#2 思い出す過去
オレたちは朝食を食べ始めた。
献立はトーストにスクランブルエッグ、コーンスープだ。
うん、どれもうまい。やっぱ、マコ姉の料理は最高だな。
「なあ、ちょっといいか?」
「なんだ?」
そんな事を考えていると、フレイがオレを見ながら話しかけてくる。
「なあ、てめぇとマコトってどんな関係なんだ?」
「え? オレとマコ姉?」
「ああ、家族じゃねぇんだろ?」
「そうか、きちんと話してなかったっけ……そうだな」
オレはフレイから目をそらし、横を向く。なんとなく面と向かっては、話しにくい。
「えっと、オレは子どもの頃は隣町に住んで、こっちに引っ越してきたんだけどさ。むこうでオレの世話をしてくれてたのがマコ姉なんだ」
「そうなのか」
「ああ……で、引っ越してからも色々とよくしてくれてさ。親父とお袋が旅行中の事故で突然いなくなった時にはオレを支えてくれたんだよな」
あの時の事を思い出す。今でもはっきりと覚えてる。あんまりいい記憶じゃないが忘れられるわけがない。
「家族が突然いなくなってさ。家から出ない生活が続いて、マコ姉にもひどい言葉をぶつけたのに、マコ姉はいつも優しくしてくれたんだ」
ああ、そうだ。オレが今こうしていられるのは全部マコ姉のおかげだ。感謝しかない。
それと同時にあの時の事を思い出すと胸が締め付けられるような感じがする。
あの時は本当にマコ姉にはひどいことを言ったし、かなり荒れていたのも間違いない。
今回も、マコ姉がいることで、色々と助けられている。男のオレじゃ気付かない、フレイへの細かい気配りなんかもしてくれていた。
無事にフレイが帰れたら、恩返しの意味でなにかしてあげないとダメだよな……。
「悪かった!」
そんなことを考えていると、フレイの声がする。オレが振り向くと見るとテーブルに頭をこすりつける勢いで頭を下げていた。
「ど、どうしたんだよ」
「おまえにそんな顔をさせちまうような質問なんか軽々しく聞いちまってすまなかった!」
どうやら、悩んでいるのが顔に出ていたらしい。
まいったな。そんなつもりはなかったんだけど。
「いや、謝るなよ。いつかは話してたことだしな」
「でもな……」
フレイは頭を上げようとはしない。
「じゃあ、あれだ。おまえのことも教えてくれよ」
できる限り明るい声でフレイに言う。こういう雰囲気は苦手だ。
フレイは顔を上げる。
「俺か……そうだな。孤児院で育ったとか、その程度の話しかねぇんだけどな」
「孤児院? あれ? 四将軍って貴族しかなれないんじゃないのか?」
ああ、そうだ。確か、オレのいた王国も、帝国も身分制度がかなりはっきりしていたはずだ。
オレもそれで苦労したんだよなぁ……まあ、仲間に貴族がいたから多少はましだったけど。
「ああ、まあな。だけど俺はこう見えて優秀だからな。手柄を立てて異例の大出世ってやつだぜ」
「へぇ、凄いんだな…って、食べ終わったか。じゃあ、片づけるか」
「おう、わりぃな」
オレは皿を重ねて集めると、そのままシンクにまで運ぶ。
「で? 手柄ってなんだよ?」
スポンジに洗剤を付けて、皿を洗い始める。
「ああ、覚えてるか知らねぇけど。交易都市の攻防戦があっただろ? あれで大活躍してな。その働きが認められたんだ」
「え?」
思わず皿を落とす。
交易都市……それって……。
「おい、どうした?」
「あ、ああ、なんでもない。ああ、よく覚えてる。よく覚えてるよ……」
「そうか、でな、あの時……」
頭が真っ白になるのを必死でこらえる。フレイの言葉が耳に入ってこない。
