#5 買い物中
「これなんかフレイさんに似合うと思いますよ?」
「マジかよ。そんなかわいいのは俺に似合うわけないだろ?」
「なにを言ってるんですか? フレイさんはこういうのも似合います」
「えー……でもなぁ」
アパレルショップの店内。フレイとマコ姉はあっちの棚やこっちのハンガーラックの服など、すごく楽しそうに見ている。
楽しそうなのはいいんだけど、まあ、完全に蚊帳の外だよね。女物の服とかよくわからないから仕方ないけどさ。
「じゃあ、これなんかいいかもですね」
「あ、うん、いいな、これ」
「じゃあ、試着してみましょう。すみません」
マコ姉は店員さんに声をかけると、フレイを試着室まで連れていく。オレも一応はついて行く。
「じゃあ、着替えてみてください」
「ああ、ありがとな」
フレイはそう言うと試着室の中に入っていく。一方、店員さんは忙しいのかその場を離れてしまった。
「あ、カズくん。ちょっとここで待っていてもらっていいですか?」
「ん? いいけどなんでだ?」
「カズくん……こういう時にはなにも聞かないのが男の子としてのマナーだと思いますよ?」
マコ姉は呆れたような顔をした。
なんだよ、そんなこと言われても……ああ、そっか、トイレか。じゃあ、聞かれたくないよな。
「あー……わかった。じゃあ、待ってるよ」
「はい、じゃあ、お願いしますね」
マコ姉はそう言うとその場を離れ、オレは一人その場に取り残される・。
うん、そう言う気遣いはしないとだめだよなぁ。向こうの世界だとそれなりに気を使ってたんだけどね。
でも、なんて言うか、やっぱり、相手がマコ姉となると気がゆるんじゃうんだよなぁ。
いやでも、やっぱりオレも男として気配りは必要かもしれない……でも……。
「おい、ちょっといいか?」
オレが悩んでいるとフレイの声が聞こえてくる。
なんかあったのか?
「どうした?」
更衣室のカーテンを無意識に開けてしまう。そこには……。
「え?」
「え?」
そこには真っ白な下着姿のフレイ……しまった! 考え事に夢中だった!
「わ、悪い!」
「馬鹿野郎! いいから謝る前に閉めやがれ!」
「あ、ああ! わかった!」
慌ててカーテンを閉める。心臓がどきどきしているのがわかる。
やばい……完全に気を抜いてた。どうする……いや、マジでどうする?
そんなことを考えているとカーテンが開く。
「えっと……」
怒ってるよな……えっと……。
「どうだ?」
「え?」
「この服、変じゃないか?」
赤と黒のボーイッシュな感じの服を着たフレイが目の前に立っている。
「えっと、ああ、よく似合ってると思うぞ」
「そうか……ありがとな」
「あの、さっきのことだけど……」
「別に悪気があったわけじゃないんだろ? 別に気にしなくていいぜ」
「そっか、ありがとな」
「ただ……」
フレイがにやりと笑う。
「次に同じことやったらぶん殴るからな?」
笑顔と裏腹に低い恐ろしい声。
「は、はい! 以後気を付けます!」
思わず背筋を伸ばして返事をしてしまう。
「ったく、いい加減にしろよな。おまえにはずいぶんと恥ずかしいとこを見られてるんだからよ」
「いや、悪かたって、今後は気を付けるからさ」
「ああ、頼むぜ?」
フレイとオレは笑いあう。
うん、ほんとに気を付けないとな。
「どうしたんですか? ずいぶんと楽しそうですけど?」
「ああ、マコ姉。おかえり。いや、なんでもないよ」
マコ姉は少し不思議そうな顔でオレを見た後に、フレイを見る。
「あ、いいですね。似合ってますよ」
「そうか?」
「ええ、じゃあ、そのまま着て帰りましょうか?」
「そうだな。せかっくだから着て帰るか」
「じゃあ、あと何着か買っていきましょう。さすがにそれ一着だけってわけにはいきませんからね」
「え? でも、そこまでしてもらったら……」
マコ姉はフレイの手をつかむ。
「いいですか? フレイさん。こうやって仲良しの女の子同士で、一緒に買い物をするのが私は嬉しいんです。ですから、ここは私の顔を立てると思って、お金を出させてください」
「だがよぉ……いや、ありがとな。じゃあ、素直に受け取っとくぜ」
「はい」
すっかり、フレイとマコ姉は仲良しだ。
まあ、性格的に正反対なのがむしろうまくいくのかもしれないな。
「じゃあ、ジンくん。荷物はお願いしますね」
「え? あー……まあ、仕方ないか」
「そうですよ。こういう時に男の子らしい姿を期待していますから」
「了解」
まあ、仕方ない。ここは男らしく荷物持ちくらいはしないとな。
「あー……まだかかりそうなら、外で待ってたいんだけど大丈夫かな?」
「ええ、大丈夫ですよ。終わったら電話でもかけますから」
「ああ、じゃあ、ちょっと行ってくるから……フレイもよろしくな」
