#2 雨の中の邂逅
「うーん……まったく。まいったぜ」
フレイは大きく伸びをしながら言う。
あの後、なんとかウサギをなだめたオレたちは、動物園の中を見て回った。
そこまではよかったんだけどな。
「しっかし、あれからあんなことになるなんてな」
オレは動物園でのことを思い出してニヤニヤしてしまう。
「うるせぇよ」
フレイはふくれっ面で不機嫌そうだ。
「いや……あんなに……動物に好かれるなんて……くくく……アハハ!」
ダメだ、笑いがこらえられない。
あれはさすがに笑わずにはいられないよな。
「笑うんじゃねぇよ」
「いやいや、だって、近づく動物がどれもおまえに近づいたり、求愛行動したりしてるんだから……ダメだ……ククク」
クジャクは羽を広げるし、ライオンは自分のエサを差し出すし、他の動物も大騒ぎになっていた。
「ったく、いい加減に笑うなよ……つか、本当にオレにあんな力があるとか初めて知ったぜ」
「そうなのか?」
「ああ、ペットを飼うなんてことはなしない。孤児院の頃は飼う余裕なんてなかったからな……あ、いや、違う。そういや、練習したわけでもねぇのに乗馬は完璧にこなせてたわ……そうか、あれはそう言う才能だったのか……」
フレイは頭を抱える。
まったく、面白いやつだ。
「ん? あれ……」
急に曇り始め、真っ黒な雲が空を覆い始める。
雷の音とアスファルトが濡れる独特の臭い……まずいな。
「フレイはやく……」
言った瞬間、大雨が降りはじめる。
「うわ!」
「フレイ! 走るぞ!」
フレイの手を引いて走り出す。
どこか雨宿りができるとこは……あった!
急いで屋根付きのバス停へと避難した。
うん、びしょ濡れだ。
「ったく、まいったぜ」
「フレイ、大丈夫か?」
フレイを見る。
濡れた髪と肌、いつもとは違うフレイの姿にドキッとした。
なによりも、その、濡れた服が肌にぴったりと張り付いて、なんて言うか、すごく……。
「なに見てんだよ」
フレイはそう言いながらにやにや笑う。
「このスケベ」
「ばっ、その、なんだ、そう言う事じゃなくて」
思わずフレイに背中を向ける。
やばい、急に恥ずかしくなてきた。
自分の体温が妙に上がってる感じがわかる。
すごく蒸し暑い。雨はすぐにやむとは思うけど、なんとなく気まずい感じがする。
どうするか……。
「なあ、カズマ。ありがとうな」
「え?」
「いや、あの時、魔導炉が爆発したときに俺を助けてくれただろ? きちんと、お礼を言ってなかったと思ってな」
「なんだよ。そんなことか。いや、あれはオレのせいだろ。気にしなくてもいいからさ」
雨の音だけがあたりを包む。それ以外の音は聞こえず、まるでこの世界に二人しかいないような感覚になる。
「カズマ、俺たちは友達だよな?」
「ああ、当たり前だろ?」
「そうか……ならさ。なにかあったらすぐに相談してくれよな」
フレイの声は真剣そのものだ。
「ああ、もちろん。なにか困ったことがあったらすぐに相談するからさ。その時はよろしく頼むぜ」
オレはフレイを見ずに嘘をつく。
フレイは、むこうの世界とこっちの世界を知って、一緒にいてくれる唯一の存在だ。
余計なことで悩ませたくはない。
それに、そろそろ元の世界に帰るんだ。こっちでは楽しい思い出だけ作ってもらえればそれでいい。
オレがむこうの世界に行った時とは違うんだからな。
「じゃあ、今は特に何にもないんだな?」
「当たり前だろ? おまえがいて、マコ姉もいて楽しく過ごせてるんだ。困ったことなんてなに一つないに決まってるだろ」
オレはフレイを見ない。いや、見れない。
フレイの顔を見て嘘をつくのは無理だ。
「……そうか。っと、雨、上がったみたいだな」
「え?」
俺が外を見るといつの間にか雨はやんでいた。
「おい! カズマ! 見てみろよ!」
バス停から出たフレイの声が聞こえる。
俺もバス停を出てフレイが指差す方向を見る。
「へぇ、見事な虹だな」
「だろ? こいつは縁起がいいな」
フレイは両手を組むと、目をつぶる。
むこうの世界だと虹は幸運の象徴だ。見た時に願い事をするとかなうって言い伝えがある。
フレイは熱心になにかをお願いしているんだろう。
その姿にオレもまねをして、両手を組んで目を閉じる。
願い事は……そうだよな。これしかない。
フレイが元の世界に帰るまで、どうかみんなで楽しく過ごせますように。
オレは心の底からそう願った。




