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#3 戦いの記憶

 交易都市の攻防戦……重要拠点の一つ。帝国軍から守るための戦い。

 オレたちは帝国兵の侵入を防ぐために戦う。


 しかし、途中で気付く。


「敵が弱すぎる」


 だが、気付いた時にはもう遅い。街の反対側で火の手が上がり、炎が一気に街を飲み込んだ。

 オレは街へ走ろうとした。だが、大きな花火が打ちあがる。


 撤退の合図。


 オレたちはその場を離れようとする。


 しかし……。


 逃げられない。周囲が闇に包まれる。

 オレは目の前を見る。真っ黒な巨大な剣を持った巨大な影……まるで絶望がそのまま形になったような巨大な影。

 逃げよとするが、身動きが取れない。体になにかが絡みついてくる。


 巨大な影はゆっくりと近づいてくる。声が出ない。全身から汗が噴き出す。

 オレは目を見開く。


 巨大な影はゆっくりと剣を振り上げる。


 オレはだた見ることしかできない。


 そして、剣が振り下ろされた――。



 ————————————



「うわぁ!」


 武器は!


「いてて……」


 思いっきりなにかに手をぶつけた。手が痛い。

 痛みを我慢しながら周囲を見る。真っ暗なオレの部屋、ベッドの上……オレはスマホを手に取り確認する。

 あれから一切起きることなく、夜まで寝ていたらしい。

 フレイの姿は見当たらない。まあ、さすがに、ずっと一緒にいるわけはないか。


「夢か……」


 オレは大きなため息をつく。

 最近は見ることがなかった夢……貿易都市での戦い。

 オレたちの完全な敗北。いままで失敗はあってもあそこまでの負けはなかった。


「まいったな……いや、あんな状態になったんだから悪夢も見るか」


 あの巨大な影の正体はわからない。あれは現実に起こったことじゃなかった。

 実際は、撤退の合図を受けたオレたちは、あの場から撤退することはできていた。

 誰一人欠けることもなかった。


「なんか飲むか」


 もう一度大きなため息をつくと立ち上がる。

 空腹感はないが、喉は乾く。

 そりゃ、一日中寝てたんだからそうなるか。

 オレは部屋を出る。


「そういや、フレイは……」


 フレイの部屋の前に立つ。中から音は聞こえない。

 女の部屋をのぞくのはあれだけど、ノックして起こしても悪いよな。

 そんな事を考えながらドアを少し開けて中を見る。


「まあ、寝てるよな」


 小さな声でつぶやく。

 フレイはオレに背を向けて寝ている。

 まあ、お礼は明日言えばいいか。

 そんな事を考えながらドアを静かに閉める。そして、一階へ。


「ん? 明かりがついてる?」


 キッチンには明かりがついていた。

 そのままキッチンへと向かう。マコ姉かな?


「あ、カズくん。大丈夫ですか?」


 そこにはピンク色のシンプルなパジャマを着たマコ姉が座って本を読んでいた。


「ああ、マコ姉か。うん、大丈夫。心配かけてごめんな」

「よく寝てたから起こさなかったんですけど……何か食べますか?」

「あー……いいや。あんまり腹も減ってないし」


 オレは椅子に座りながら言う。


「それより、マコ姉こそどうしたんだよ。こんな時間に」

「ちょっと、読みたい本があったんですよ。これなんですけどね」


 マコ姉が見せてくれた本の表紙を見る。聞いたことがない名前の本だ。


「聞いたことないな……まあ、でも、マコ姉の事だから恋愛小説かなんかなんだろ?」

「ええ、そうですよ。私が恋愛小説が好きって覚えていてくれたんですね」

「ああ、まあな」


 マコ姉は昔からこの手の恋愛系の話が大好きだったよな。

 オレは逆に興味がなくて、マコ姉からの映画とかの誘いは断ってたわけだけど。

 うん、お礼に今度、映画にでも付き合ってあげようかな?


