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#4 すれ違い

「あれ? フレイ、帰ってたのか?」


 オレはリビングをみる。フレイがソファに座っているのが見えた。

 なんだか難しそうな顔をしている……あ、さっきのもしかしたら見られてたのか?

 それはさすがに恥ずかしいかもしれない。


「フレイ?」

「え? ああ、カズマか。どうしたんだ?」

「どうしたはこっちのセリフだよ。帰ってきたなら、ひと声かけてくれればいいだろ」

「ああ、わりぃ。ついさっき帰ってきたところで、ちょいと考えごとをしてたからな……あっ、マコトはなんか、頼み忘れたもんがあるからって出かけたぞ」

「そうか」


 キッチンで水を一杯だけ飲む。

 うん、おいしい。ほてった体に染みわたるようだ。

 そう言えば、フレイは大丈夫かな? なんか元気がないんだよなぁ。

 オレはリビングに向かう。


「カズマ。あれから体調はどうだ?」


 オレが声をかけようとするけど、フレイが先に声をかけてきた。相変わらず難しい顔をしている。


「ああ、まあな。よく寝るようにはしてるからな。特に問題はないさ」


 嘘をついた。

 十分に眠れているかと言えば眠れてはいない。

 寝付けないし、夜中に目が覚めたり、朝早くに目が覚めることもある。


「そうか……ならいいんだけどな」


 フレイはそう言うと手を頭の後ろに当てながら天井を見る。

 なにを考えているかよくわからないけど、やっぱりフレイの様子はどこかおかしい。


「なあ、フレイ。本当にどうしたんだ? 困ったことがあるなら、何でも言ってくれよ。こっちに来た最初の日にも言ったけど、おまえは大切な友達だしさ」


 そうだ。こいつは大切な仲間だし、友達だ。


「ほら、もう、おまえが帰るまで時間もないけど……なんでも相談に乗るからさ」


 帰るまで、後一週間もない。言葉に出すと実感する。

 でも、こいつには帰るべき世界があるんだし、仕方ないよな。

 フレイをみると、目を閉じてなにか考えているらしい。


 少しの沈黙……フレイがゆっくりと口を開ける。


「なあ、カズマ……ちょっとお前の部屋で話したいことがあるんだけど、いいか?」


 フレイの真剣な声。

 オレの部屋? 部屋に二人きりっていうのはさすがに……って、思うけど、相談したいって言ってくれたんだ。まあ、いいか。


「ああ、じゃあ、行くか」


 オレは立ち上がると二階へと移動する。フレイもその後をついてくる。

 部屋に入るとオレはベッドに腰を掛けた。一方、フレイは椅子に座る。


「さて、どうしたんだ?」


 オレの声にフレイは反応せずに、じっと考え込んでいる。


「フレイ?」


 フレイは突然立ち上がると、オレの目の前にやってくる。

 オレはその顔を見上げる。うん、背も高くてやっぱり美人だよなぁ……って、なに考えてるんだよ。きちんと相談に……。


「うわ!」


 そんな事を考えていると、フレイが俺を押し倒してくる。


「カズマ……オレを抱いてくれ」

「はぁ? なに言ってんだよ、おまえ」


 抱く? 俺が? フレイを? え? どういうこと?


「こ、こんな雰囲気もねぇ状況で、筋肉ばっかで抱き心地はわりぃかもしれないけど……は、初めてだからさ……」

「フレイ! ちょっと、待てって!」


 オレはフレイの肩をつかむ。


「なあ、どうしたんだよ? 冗談……じゃないのはわかるけどさ」


 初めての意味くらいオレだってわかってる。

 だけど、なんでそんなことをするかは全くわからない。


「……ねぇだろ……」

「え?」

「仕方ねぇだろ! てめぇを好きになっちまったんだから!」


 突然の告白……オレは混乱する。

 フレイがオレを好き? え?


「わかってんだよ。てめぇがマコトが好きだってことは……だから、俺ができるのはこんな娼婦まがいのことだけしかないだろ!」

「ちょ、ちょっと待てよ! なんで、ここでマコ姉の名前が出るんだよ! マコ姉は……その……」


 マコ姉は、オレにとって……オレにとっては、なんなんだろ……。

 好きかと言われればもちろん好きだけど……でも、大切な家族で……。


「てめぇだって気付いてるんだろ? 自分がマコトを好きだってことくらい」

「え?」


 オレはフレイの声に現実に引き戻される。

 顔に冷たいものが落ちてきた……涙だ。

 フレイが泣いている。心臓が締め付けられる感覚を味わう。


「悪かったな……」


 つらそうな声を出しながら、フレイは両手で顔を覆う。

 そして、俺から離れた。

 オレは体を起こし、フレイを見つめる。


「そう……だよな。てめぇは、そう言うやつだよな……好きな女が、いるのに……他の女に、手を出すとか……できるわけねぇよな……」


 フレイはこちらを向かず、腕で涙をぬぐいながら言う。涙まじり悲痛な声。


「フレイ……その……」


 言葉が出ない。考えることが多すぎる。思考がまとまらない。

 それが戸惑っていると、フレイはドアを乱暴に開け部屋を出ていく。

 階段を降りる音。そして、乱暴に玄関が開けられる音が聞こえた。


「オレは……」


 追いかけられない。追いかけて、なにを言っていいかもわからない。

 ふと机の上を見る。

 縁日で買ったペンダントと貰った指輪が見えた。

 オレは立ち上がるとそれを手に取り見つめる。


 フレイとマコ姉……俺が二人をどう思っているのか?

