#3 思い出した記憶
「思い出した! って言うか、悪かった!」
オレはベッドから降りて、土下座する。
ただの転移魔法じゃない。。
むこうの世界からこっちの世界への転移――完全に予想外だった。
確かに役目を果たせば戻ってこれる、って言われてはいたけど、このタイミングだったとは……。
「おいおい、なにやってんだ。やめてくれよ」
「だけど……」
「あん時はあれしか方法がなかったんだろ? むしろ、俺の方が感謝しないといけねぇぐらいなんだからよ」
フレイの手がオレの背中に当てられた。
優しさを感じる。その言葉に嘘はないとは思う。
オレはゆっくりと顔を上げた。
「まあ、なんだ。あそこで死ぬよりはましだろうからな。気にすんな」
「……ずいぶんと冷静なんだな」
「まあな。じたばたしてもはじまんねぇだろ?」
フレイは頭をかきながら言う。
やっぱり、帝国軍の四将軍をつとめてただけある。この対応力は、オレが初めて向こうに行った時とは大違いだ。
「えっと……」
「なあ、こっちの世界はどんな感じなんだ?」
「え?」
「戦争とか、治安の悪さとか、そう言うのがあるなら、それなりの対応もしなくちゃならねぇからな」
フレイは落ち着かない様子を見せる。
殺気まじりの警戒の態度。この状況で、真っ先にその辺を気にするのはさすがだ。
オレなんて、むこうの世界が平和かどうかすら考えられなかったからな。
「それは大丈夫。こっちの世界は、って言うか、この国ならむこうと違って戦争はやってないし、治安もかなりいいから」
「そうか……じゃあ、いいんだけどよ」
オレの言葉に、フレイの体からさっきと警戒心が消えるのがわかる。
信じてもらえたのか?
「ん? どうした?」
「いや、ずいぶんとあっさり信じるんだな」
「まあ、疑ってもきりがねぇからな。それに、命の恩人のてめぇが言うなら信用するしかねぇだろ」
フレイは頭をかきながら言う。信用されたのはうれしいけど、そこまで信用されるのは少し照れるかもしれない。
「さて、とりあえず、なにか飲むか? 落ち着いて、もう少しこっちの世界の話とかしたいしな」
「そうか……ああ、わかった。こっちの世界に関してはてめぇの方が大先輩だからな……なんなら、先輩って呼んだ方がいいか?」
「はいはい、冗談はいいからいくぞ」
立ち上がるとまわりを見渡す。
「あったあった」
黒いスマホ……オレがこっちの世界で使ってたやつだ。
そういや、今は何年だ? 部屋を見た感じだと、数年間向こうの世界に行った割にはきれいだけど……。
そんな事を考えながらスマホの画面を見る。
「はぁ? なんだこりゃ!」
「どうした?」
画面をよく見る。
時間は六時ちょっと前、日付は七月の……オレは寝てる間に向こうの世界に飛ばされたけど、あの日から一日すら経ってないってことか?
西暦のところを確認しても、オレが飛ばされた年であってる。
どういうことだ?
「マジかよ……」
「だから、どうしたんだよ」
「ああ、悪い。なんて言うか、むこうで数年生きたはずなのに、こっちに戻ってみたら時間がほとんど進んでないみたいでさ」
「なんだ、そんなことか」
フレイは気の抜けたように言う。
「異世界に行ったりしてるのに、いまさら時間がどうとか気にするのか?」
「……まあ、言われてみればその通りか」
「だろ?」
フレイは笑う。
確かに、あんなありえないことがあったんだから、時間とか小さい問題……なのか?
うん、まあ、むしろ時間がたってた方が面倒だっただろうしな。
行方不明で突然、現れたとか下手に騒ぎになっても面倒だし。
「さて、じゃあ行くか」
フレイと一緒に一階へと下りる。
「じゃあ、先に行っててくれ」
「ああ、わかったぜ」
フレイを先にリビングに行かせる。そして、オレはキッチンで水道から水を一杯のむ。
うん、うまい。
向こうじゃきれいな水なんて意外と貴重だったからな。
さて、飲み物は……麦茶があるけど、もう古い……。
「いや、古くはないだろ。なに言ってんだ、オレ」
オレは冷蔵庫から麦茶を取り出す。
時間は経ってないんだから、古くなるも何もないだろ。
そんなこと思いながら、コップに注いでリビングへ向かう。
「おい、どうした? 座らないのか?」
リビングでは、フレイは座らずに立っている。なにやってんだ? こいつ。
「いや、おまえを差し置いて座るわけにもいかねぇだろ? 一応、そのくらいの礼儀は知ってるからな」
フレイは頭をかく。
変なところで律義なやつだ。
「ったく、なに言ってんだよ」
「いや、だがな……」
「わかったわかった。じゃあ、自分の家だと思ってくつろいでくれ。堅苦しいのはごめんだからな」
「……わかった。ありがとな」
オレは苦笑いしながら、テーブルにジュースを置く。
そして、床の上、クッションに座った。フレイは何か言いたそうだったが、そのままソファに座った。
「さて、じゃあ、とりあえず、自己紹介……は必要ないよな?」
「ああ、今更だな」
「じゃあ、簡単にこの世界の事を説明するか。まずは……」
この場所が日本と言う国であること、政治やら警察について、むこうと比較した貨幣価値、この世界には魔法がなく、魔導科学は存在しないと言うこと……できる限りのことを説明していく。
「ふーん……なるほどねぇ。だいたい分かったぜ」
「ほんとか? 結構、色々と覚えることがあったけど」
「最低限、押さえるところを押さえればいいだけだからな。後はその都度、聞けば問題ないだろ」
「まあ、そりゃそうか」
と、そこまで話したところで、オレはあることに気付き。テレビをつけた。
ちょうど朝のニュースを放送している。
「ん? なんだそれ? 板に絵が写るとか魔法……いや、この世界に魔法はねぇのか」
フレイは興味深そうにテレビを見つめる。
「テレビって言うんだけど……なあ、フレイ。このテレビの言葉とか文字とか読めるのか?」
「あー……いや、なに言ってるかさっぱりだ。文字も読めねぇな」
「そうか、やっぱりか……」
オレは頭をかく。
むこうの世界から来たんだ。文字も言葉もわかるわけないよな。オレがそうだったんだから当然か。
「まいったな……」
「なあ、カズマ、どういうことだ?」
「むこうの世界とこっちの世界じゃ言葉が違うんだ」
「そうか……ん? いや、待てよ。そりゃおかしいだろ?」
フレイが顔をしかめる。
「おまえはどうなんだ? 俺にはお前の言葉がわかるし、普通に通じてるだろ?」
「あ、それか……それなら簡単さ。オレには向こうに行ったあと、翻訳の加護をダメ女神の……ソフィア……から……」
ん? そう言えば、オレはあいつに呼ばれてむこうに……。
「あーっ! 思い出した!」
オレは思いっきり立ち上がる。
「ど、どうしたんだよ?」
「そうだよ。オレが向こうに行ったんだから、おんなじ方法で帰ればいいんだよ!」
「え? でも、どうやってだ?」
「ああ、任せてくれ……確か……」
そうだ、オレが向こうの世界に行くときに、あいつが約束してくれたはずだ!