「さて、じゃあ、温かい牛乳でも用意しますね」


 そんなことを考えていると、マコ姉は立ち上がる。そして、冷蔵庫から牛乳を取り出し、レンジで温めてくれる。


「どうぞ」

「ありがとう」


 牛乳を一口飲む。甘くておいしい。

 なんとなく気分が落ち着く感じがする。


「ふぅ……」


 思わずため息をつく。マコ姉はほほ笑みながらオレを見ている。


「な、なんだよ」

「カズくんも見た目は大人になったなぁ……って、思いまして」

「まあ、向こうの世界じゃ色々とあったからな。つーか、マコ姉。よくオレが向こうの世界に行ったとか言う話を信じてくれたよな」

「当然ですよ……カズくんは嘘をつくような人じゃありませんから」


 相変わらずの優しい笑顔……ああ、そうだ。マコ姉はいつも俺の味方だったよな。


「カズくん?」

「え?」


 視界がにじむ。マコ姉の笑顔と温かい牛乳の味に安心したのか、いつの間にか目に涙があふれていた。


「あ、悪い。その、なんでもない、なんでもないから!」


 オレは両手で目を抑える。

 まったく、これ以上心配かけてどうするんだよ。

 ああ、そうだ、いつまでもマコ姉に心配をかけるわけには……。


「カズくん。大丈夫ですよ」


 マコ姉の優しい声。いつの間にかオレの後ろに立っている。そして、その小柄な体でオレの背なかを優しく抱きしめてくれる。

 その優しさに、今まで抑え込んでいたものが心の奥から噴き出してくる。


「マコ姉……オレ……むこうの世界で失敗して……守らなきゃいけないものが守れなくて……」


 涙が止まらない。


「でも、仲間に弱音は吐けなくて……信じてなかったわけじゃないんだけど……でも、あいつらもみんな、家とか、名誉とか、背負ってるものがあって……オレのことまで背負わせたくなくて……」

「そうですか……」

「オレ、高校を辞めて……マコ姉に心配をかけたから……強くなろうって、誰にも心配かけさせないように強くなろうって思って!」


 マコ姉がオレの体をしっかりと抱きしめてくれる。


「カズくん、私はカズくんの想い、嬉しく思いますよ? でもね。いきなり頑張ろうとしなくていいんです。少しづつ頑張ればいいんです」

「マコ姉……」

「私はカズくんが必要ないって思うまでは、いつまでもカズくんの味方だし、お姉ちゃんなんですからね」

「ありがとう……」


 いつもオレが泣いていた時に掛けてくれた優しい声……オレはマコ姉の手をしっかりと握る。

 しばらく泣き続け、オレはマコ姉の手を放す。


「マコ姉。ありがとな」


 オレは背筋を正しながら、涙をふく。

 マコ姉はオレから離れ、また、目の前の椅子に座った。


「落ち着きましたか?」

「ああ……その、マコ姉。いつもありがとうな」

「いいんですよ」



 マコ姉の瞳がオレをしっかりと見つめて来る。


「それでも、私はカズくんのためになにかをしてあげたいんです」


 優しい笑顔。マコ姉の笑顔を見ると心から安心できる。


「オレもマコ姉が困ってたら全力で助けるから」

「はい、その時はよろしくお願いしますね」


 マコ姉とオレはお互いに笑いあう。


「それにしても、やっぱりカズくんは大人になりましたね。私を助けるとか言うなんていうとは思いませんでしたよ?」

「まあ、これでも色々と経験してきたからな。それはそれは大冒険だったし、恋愛だってしたこともあるさ」

「あ、それは嘘ですね」

「ちょっと! マコ姉、信じてくれないの?」

「ふふふ……お姉ちゃんを甘く見ないでください」


 マコ姉は楽しそうだ。オレは頭をかく。

 やっぱり、マコ姉にはかなわないよな。


「さて、じゃあ、そろそろ寝るか」


 オレは牛乳を飲み干す。そして、立ち上がった。


「あ、そうだ。このことはフレイには内緒にして欲しいんだけど」

「え? どうしてですか?」

「実は、オレの失敗の原因にはフレイが関わっててさ。こっちに来ただけでも大変なのに、無駄に心配させるわけにもいかないだろ?」

「そうですか。わかりました。でも、優しいんですね」

「そうでもないさ」


 ああ、そうだ。フレイがどう思うかわからないけど、こっちの世界に来てまで余計なものを背負う必要はない。


「さてと、じゃあ、また明日」

「はい。じゃあ、私ももう少ししたら寝ますね」

「おやすみ」

「はい、おやすみなさい。カズくん」


 オレはキッチンを出る。階段になにかいる気配。

 しかし、階段にはだれもいない。

 マコ姉じゃなかったら、フレイしかいないよな……まさか、今のを聞かれたのか?

 不安になったオレは、二階に上がる。

 少し戸惑ったが、声もかけずにフレイの部屋のドアを静かに開ける。


「……気のせいか」


 小さな声でつぶやく。

 フレイは小さな寝息を立てながらベッドで寝ている。

 どうやら勘違いだったらしい。少し神経が敏感になってるのかもな。

 オレはドアを閉める。そして、自分の部屋に入り、ベッドに潜り込んだ。

 目を閉じても、記憶は蘇ってこない。


「マコ姉、本当にありがとな……」


 そうつぶやくと、オレはそのまま眠りについた。


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