#1 帰って来たのはいいけれど
「うーん……ここは……」
オレはベッドで目を覚ます。見慣れた天井……いや……違う……数年ぶりの懐かしい我が家の天井だ!
「戻ってこれたのか!」
慌てて体を起こす。
ああ、間違いない。ここはオレの家、オレの部屋だ!
見慣れた壁! 見慣れた机! 見慣れたタンス!
ああ、そうか、戻ってこれたってことは、あいつらが皇帝を倒してくれたのか!
「みんな、ありがとな……」
オレはつぶやく。本当なら直接言ってやりたかったが、それは仕方ない。
「あいたたた……」
軽い頭痛がする。そういや、あいつとの戦いって、どうなったっけ?
うーん……だめだ。思い出せない……まあ、しばらくすれば思い出せるだろ。
今は帰ってきたことを喜ぶべきだろうしな。
「ん? なんだこれ?」
そんな事を考えながら、無意識に手を動かす。その手が何か柔らかいものをつかむ。
すべすべした肌触り……絶妙な弾力……すごく安心する触り心地……こんな上等なクッションなんて持てたっけ? あんまりにも気持ちがいいから、指の動きがとまらない。
「う、うーん……あん……」
なんか色っぽい女の声が聞こえる。なんだろ、猛烈に嫌な予感がする。
でも見ないわけにはいかないよな……いや、でも……。
「おい! てめぇ、なにしてんだよ!」
その声に思わず振り向く。赤い短い髪に褐色の肌が印象な女が、冷たい目でこちらをにらんでいる……しかも全裸で。
頭が真っ白になる。
どういうこと!?
「お、おまえは!」
「て、てめぇは!」
ああ、間違いない。見間違えるはずがない。オレの最大のライバルにして、炎滅の名を持つ敵の女将軍。
「フ、フレイ・アルザード!」
「イ、イワサキ・カズマ!」
ああ、そうだ。この顔を見間違えるはずがない。何度も何度も……最後の最後まで戦った相手だ!
え? まさか、もしかしてこいつも一緒にこっちの世界に来たって言うのか!?
でもなんでだ!? ありえないだろ!
「なにやってやがる! その手をどかしやがれ!」
「え? う、うあぁ!」
驚いてベッドから転げ落ちる。
「いてて……」
「おい、そんな格好で一体、どういうつもりだ……」
「え?」
フレイがベッドの淵からシーツを身にまとい、ちらちらとオレを覗き込んでくる。
その声は、間違いなく怒りに満ちている。
「かっこうがどうし……」
そう言えば、体がスースーする。まるで何もつけて……。
「あー!」
思わず叫び股間を隠す。
忘れてた! 転移すると服がなくなるんだった! 向こうの世界に行った時もそうだったのに忘れてた!
オレは跳び上がるとタンスをひっかきまわし、トランクスとズボン、そして、Tシャツをきる。勇者とか言うダサティーだが、仕方ない。
とりあえず。これで……。
「おい……」
「ひゃい!」
フレイの怒りに満ちた低い声の声に、思わず変な声で返事をしてしまう。
こんな声、戦ってる時にも聞いたことはないって。
「俺の鎧や剣はどうなった?」
「えーと……こっちに来るときに消えたんだと思うけど……」
「はぁ? ったく、マジかよ……」
急いで服を探す。とりあえず着るものを用意しよう。
女物なんてないから、とりあえず、オレの……いや下着はどうする?
あ、確か、新しいトランクスが……ああ、あった、あった。とりあえずこれとTシャツと短パンでいいか。
Tシャツのデザインが魔王って書いてるが、まあ、こっちもしかたない。
「と、とりあえずこれでも着てくれ」
フレイを見ないように、服を投げ渡す。
服を着る音が聞こえる。なんだろ、すごいドキドキする。
いや、こういう状況は初めてじゃ……あ、いや、こうなりそうなときは、そうなる前に逃げてたけどさ。
「……もう、いいぞ」
フレイの声に、オレはゆっくりと振り向く。フレイはベッドに座っていた。
短く赤い髪が窓からの入ってくる太陽の光で輝いている。あと、胸がきつそうだ。
「どうかしたのか?」
「いや、その……服とかきつくないか?」
「胸? ああ、ちょいきつい感じもするけど、平気だろ」
なんだろ、こいつ、あんまり動揺してる様子もないな。って言うか、オレも意外と落ち着いてるな。
まあ、あっちの世界に行ってるから、慣れてるってのもあるけど。
「え、えーと……とりあえず、大丈夫か? 体とかケガしてないか?」
「ケガ? えーと……ああ、大丈夫だ。だが、ここは……」
フレイは部屋の中を警戒した感じで見渡す。
「オレの家……正確には元の世界のオレの家だけど……」
「元の世界って……」
「どうやらオレが戻る時に、お前も一緒に付いてきたらしい」
「はぁ? マジかよ」
フレイは頭をかきむしる。
オレは少し離れてフレイの隣に座った。
「えーと……なんでこんなことになったのかわからないんだけど……」
「はぁ? てめぇ、覚えてねぇのか?」
「え?」
「あの戦いのときのあれが原因だろ?」
「あの戦い?」
オレは目を閉じ、必死で記憶の底からあの時の戦い――最後の決戦の記憶を呼び起こした。