ああ、忘れるわけがない……破壊される街並み、人々の悲鳴、街が燃える臭い……今でもはっきりと覚えている。
冷や汗が出る。気分が悪い。頭が痛む。
あの時の事は忘れられるわけがない。
「……それで……って、おい、大丈夫かよ!」
「え?」
オレは振り返る。フレイの心配そうな顔が見える。
「おい、顔が真っ青じゃねぇか!」
「え? ああ、なんか急に気分が悪くなって……悪い、少し休むわ……」
無理やり笑う。そうだ。こいつが悪いわけじゃない。
不慣れなこっちの世界に来てるんだ。そんなことまで心配かけさせるわけにはいかない。
「あ、ああ、わかった……ついてった方がいいか?」
「いや、平気だよ」
オレは何とか階段を上り二階へと上がる。そして、部屋に入るとエアコンをなんとかつけた。
その後、倒れ込むようにベッドに横になる。
「すぅ……はぁ……」
大きく深呼吸をする。
怒り、悲しみ、恐れ、恨み……様々な感情が沸き起こってくるのを感じる。
忘れていた……いや、違う。忘れたと思い込んでいただけだ。
「うぐぅ……」
気持ち悪い……胃が握りつぶされるような感覚がする。全身から汗が吹き出し、体の自由が効かなくなる感覚を味わう。
「すぅ……はぁ……」
なんとか呼吸を整える。
大丈夫だ……大丈夫……もう終わったんだ。
そうだ。すべて忘れればいい……。
オレがなんとか耐えているとドアからノックの音がする。
「カズマ。ちょっといいか?」
ドアの外からフレイの声がする。
オレは起き上がる。つらいが無視するわけにもいかない。
「あ、ああ……どうした?」
フレイが部屋に入ってくる。その顔に笑顔はない。心配しているのは間違いない。
オレはなんとか笑顔を作る。
親がいなくなった時とは……高校を辞めた時とはもう違う。誰かに心配をさせるわけにはいかない。
「いや、なんていうかな……あの……その、えっとだな……」
フレイは言いにくそうにしている。
「ああ、もう! 俺らしくねぇ」
フレイはオレに近づくとベッドの側にあぐらをかいて座る。
そして、オレの手をしっかりと握った。
「なんつーか、俺もガキの頃さ。具合がわりぃ時はこうやって手を握ってもらうと安心できたんだよな。いや、必要ないって言うならいいんだけどさ……」
フレイは目線をそらしながら首のあたりをさすっている。
どうやら、照れているらしい。
「えーと……フレイ、ありがとな」
「まあ、友達だからな。それにてめぇにはよくしてもらってるだろ? 恩返しってやつだ」
フレイは顔はそむけたまま、俺の方をちらっと見ながら言う。
その優しさをが、握った手と言葉から伝わってくる。
いつの間にか気分の悪さは落ち着いていた。
「別に恩返しとかはいいんだけど……今回は素直に受け取っておくよ」
「おう、貰えるもんは素直に貰っとけ。俺がこうやって看病してやるなんて、滅多にないことだからよ」
フレイは笑う。その裏表のない笑顔にオレは安心感を覚えた。
「さて……じゃあ、少し眠るから」
「そうか……寝るまでこのままいた方がいいか?」
「そうだな。できれば頼む」
フレイの申し出を素直に受ける。変に意地を張っても仕方ない。
それに、正直、誰かに一緒にいてもらえるのはありがたい。
そして、そのまま布団に潜り込む。そして、目を閉じた。
「ああ、じゃあ、寝るまではいてやるからよ。安心して寝てくれよな」
「……変なことするなよ?」
「よし、前言撤回だ。引きづり起こしてやる」
「冗談だよ、冗談」
目を閉じたまま小さく笑う。フレイは手を握ったまま放さないでいてくれる。
その手から伝わってくる体温と優しさを感じながら、オレはそのまま眠りについた。