 マコ姉は大切な人だ。それは間違いない。マコ姉が困ってたらオレは全部捨ててでも助けに行く。

 じゃ、フレイはどうだ? フレイが困ってたら……。


「そんなの……決まってるだろ!」


 ペンダントをつかむと部屋から出て、階段を駆け下りる。

 オレはそのまま外に出た。


「うっ……」


 外はすでに日も落ちかけ、あたりは夕焼け色に染まっていた。

 できる限り意識を集中させて景色を見ないようにする。だけど、軽いめまいと息苦しさに動き出すことができない。

 でも……それでも今は行かなきゃいけない。

 オレは目を閉じ深呼吸する。


「カズくん?」


 マコ姉の声。オレは目をゆっくりと開く。


「どうしたんですか?」

「マコ姉……」


 優しく微笑んでくれるマコ姉……さっきまでの苦しさが少し楽になった。


「お出かけですか?」

「ああ、ちょっとフレイを探しにな。その……ちょっとケンカしちゃってさ」

「そうですか……でも、大丈夫ですか?」


 マコ姉がオレの手をしっかりと握る。

 多分、マコ姉にはオレがどんなにきつい状況かわかってるはずだ。

 だから、こうやって励ましてくれる。


「……ああ、大丈夫。ありがとな」

「わかりました……カズくんも大人になったんですね。でも……」


 マコ姉がオレの手を痛いほどしっかり握ってくる。


「お姉ちゃんはカズくんが頑張ってるのを知っています。だから、学校を辞める時もなにも言いませんでした。でも、今は言います」


 笑顔だけど、マコ姉の真剣な目。オレもしっかりと見つめ返す。


「頑張ってください」


 力が湧いてくるのがわかる。

 この気持ちが恋なのかどうかはわからないけど。マコ姉もフレイも、オレにとっては大切な人だ。


「マコ姉……ああ、ありがとな……じゃあ、行ってきます!」

「はい、いってらっしゃい。あ、夕飯はカレーを作っておきますから早く帰ってきてくださいね」


 オレはマコ姉の手を離し走り出す。


 フレイが行きそうな場所……静かで、考え事ができそうな場所……あいつになじみが少しでもある場所……そうだ、神社だ……でも、いなかったら……いや、そんなことを考えてる場合じゃない!

 とりあえず、走るしかない!


 オレは神社に向かって走り出す。


 途中で軽いめまいと息苦しさがだんだんと強くなるのを感じる。走っているからじゃない。それはわかる。


「もう少しだ」


 オレはつぶやく。

 短い石段を一気に駆け上る。中段に差し掛かる。ここまでくれば……。

 オレは安心し、油断してしまう。大丈夫だと思った。

 だけど――。


「え?」


 声が聞こえた気がして、思わず振り向く。

 目には、夕日に染まった真っ赤な街並みが飛び込んで来た。

 まるで炎に包まれたかのように真っ赤な街並み。


「あ……ああ……」


 悲鳴が聞こえる。ひどく不快な臭い……内臓が締め付けられる感じがする。

 気持ち悪い。動けない。汗が止まらない。心臓が音がはっきりと聞こえてくる。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 呼吸が早くなる。オレは両ひざをつく。オレはなんとか四つん這いでも石段を登ろうとした。

 しかし、意識がどんどんと遠のいていくのがわかる。

 やっぱり、体がまともに動かない。


「ダメ……なのか……」


 諦めるわけにはいかない、だけど……。

 オレは無意識にズボンのポケットに手を伸ばす。

 スマホは……置いてきたんだったっけ? けど、手に別の感触を感じる。

 あの祭りの日に買ったペンダントとフレイに貰った指輪だ。


「……」


 フレイの泣いた顔が目に浮かぶ。

 オレは必死で階段を上る。

 足が重い。いや、体中が重い。ひどくだるい。そういや、寝不足だったな……いや、だけど、まだ動ける。


 オレは石段を上り切った。

 少し離れた神社の前、夕日に照らされたフレイが立っている。

 よかった……選んだ場所は間違ってなかった。

 安心……全身の力が抜ける感覚がする。


「フレイ!」


 渾身の力を振り絞って、叫ぶ。

 オレに気付くとフレイは驚いたような顔でオレを見る。そして、逃げ出そうとする。


「フレイ! 待って――」


 足がもつれる。耐えようとするが力が入らない。

 どうやら、気力の限界らしい。オレはそのまま倒れ込む。

 石畳が熱い。だけど、意識を保てない。


「ここまできて……大事なところで……」


 いや、まだだ。少しだけ休んで、また追えばいい。諦めるわけにはいかない。

 遠くでフレイの声が聞こえた気がしたが、オレはそのまま意識を失った。

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