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#2 傷跡

「ただいまっと……うー、あっちぃ」


 オレは家に入る。さすがに昼間っから外に出ると、汗で全身べとべとになる。

 正直、かなり気持ち悪い。


「あ、カズくん、お帰りなさい」


 マコ姉が麦茶の入ったコップを持ちながらキッチンから出てくる。


「はい、買ってきたよ」

「ありがとうございます。じゃあ、ご褒美に麦茶をあげましょう」


 オレはスーパーの袋を渡すと麦茶を受け取り、一気に飲み干した。

 冷たくて美味い。うまいけど。


「いたた」


 頭を押さえる。冷たいものを一気に飲んだから頭が痛い。


「もうカズくんったら」

「だって、仕方ないだろ? こんなに汗かいてるんだからさ……って、あれ? フレイは?」


 オレはフレイの靴がないことに気付く。


「まだ帰ってきてはいませんよ」

「そうか……なあ、マコ姉。フレイからなにか聞いてるか?」

「え?」

「いや、なんかあいつ。この前からなんとなく、元気がなさそうだったからさ」


 この前……そう、あの祭りに行った日から、なんとなくフレイの様子がおかしい。

 帰るまであと一週間もないけど、ちょっと心配になる。

 明らかに元気がないし、どことなく態度がよそよそしいんだよなぁ。


「そう……ですね。気になるんだったら一度きちんと話しあった方がいいと思いますよ?」

「……そうか。うん、そうだよな」


 悩んでいるくらいなら、直接聞いた方がいいよな。


「マコ姉。ありが、は、は……はくしょんっ! うう、体が冷えてきた」

「じゃあ、お風呂に入りますか? もう沸かしてありますから」

「あ、ありがとう。じゃあ、入らせてもらうよ」


 オレは家に上がると二階へ着替えを取りに行こうとする。

 だけど、マコ姉に呼び止められた。


「着替えは用意しますからすぐにお風呂に行ってください」

「いや、だって、子どもじゃないんだからそのくらいは……」

「はいはい、わかりましたから早くお風呂に行ってくださいね」


 マコ姉は笑顔で言う。ここで下手に言い争うのも時間の無駄だ。

 長い付き合いだからわかる。こういう時のマコ姉が引いたことはない。


「了解。じゃあ、このまま入らせてもらうから」

「はい、よく温まってくださいね」

「ああ、わかった」


 オレはそのまま風呂場へと行く。

 服を脱ぐ。冷え切って体に張り付いた感じが、やっぱり気持ち悪い。

 その服を洗濯カゴへ放り込むと、オレは風呂場の中に入る。


「さてと、まずはシャワーを浴びてっと」


 オレは椅子に座りシャワーを浴びる。

 あったかくて、気持ちいい。

 シャワーで一通り汗を流すと、オレはスポンジにボディソープを付けて体を洗い始める。


「カズくん。じゃあ、着替えを置いておきますね」


 ドアの外からマコ姉の声。


「ああ、ありがとう」

「いえいえ……あっ、そうだ。お背中、流しましょうか?」


 突然の提案。あ、これはオレをからかってるな?

 前も家に泊まりに来た時にはこういう風にからかわれたんだよなぁ。

 うん、いつもは断るけど、お返しだ。こっちもからかってやろう。


「ああ、じゃあ、お願いしようかな?」


 いくらマコ姉で……。


「じゃあ、仕方ないですね」


 ドアの開く音がして、マコ姉の声が近づいてくる。

 え? 嘘、冗談でしょ? え?