「わかった」
フレイは服を見ながら返事をする。
……まあ、楽しんでいるようならいいけどさ。
「じゃあ、よろしく」
「はい、じゃあ、また」
オレは店を出る。
相変わらずモール内は賑やかだ。子供の騒ぎ声などいろんな声が聞こえる。
「うーん……ちょっと冷えてきたから外にでも出てみるか」
うん、冷房が効きすぎてる。さすがに、ちょっと外に出てみるか。
オレはエスカレーターを降り、一階の出入り口から外の駐車場へ出る。
「うー……あっついなぁ」
オレは大きく伸びをする。暑いがそれが気持ちいい。
体が完全に冷えてたからな。
オレは体をさすりながら近くのベンチ座る。
セミの鳴く声が聞こえ、かげろうがアスファルトの地面から立ち上っている。
「うん、やっぱり平和――」
「や、やめてください」
あくびをしながらのんびりとしていると、突然の女性の悲鳴が聞こえてきた。
何気なく見ると二人の赤いシャツと黄色いシャツのチャラそうな男たちに囲まれた女性が目に入る。
女性は壁際で逃げられそうもない。
「なぁ、そんなこと言わないで、一緒にお茶でも飲もうぜ?」
「そうだぜ、こんなとこにいてもどうしょもないだろ?」
うーん……ナンパかぁ。どうするか……。
「ほ、本当にやめてください……」
女性は本当に困っている様子だ。
うーん……むこうの世界だったらすぐに飛び出すところだけど……。
「はぁ……仕方ないか」
オレは立ち上がる。そして、男たちに近寄る。
警備員さんも見当たらないし、他に助けようとする人もいない。
だったら、放っておくわけにもいかないよな。
「はいはい、ちょっとごめんなさい」
「ああん? てめぇなにもんだ?」
赤いシャツの男がすごんでくる。
昔だったら、俺もビビってたかもしれない。
ただ、むこうの世界で文字通り真剣勝負をしてきたんだから、この程度の脅しじゃ……な。
「オレ? オレはこの子の知り合いでさ。悪いんだけどこれから一緒に買い物に行くから」
オレはできる限り相手を刺激しないように嘘をつく。できれば穏やかに終わらせたい。
「ああん? てめぇ、嘘ついてんじゃねぇぞ!」
うーん……ダメか。まいったな。騒ぎは起こしたくないんだけど。
えっと、警備員さんは……。
オレはあたりを見渡す。
「てめぇ! こっちを見やがれ!」
攻撃の気配。オレは飛んできた相手のこぶしを掴んで、そのまま投げ飛ばす。
赤シャツの男は、受け身もとれずにもろに背中から地面にたたきつけられる。
「あ、やばい! 大丈夫か?」
しまった! 思わず反射的に投げ飛ばしちまった!
赤シャツの男は苦しそうにもがいている。
「てめぇ! 仲間になにしやがる!」
黄色いシャツの男が叫ぶ。
そりゃ、そうだよな。いくらなんでもやりすぎだよな。
「いや、悪かった。思わず手が出ちまったんだ。許してくれ」
オレは両手を合わせて頭を下げる。うん、確かにこれはやりすぎた。
「ふざけんじゃねぇぞ!」
黄色いシャツの男は完全に頭に血が上っているのか、怒りが収まる様子がない。
まいったな。できれば騒ぎにしたくないんだけど……いや、逆に騒ぎになれば警備員さんもやってくるのか?
「てめぇ、ぶっ殺してやる!」
黄色いシャツの男がポケットからジャックナイフを取り出す。
その瞬間、むこうの世界での記憶がよみがえる。
戦いに対する防衛反応。オレの体が無意識に反応する。
回し蹴り。ナイフをを叩き落とす。
ボディブロー。相手の体がくの字に曲がり、頭が下がる。
膝蹴り。下がった相手の顔面に叩き込む。
黄色いシャツの男は大きく吹っ飛ぶ。
そして、顔面を抑え、地面を転がりながら、もがき苦しんでいる。
そのままオレは巨類を詰める。
これで決める!
オレは足を上げ踏みつけようとする。しかし――
「きゃー!」
女性の悲鳴。オレは我に返る。そして、気付く。
自分がこの男に
とどめを刺そうとしていた
ことに。
オレは女性を見る。女性もオレを見ている。その目には見覚えがあった。
何度もむこうで見てきた目――恐怖だ。女性はオレを見て明らかに怖がっている。
「いや、違う! これはその、オレは暴力を振りたかったわけじゃなくて!」
頭が真っ白になりかける。オレは必死で言い訳しようとするが、うまく言葉が出てこない。
「君たち! なにをやってるんだ!」
オレは振り向く。警備員だ。警備員が走ってくる。
その姿にむこうの世界の記憶が重なる。
初めてむこうの世界に行った時の……兵士に追い回された記憶だ。
「ち、ちがう……オレ……オレは……」
口が渇く。心臓の音がはっきりとわかる。
この場にはいられない。どこかに逃げないと――。
オレはどこへ行くかも決めないまま、その場から走り出した。




