみれば簡単なことだ。


「おい、どうしたんだよ?」

「いや、悪い……なんて言うか、オレはさ。今まであの出来事を忘れようとしてたんだよ。いつか全部、忘れられて、なんとかなるって」


 フレイの言葉で自分がなんで苦しんでたかがはっきりわかった。


「でもな。おまえの言ったとおりだ。全部つながってるし、どんな記憶も、思い出も、今のこの時に繋がってるんだよな」


 そうだ。受け入れるしかない。考えないとか、避けてどうにかなる問題じゃないだ。


「まったく、こんな簡単な事だったら早くお前に相談しとけば……いや、違うな。相談しなかったから、こうなったんだよな」

「まあな。お互い、ずいぶんと恥ずかしいことになっちまったけど」


 オレたちは笑いあう。

 フレイが帰るまでもう時間もない。せめて、楽しく――。

 そう思った瞬間、視線を感じてオレは起き上がる。そして、参道の方を見る。


 透き通った体の真っ白なローブを着た女――ソフィアが浮かぶように立っていた。





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