#3 花火
「いたいた……あれ?」
しばらく歩いた奥の方、神社の本殿前でマコ姉を見つける。でも、フレイの姿がない。
「マコ姉」
「あ、カズくん」
「フレイはどうしたんだ?」
「あっ、フレイさんなら、型抜きで遊んでますよ。熱中してるんで一足先にこっちまで来たんです」
「そうか」
型抜き屋……そう言えば、そんなのがあったな。だけど、目の前に集中してて全然見てなかった。
「カズくんこそどこに行ってたんですか?」
「オレか? オレは……」
先にマコ姉に渡しちまうか。フレイには後で渡せばいいだろ。
「実は……って、ここだと邪魔だからちょっとむこう行くか」
本殿の横、林の側に行く。ここなら静かで、人もいないからちょうどいい。
「カズくんこんなところに連れてきてどうしたんですか?」
「ああ、実はこれ……」
オレは小さなピンク色の宝石が付いたネックレスをマコ姉に手渡す。
「えっと、これは?」
「プレゼントだよ。いつもマコ姉には世話になってるからさ」
「へぇ……カズくんも大人になりましたね。女性にプレゼントができるとか、お姉ちゃんは嬉しいです」
マコ姉は嬉しそうにペンダントを見つめながら言う。
オレは急に恥ずかしくなって頬をかきながら顔をそらす。
「えっと、実はそれ、3つで一つになるやつで……」
オレは残りのペンダントを取り出す。
「マコ姉とフレイとオレの三人の思い出が作りたくてさ」
マコ姉は小さく笑う。
「そうですか。カズくんはやっぱり優しいですね……じゃあ、着けてもらっていいですか?」
「え? ああ、いいよ」
「じゃあ、お願いします」
マコ姉はオレにペンダントを渡すとその長い黒髪を持ち上げる。
浴衣からのぞくマコ姉の白いうなじ。オレはドキドキしながらネックレスをつける。
ちょっとだけ手が震えたのは内緒だぜ?
「どうですか? 似合いますか?」
「ああ、よく似合ってるよ」
「まあ、当然ですけどね」
「そりゃ、マコ姉だったらなんでも似合うだろうからな」
「もう、違いますよ」
マコ姉は満面の笑みでオレを見る。
「カズくんがお姉ちゃんのために選んだんですから、似合わないはずがありません」
まっすぐな目で言い切られる。
そこまで信頼されると恥ずかしいし、気まずい。
「え、えーと……フレイのやつは遅いな。まったく、なにやってん――」
その時、大きな音がする。
「え?」
体が一瞬で緊張するのがはっきりとわかる。
「たーまやー!」
「かーぎやー!」
遠くから声がする。ああ、そうだ! 忘れてた!
祭りの時には花火を打ち上げるんだった!
「あ、ああ……」
心臓の鼓動が早くなる。汗が止まらない。息がうまく吸えない。
オレはその場にうずくまる。
砲撃の音、崩れる建物、木の焼ける臭い……気持ち悪い。
「カズくん!」
マコ姉がオレの体をしっかりと抱きしめて、手を握ってくれる。
オレもマコ姉の手をしっかりと握り返す。そして、おかしくなりそうになるのをなんとか耐える。
「カズくん、大丈夫ですからね。大丈夫ですから」
マコ姉がオレの背中を優しくさすってくれる。
子どもの頃、泣いていた時によくこうやってくれたっけ……。
それを思い出すと、だんだんと気分が落ち着いてくるのが自分でもわかった。
「マコ姉……ありがとう……」
オレは大きく深呼吸をする。
しばらく耐えていると、花火の音はいつの間にか消えていた。どうやら、終わったらしい。
そう言えば、数発打ち上げるだけのささやかな感じだったっけ?
「大丈夫ですか」
「ああ、だいじょう……」
立ち上がろうとしたけど、逆に地面に座り込んでしまう。
木を背もたれ代わりにして呼吸を整える。
「カズくん、ちょっと飲み物でも買ってきましょうか? それとももう少し側にいますか?」
マコ姉が心配そうな顔で聞いてくる。
本当は側にいて欲しい。だけど、あんまり心配をかけるわけにもいかないよな。
「うん、大丈夫。喉が渇いたから、なにか飲み物がほしいかな?」
「わかりました。じゃあ、すぐに買ってきますね」
マコ姉はそう言うとその場を離れる。
「まいったな」
気を付けてはいたんだけど、まだダメみたいだ。
オレは大きなため息をつく。
誰かに言ってもむこう世界で戦ったのが原因だとか信じてもらえるはずがない。
一人でなんとかするしかないよな。
「カズマ……」
フレイの声。オレは声のする方を見る。
参道の方からフレイが歩いて来るのが見えた。
「どうした? 大丈夫か?」
フレイが心配そうに聞いてくる。
そんな顔はしてほしくない。フレイには似合わないよな。
オレは顔をそむけ、空を見上げる。
「ああ、悪い。人がいっぱいで気分が悪くなっちゃってさ。こっちで休憩してるんだよ。いや、まいったな」
できる限り明るく答える。すこしきついがこれくらいなら我慢できる。
フレイの方は見ない。顔を見ながら嘘をつくのはさすがに厳しい。
「そう……か。まったく、心配させるんじゃねぇよ」
フレイは明るい声で言う。
「仕方ないだろ? 体調が悪いときもあるんだよ」
なんとかごまかせたらしい。一安心だ。
「カズくん。飲み物を……あれ? フレイさん? 戻ってたんですか?」
「ああ、まったく。二人とも探しちまったんだぞ?」
「すいません。カズくんがちょっと体調を崩しちゃいまして……はい、カズくん。お水です」
「マコ姉。ありがとう」
オレは一口、水を飲む。うん、おいしい。口の中がうるおって、気分もかなりよくなってくる。
「さてと、うん、大丈夫そうだな」
オレは立ち上がる。
少し大変だけど、まあ、なんとかなりそうだ。
「じゃあ、オレは帰るけど、マコ姉とフレイはどうする?」
「カズくんは大丈夫なんですか?」
マコ姉は相変わらず心配そうにしている。
「ああ、帰るくらいなら一人でなんとかなるさ」
「そうですね……フレイさんはどうします?」
「俺か? 俺は……いや、いいや。カズマが帰るなら一緒に帰るぜ」
「わかりました。じゃあ、帰りましょうか」
オレたちは盆踊りを踊る人たちの横を抜け、石段を下りる。
そして、帰り道をゆっくりと歩く。二人がオレにあわせてゆっくり歩いてくれているのがわかる。
ただ、なんとなく気まずい。オレも何を話せばいいのかわからずに無言で歩き続けてしまう。
何気なく手を突っ込んだポケットに硬い感触……フレイにあげようと思っていたネックレスだ。
だけど、こんな状態で渡されてもフレイだって困るよな。うん、まだ時間はあるんだ。またの機会に渡せばいいさ。
そんなことも思いながら無言で歩く。
虫が鳴く帰り道。オレの気分とは正反対に、賑やかな祭りの音が聞こえていた。