 オレは慌てて近くにあったタオルで股間を隠す。


「ちょ、マコ姉! なにやってんだよ!」

「え? カズくんが背中を洗って欲しいって言ったんじゃないですか?」

「いや、それはそうだけど!」

「それに昔はよく洗いっことかしたじゃないですか。マコ姉の胸ってすげぇやわらかいんだな、とか言ってたのを忘れたんですか?」


 マコ姉のいたずらっぽい声が聞こえる。

 顔が熱い。かなり恥ずかしい。


「ばっ、それは子どもの頃の話で!」

「はいはい、じゃあ、スポンジを渡してください」


 こういう時のマコ姉には何を言っても無駄なのはよくわかる。

 多分、一生マコ姉には勝てないんだろうなぁ。

 オレはおとなしくスポンジを渡す。


「じゃあ、洗いますね」


 マコ姉が背中を洗ってくれる。片手を肩に置いて洗っているけど、その部分だけ妙に熱い気がする。

 やっぱり、かなり恥ずかしい。


「カズくんの背中……いつの間にか大きくなりましたね」

「そうか? ああ、まあ、最後に一緒に入ったのは……小学校の頃だっけ?」

「ええ、そうですよ。この傷ができてからは一緒に入ってくれなくなりましたよね」


 マコ姉は手を止めさみしそうに言う。。


「いや、別にそう言うわけじゃないさ。ただ、恥ずかしくなって一緒に入らなくなっただけだから」


 嘘をつく。

 この背中の傷はマコ姉を守るために付いた傷だ。

 失敗した。マコ姉はもう気にしてないかと思ったけど、やっぱり、忘れられないよな。


「カズくんは優しいですね」

「そうでもないさ」


 あの日、俺たちは二人で商店街に出かけていた。だけど、そこで事件が起きた。

 通り魔による無差別切りつけ事件――オレはマコ姉を守って背中を大きく切るつけられた。


 犯人はその直後に警察に捕まったし、マコ姉は無事だったことはよく覚えてる。

 あの時の傷の痛み。そして、あの時の泣いているマコ姉の顔は今でも忘れられない。


「それにしても、カズくんも苦労したんですね」

「え?」

「こんなに背中にいくつもの傷が付いてるじゃないですか」


 マコ姉がいくつかの古傷を優しくなでてくれる。


「ああ、まあな……」


 この傷のことはちょっと言いにくい。

 あんまりいい記憶でもないしな。

 オレは口ごもる。すると、マコ姉がその小柄な体で、優しくオレの背中抱きしめてくれる。服のままだから大変なことになってると思う。


「ちょっと! マコ姉!」

「……カズくん。隠し事はしなくてもいいんですよ?」


 優しい声。しゃべらないと決めていた……決めていたけど、その声と、マコ姉の優しさに自然と話だしてしまう。


「実はさ……むこうの世界に行ったときにオレは捕まったんだよ。でさ、鞭で何回もうたれたんだよ」


 マコ姉はオレの言葉に口を挟まずに、聞いてくれる。


「言葉が通じないし、どこから来たかもわからないような人間だからな。今なら仕方ないとは思えるんだけど……まあ、あの時は怖くて怖くてしかたなかった……かな」


 オレはゆっくりと話す。マコ姉は相変わらずオレの体をしっかりと抱きしめていてくれている。ドキドキするよりも心から安心しきっているのが自分でもわかる。


「まあ、でも、悪い事ばっかりじゃなかったんだよ。そこで女神のやつに翻訳の加護を貰って、一緒に旅する仲間もできたからな」


 オレは仲間の顔を思い出す。一緒に笑いあい、時には意見がぶつけあいながら最後まで戦い抜いた仲間たち。

 むこうで元気にしてればいいんだけどな。


「そう言う経験をしたから、フレイさんにやさしいんですか?」

「……まあな。あんな思いするのはオレだけで十分だし、あいつには余計な苦労なんか背負ってほしくないからな」

「カズくんは大人になりましたね」


 マコ姉は言いながらオレから放れる。

 ちょっと名残惜しい気もするけど、いつまでもこんなことをしているわけにもいかないよな。


「じゃあ、これで終わりですね」


 背中にお湯をかけてくれる。


「ありがとう……あ、マコ姉、服はどうする? 泡だらけだと思うけど」


 オレはマコ姉の方を見ないで言う。間違いなく服は濡れて、大変なことになってるはずだ。


「あー……そうですね。じゃあ、シャワーくらいは浴びましょうか」

「ちょ、なに言ってるの!?」

「え? カズくんがお風呂に入って、むこう側を向いててくれれば大丈夫ですよ? それとも、一緒に入りますか?」


 マコ姉の笑い声。うん、本気だな? いや、こうなったら仕方ない。


「わかったよ。オレはこのまま風呂に入るから」

「はい、じゃあ、ちょっと外で服を脱いできますね」

「ああ」


 マコ姉が外に出ていく。オレは慌ててに風呂に入って洗い場に背中を向ける。

 すると、ドアが開き、マコ姉が入ってくるのがわかった。


「じゃあ、シャワーを使わせてもらいますね」

「あ、ああ」


 マコ姉がシャワーを浴びる音が聞こえる。

 普通だったらドキドキするところだと思う。だけど、、今は別の疑問が頭に浮かんでくる。それは――


 マコ姉はオレをどう思っているんだろう。


 こういうことをするのはオレが弟みたいなものだから、心配しないのかもしれない。

 でも、さすがにここまでするんだから、こう……恋愛に近い感情は持ってくれているのかもしれないとは思える。

 でも、そうだとしたら、オレはどうなんだろ?

 マコ姉は大好きな優しいお姉ちゃんだけど、その好きは……。


「カズくん? 大丈夫ですか? のぼせてないですか」

「へ? あ、ああ、大丈夫」

「そうですか?」

「うん、ところでマコ姉は……」


 言いかけてやめる。どう思ってるか聞きたかったけど、焦る必要もないよな。

 まだ時間はあるんだ。


「どうしたんですか?」

「いや、なんでもないよ」

「まあ、いいですけど……さて、じゃあ、先に上がりますね」

「了解」


 マコ姉はそう言うと風呂場から出ていく。

 オレはマコ姉が着替え終わるのを待って湯船から上がる。

 うん、ちょっと長湯しすぎたかもしれない。水でも飲むか。

 オレは着替えてキッチンへと向かった。



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