#2 決戦
帝国の本拠地。決戦の砲撃で揺れる要塞の中。
オレはエアーダクトから動力室の内部を確認する。
警備の兵はいない……どうやら、警備の兵まで、戦いの対応に追われているらしい。
なら、好都合だ。そのままダクトを抜けて室内に降りる。
「おいおい、こいつはすごいな……」
オレは言葉を失う。要塞の動力源である巨大な魔導炉に何本ものパイプが繋がっている。
魔導炉を見るのは初めてじゃないが、このレベルの大きさは初めてだ。ビルで言えば三階建てくらいは余裕である。
横幅の広い鉄の橋を渡って魔導炉に近づく。足下を覗き込むと、はるか下には青白い液体で満たされたプールのようなものが見えた。
物凄く深い……多分、落ちたらひとたまりもないのわかる。
「さて、さっさと済ませるか」
魔導炉に近づきアイテムをセットする。
原理はわからないけど、これでしばらくすれば動力炉が暴走して、機能が停止するはずだ……爆発しないよな?
いや、あいつのことは信じてるけど、いまいち信用ができないんだよなぁ。
「さて、これで――」
言いかけて背後から凄まじい威圧感を感じ、思わず振り向く。
巨大な扉がゆっくりと開く。そして、赤黒の鎧を着た一人の女がゆっくりと入ってきた。
オレよりも少し背が高い女――そいつは、鉄の橋の中央で立ち止まった。
「ったく、嫌な予感がして来てみれば、大正解だったみてぇだな」
荒々しい女の声。その体から放たれる威圧感と、鎧の隙間から見える褐色の肌に刻まれた傷は、歴戦の戦士だと一目でわかる。
「イシザキ・カズマ! まさかこんなとこで出会えるとはな!」
「フレイ・アルザード!」
ちっ、よりによって一番、出会いたくない相手が来るとはな。
こいつは、フレイ・アルザード、帝国四将軍の一人、炎滅の名前を持つ戦士だ。
今まで何回も、数えきれないほどの回数を戦ってきた因縁の相手……その実力は嫌と言うほどわかっている。
「おい、てめぇ、戦場に顔も出さないで何やってやがる」
フレイは不機嫌そうな重々しい声で聞いてくる。
どうやら、なにをやってるかはわからないらしい……なら、好都合だ。時間を稼げばいい。
「別に? そういや、この前までは一部隊の隊長だったのに、今では将軍様なんて、出世したもんだ」
警戒したまま、オレは話し始める。
「……てめぇ、なにを企んでやがる」
「……さあな」
だが、フレイはその不機嫌そうな声を変えずに聞いてくる。
そりゃ、そうだよな。こんな話に乗るわけがない。
苦笑いしながら拳を構えた。
背中の古傷が痛み、この数年間の記憶――いくつもの戦い、いくつもの出会い、そして別れ――が頭の中を駆け巡った。
「……なあ、一つだけ聞かせろ」
「なんだよ」
「あん時の話……覚えてるか?」
「……ああ、おまえの仲間になれって話だろ?」
「そうだ。てめぇなら、すぐにでもオレの副官にしてやるぜ?」
副官……悪くはないかもしれない。だけど、あの皇帝は倒さなきゃならない。
それにあいつらもいるからな。
「悪いけど、これでも信じて待ててくれるやつらがいるからな……それに、オレがそんな男じゃないってのはわかってるんだろ?」
「……確かに、そりゃそうだ。そんなやつだったら仲間にしようとは思わねぇからな……ったく、もっと違う形で出会えていたらよかったんだがな」
「ああ、そしたら友達くらいにはなれていたかもしれないけどな……でも」
オレは全身を適度に緊張させる。
「もしもの話になんて意味はないさ」
「……そうだな。これが俺とてめぇの運命だからな」
フレイは自分の身長と同じくらいの大きさの大剣を豪快に抜き構える。
その体が急激に殺気を帯びる。
まったく、ここまで来たのに、まさかこんな事になるなんてな……。
「あー……やっぱり、仲間になった方がよさそうかな?」
「はっ! いまさら遅いんだよ」
「そりゃ、残念」
こぶしを握りしめる。
大きく深呼吸する。そして、大声で叫ぶ!
「オレの名はカズマ……戦士! 石崎 一馬!」
「俺の名はフレイ! 帝国四将軍が一人、炎滅のフレイ・アルザード! 来やがれ!」
「これで終わらせる!」
フレイに向かって一直線に走りだす。
「はっ!」
ヒットアンドアウェイ。攻撃に対して回避を繰り返す。このまま時間を稼ぐしかない。
一進一退の攻防。大剣の一撃を大きく後ろに飛びのいてかわした。
「……てめぇ、どういうことだ?」
「なにがだ?」
「逃げ回ってばっかりじゃねぇか」
そろそろ限界か? だが――。
そう思った瞬間。魔導炉が異様な音をたてはじめる。
「こいつは……なにしやがった!」
うまくいった!
だが、喜んだのもつかの間、魔導炉が爆発を起こす。
冗談だろ! あのヤロウ、安全っていったじゃねぇか!
「あぶね!」
爆発で魔導炉の部品がフレイめがけて飛んで来るのが見えた。
思わずフレイに駆け寄る。そして、そのまま抱きつき、その勢いで無理移動させる。
部品は床に突き刺さった。
「おい! 逃げるぞ!」
「え?」
「いいから、走れ!」
出口へ向かって走り出す。フレイも付いてくるのを感じる。
もうすぐ出口だ。なんとか間に合ったか!
オレはドアに手をかける。
「うわぁ!」
衝撃音。そして、フレイの悲鳴。オレは振り返る。
「フレイ!」
橋は崩れ、フレイが橋の淵に、手だけで必死で捕まっているのが見える。
どうする? 助けられるか? このまま逃げ……ああ、くそっ! 見捨てられるわけないだろ!
オレはフレイに駆け寄る。
そして、間一髪、落ちそうなるフレイの手をつかんだ。
「ば、馬鹿野郎! なにやってやがる! 放せ! てめぇまで落ちちまうだろうが!」
「うるせぇ! 黙って助かることだけ考えろ!」
って、言ったはいいけど、どうする? 橋の真ん中で捕まるとこなんかない。このままじゃ間違いなく落ちる。
なんとか、こいつだけでも助けないと。
「……カズマ、もういい」
「フレイ?」
「てめぇまで死ぬ必要はねぇよ」
フレイが笑いながらオレを見る。
切れ上がった、真っ赤な宝石のような瞳がオレを見つめている。
オレはその目をよく知っている。
今まで何人も見てきた「決意した人間」の目だ。
「だけど……」
「まあ、覚悟してたことだ。戦いの中じゃねぇのは残念だが、そいつはしかたねぇ」
オレは必死に考える。
なにか……何か方法は!
「え? こ、こいつは……」
突然、オレの体が光りはじめる。体が空間に吸い込まれるような感覚――転移魔法か?
いや、でも、誰が魔法を……って、そんなことはどうでもいい!
このチャンスを逃がすわけにはいかない!
オレはフレイの目を見つめる。
「フレイ! オレを信じてくれよ!」
「え? なにを――」
オレは橋から身を乗り出し、フレイと一緒に落下する。
転移魔法なら相手と密着していれば一緒に転移できるはずだ。
水面がどんどん近づいてくる。
フレイを抱きしめる。
うまくいかなければこれでおしまいだ。
でも、こいつと死ぬなら悪くないかもしれない。
そんなことを考えていると目の前が光に包まれる。
そこでオレの意識は途絶えてしまった――。